第34話:ピーターソン子爵
俺たちが3人で突入したことは大正解の答えだった。
俺も義姉さんもピーターソン子爵城の縄張りや城館の間取りは覚えていた。
だが、閉められたドアのガキを開ける技は持っていない。
鉄で補強されたドアを一刀両断する技も持っていない。
義姉さんなら魔力で破壊する事はできるが、貴重な魔力を無駄遣いできない。
なにより俺や義姉さんには人殺しをする覚悟ができていない。
俺は義姉さんに代わって人殺しをする決意はしていた。
だが1人目を斬る時に、一切迷いなく斬り殺せるとは思えない。
どうしてもためらってしまうと思う。
その時に敵が斬りかかってきたら、とっさに義姉さんが魔術を発動しかねない。
とっさに俺を護るためだから、無制限に最大魔術を使いかねないのだ。
そう考えれば、人殺しはヴァイオレットに任せる事になってしまう。
「これがピーターソン子爵です」
見苦しいほど肥え太った男が、剣の柄頭で腹を打たれて床に倒れ込んでいる。
物語のように気絶させる当身ではない。
悶絶するほどの激痛で動けなくするのだ。
痛みの余り、肥え太った全身がピクピクと痙攣している。
当然だが、恐ろしいほどの悪臭が部屋中に広がっている。
腹をこれほど激しく打たれたのだから、失禁脱糞しない訳がないのだ。
「隠し扉の中に違法薬物が隠されていました」
事前に情報を得ていたのだろう、ピーターソン子爵を打ちのめして直ぐに隠し扉を開けて、あっさりと大量の違法薬物を見つけ出した。
もうこれで最低限やるべき事は終わった。
後は違法薬物を作っているのが誰なのか確かめるだけだ。
それがピーターソン子爵ならばこれですべてが終わる。
別に製作者がいるのなら、拷問してアジトを吐かせる。
「さて、この場で拷問するよりも、先に幹部連中を確保すべきです。
1番の権力者がピーターソン子爵ではなく、家臣の可能性もあります。
全員極刑にするのですが、この城以外に拠点があると厄介です。
本当の黒幕が下っ端を装っている場合は、再び同じ事が引き起こされる可能性がありますから、一気に全員をぶちのめして気絶させます」
この言葉の後はヴァイオレットの独壇場であった。
一騎当千と言うべきか、剛勇無双と言うべきか。
美しいヴァイオレットに無骨過ぎる表現は似合わないのだが、実際に目の前に展開される戦闘を見てしまうと、そうとしか言いようがない。
いや、炉火純青の技と言えば美しいだろうか、どう考えても情景が浮かばない。
などと埒もない事を考えている間に敵が次々と倒されていく。
今回のヴァイオレットは敵を殺さない。
以前のように一刀のもとに首を刎ねたりしない。
死ぬ恐れのある頭部や胴体への攻撃をせず、手足の関節を砕いて戦闘不能にする。
違法薬物の証言をさせるためでもあり、禁断症状の恐ろしさを広めるためでもあるのだが、殺すよりも戦闘不能にする方が数倍難しいのに、楽々とやってしまう。
以前は俺の護衛騎士と同等の強さだと思ったが、はるかに強いように思える。
「隠し部屋や隠し通路の場所を教えろ、隠し通路はどこに通じている。
嘘偽りを口にしたら、目玉をえぐり出して喰わせるぞ」
ヴァイオレットの脅しは効果覿面だった。
手足の関節を砕かれ、激痛にのたうちまわる敵に嘘を口にする余裕などなかった。
ピーターソン子爵城の本丸城館をしらみつぶしに調べて、聞き出した隠し扉や隠し部屋まで見つけたが、内部への突入は行わなかった。
城館の外に通じている、隠し通路を誰も知らなかったからだ。
ピーターソン子爵の兄弟姉妹や夫人、子供たちまで知らなかった。
さすがにヴァイオレットも幼い子供たちにまでは暴力を振るわなかった。
単に剣を突きつけて脅しただけだ。
子供たちは貴族の誇りを教えられていなかったようで、簡単に答えてくれた。
ピーターソン子爵夫人も、剣を向けただけでペラペラと話してくれた。
違法薬物の件も、辺境伯家乗っ取り計画の事も、全部話してしまう。
辺境伯家の傍流と言っても、誇りも何もあったもんじゃない。
そんな事をしている間に、親衛隊の50人が城館までやってきた。
思っていたよりも短時間で、三ノ丸二ノ丸本丸の城門を突破している。
ネオドラゴン城に突入した時と同じように、事前の調査がよかったのだろう。
俺の名前を出せば素直に城門を開いてくれる場所を選んだのかもしれない。
正直な話し、俺の名声で城攻めが少しでも有利に働いたのなら、かなりうれしい。
彼らの手助けがあって、隠し扉や隠し部屋の中もしっかりと確認できた。
★★★★★★
予定通り祖父と一族、重臣たちにピーターソン子爵夫人たちの禁断症状を見せた。
あまりの凄惨な姿に、誰もが言葉を失っていた。
特に歳を重ねたオリビアさんと、麻薬中毒になっていなかったオリビアン家の人々は、一つ間違えば自分たちも同じ目にあわされたいたと分かっているので、顔面蒼白だった。
オリビアさんと仲のよかった兄弟姉妹も固まっていた。
オリビアン家に訪問していたら、自分たちも巻き込まれていた可能性があったのだ、それを考えれば他人事ではない。
いや、もしかしたら、この中に黒幕がいるかもしれない。
「今はまだ悪用していたピーターソン子爵家を摘発できただけです。
違法麻薬を製造している組織を摘発できたわけではありません。
この事は絶対に秘密にしていただきたい。
もしこの事実を漏らす者がいたら、辺境伯本家乗っ取り犯の仲間と断じて、問答無用で斬り殺します」
俺の言葉にほぼ全員が生唾を飲んでいいた。
だが、俺だって同じように生唾を飲んでいるのだ。
いや、飲みそうになるのを必死で耐えているのだ。
苦手で大嫌いな演説を、大勢の一族や重臣たちを前にしてやっているのだ。
強張る舌を何とか動かし、ガタガタと震えそうになる身体を精神力で抑え込み、全員を納得させる演説を行うのが、どれほど俺の精神を削っていることか。
「では次に、領地全体で行う見せしめを説明させていただきます」
その後は傍流以外の常習者をどう扱うのか説明した。
だが彼らにはそんな事はどうでもいい事だった。
彼らが気にしたのは、ピーターソン子爵夫人たちの処遇だった。
彼女たちは将来の自分の姿かもしれないのだ。
できるだけ温情の籠った処分を願っている。
それは妹の気持ちを想い、甥や姪の事を心配する祖父も同じだった。
「できるだけ温情を込めて、ネオドラゴン城内にある塔に幽閉します。
ご覧のように禁断症状が激しく、麻薬のためなら強盗も殺人も平気でやります。
そこまではやらなくても、領民と同じように売春をするかもしれません。
皆さんも、傍流とはいえ辺境伯家に連なる者が、領民相手に売春をする姿は見たくないのではありませんか。
それと、売春に男性も女性もありませんよ。
まさかとは思いますが、オリビア大叔母様の甥っ子と姪っ子や、孫たちが売春してもいいと言われるのですか?」
俺のこの言葉が全ての反対を抑え込んだ。
祖父も顔を伏せて何も言わず、一族を死ぬまで塔に幽閉する事に同意した。
だが同時に、違法薬物犯に対する怒りは押しとどめようがないほど大きくなった。
「カーツ、なにをどう使おうと構わない。
麻薬製造犯と密売者を捕らえるのだ。
そして生まれてきたことを後悔するほどの拷問を行い、恥辱刑で殺すのだ!」
祖父が血を吐くような表情と声色で俺に命じた。
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