第31話:強制回収

 俺は熟考の上で、辺境伯領全土で強権を発動する事にした。

 カチュアたちにも相談して、大丈夫だという判断をもらった。

 この程度なら、俺の名声に悪影響はないという判断をもらった。

 当然だが、祖父や義姉さんにも事前に許可を取った。

 求心力や威信を失ったとはいえ、祖父が辺境伯当主だし、実際に使うのは義姉さんなのだから、事前確認は必要不可欠だ。


【魔獣の核は大小をとはず辺境伯家に納めるべし。

 例え宝石として価値のある魔宝石であろうと、一切の例外はない。

 魔族の侵攻に対抗する魔力を確保するために、どうしても必要な物である。

 隠匿する者がいれば、一族共々厳罰に処す】


 ドラゴン辺境伯ジャックと、ドラゴン辺境伯代理でありドラゴン伯爵でもある俺の連名で、辺境伯領の隅々にまで布告をした。

 字を読めない者の事も考えて、辺境伯家や子爵家に仕える士族はもちろん、すべての村の長にも命じて、口頭で正確に伝えるように命じた。

 隠匿する者は家族ともども死刑だが、横領する者は繰り返し拷問を加えた上に、恥辱刑にすると厳しく伝えさせた。


 元々俺が小心だからかもしれないが、どうしても嫌な予感が浮かぶのだ。

 魔族の侵攻に備えて、できる限りの準備をしなければいけない思ってしまう。

 それがこのような強権発動となった。

 カチュアたちに言わせても、今の魔物の核にそれほどの価値はない。

 魔術師たちが数多くいた時には、魔獣の魔力を利用したり、空になった魔核、一般的に魔晶石と呼ばれている物に魔力を蓄えたりしていた。


 だが魔術師が義姉さん以外いない今では、ほとんど価値はない。

 魔獣の討伐の証拠とするのなら、牙や角、毛皮や頭蓋骨の方が見栄えがいい。

 魔宝石と呼ばれるほど大きくて美しい物なら別だが、そのような魔核を持つ魔獣を狩れる騎士も冒険者も、今はもう誰もいないのだ。

 一騎当千のカチュアの使用人たちでも、大型の魔晶石を体内に持つ魔獣を狩るのが精々なのだ。


「義姉さんの革鎧に、この魔晶石を埋め込むことはできるか」


 俺は集まった多くの魔核と義姉さんの革鎧を前にして、職人たちに確認した。

 もし俺の勘が当たってしまった場合、魔族との熾烈な戦いになる。

 その時に最も危険な戦いをしてくれるのが、他の誰でもない義姉さんなのだ。

 俺はできり限り義姉さんの助けになりたいのだ。

 だが俺にできる事と言えば、魔獣の魔力が残っているいるかもしれない魔核を集める事と、魔核を鎧や鎧下に縫い付けて義姉さんの魔力の足しにする事だけだ。


「攻撃を受けても魔晶石が破壊されなようにするのなら、鎧下に縫い付けるか、革鎧の内側に縫い付ける事になります。

 しかしながら、それでは着心地が悪くなってしまいます。

 私どもは噂でしか聞いた事がありませんが、大英雄様は防御魔術や攻撃魔術の魔法陣を完成されておられたと聞きます。

 私どもに教えられるようなモノではない事は重々承知しております。

 ですが、もしそのような魔法陣があり、図面をお貸しいただけるのなら、伯爵様かマティルダ様がご自身で鎧下や革鎧に描き、そこに魔晶石を配置する事ができます」


「ふむ、そのようなモノがあるのか私は知らないが、父に確かめてみよう。

 だが今はそのような事を聞いているのではない。

 着心地さえ気にしなければ、革鎧の内側や鎧下に魔晶石を縫い付けられるのだな」


「はい、できます」


「では今日はこれでよい、決定したら縫い付けを頼むかもしれぬ。

 その時は頼んだぞ」


「はっ、お待ちしております」


 さて、どうしたものだろうか。

 俺には伝えられていないが、義姉さんが祖父からもらった本の中には、曾祖父が残した魔術に関する物があった。

 その中には、魔法陣に関する本があるのかもしれない。

 だが、あったとしても、職人の長が言っていたように、秘伝である魔法陣を職人に知られるわけにはいかない。


 ★★★★★★


「なんだ、そのような事を心配してくれていたの。

 うれしいなぁあ、カーツ様が私の事を心から心配してくれているんだぁあ。

 こんな幸せな事はないわ、本当にうれしいなぁあ」


 職人たちを帰して、義姉さんに包み隠すことなくすべて話した。

 その結果が、デレデレになって喜ぶ義姉さんのこの姿だ。

 喜んでくれるのはいいのだが、全然なにも解決されていない。


「義姉さん、喜んでくれるのはいいけど、それだけではダメだよ。

 なにか解決策がないと、義姉さんが危険なままなんだよ」


「大丈夫ですよ、カーツ様。 

 私だって女の子なんですよ、ちゃんと刺繍や縫物の練習はしています。

 ご当主様から預からせていただいた魔術書に従って、革鎧の内側や鎧下に魔法陣に縫う事も、縫った魔法陣に魔晶石を縫い込む事もできますよ」


 義姉さんがニコニコとうれしそうに言う。

 俺に女性らしいところをアピールできてうれしいのかもしれない。

 そんな義姉さんの姿を見ているのがつらい。

 義姉さんにはできるだけ安全な場所にいて欲しい。

 義姉さんは常に俺の護衛をしたがるが、今くらいは安穏に暮らして欲しいのだ。

 魔族が侵攻してきたら俺は非情な命令を義姉さんに下さないといけないのだから。


「そうですか、だったら糸を用意しましょう、義姉さん。

 色々な草から作った糸を持ってこさせます。

 丈夫で魔晶石が外れにくい糸を見つけなければいけません」


「そうですね、糸が悪いとせっかくの魔法陣が上手く作動しないかもしれません。

 発動のきっかけになる私の魔力や呪文だけではなく、魔術を発生させるための魔力にも耐えてもらわないといけません。

 必要なら、属性竜や亜竜の毛や羽から糸をつむがないといけないかもしれません」


 確かに義姉さんの言う通りだ。

 魔術を発動するための魔力や、発動した後の魔力に耐えられないと意味がない。

 最悪の場合は、属性竜や亜竜の皮を細く裂いて糸代わりに使わないといけないかもしれないが、それでは精密な刺繍など不可能だろう。

 雑な刺繍で魔術が発動しなかったり、魔力の無駄が多くて威力が低くなってしまったら、貴重な皮を使う意味がなくなる。


「義姉さん、今マジシャン・スパイダーや魔蟲の繭から糸をつむがせています。

 その糸も試しに使ってみてくれませんか」


 あ、今閃いた!

 できるかどうか分からないが、試してみる価値はある。

 

「義姉さん、魔蟲の糸を義姉さんの魔力で染められないかな。

 義姉さんの魔力で染めたら、義姉さんに1番あった魔糸ができるかもしれない。

 丈夫な魔糸ができたら、強力な魔術が発動するかもしれない」


「そうかもしれないわね。

 カーツ様が私のために考えてくれた魔蟲の糸だもの。

 できれば私もその糸で魔法陣を刺繍をしたいわ。

 でも、私も今閃いたの、魔境の中に生える魔草から糸がつむげないかな。

 その魔糸を私の魔力で染められないかしら」


「そうだね、すべては義姉さんの安全のためだから。

 思いつく事を全て試そう」

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