第7話:義姉で大叔母

「カーツ殿、どういう事なのですか」


 俺がネオドラゴン城に戻ると、義姉のマティルダに詰め寄られることになった。

 なにを怒っているのか全く分からない。


「なにを怒っているのですか、マティルダ義姉さん」


 俺にとって頭の痛い問題はいくつかあるが、その1つがマティルダ義姉さんだ。

 マティルダ姉さんは父の子供ではない、側室になったイザベルの連れ子だ。

 連れ子ではあるが、ちゃんとドラゴン辺境伯家の血が流れている。

 イザベルは元々曾祖父の側室だったのだ。

 曾祖父が老齢になってから側室に入ったので、曾祖父が戦死した時にはまだ若く、残りの人生を寡婦として暮らさせるのはかわいそう過ぎると祖父は考えたのだ。


 それに、人類が僅か30万人程度に激減しているから、若い女性には沢山子供を産んでもらいたいという、切実な事情があったのだ。

 でも、イザベルは伝説の英雄である曾祖父の側室で子供まで生んでいるのだ。

 下手な男と再婚させてしまって、政治利用されては大問題となる。

 そこで俺の父である、次期ドラゴン辺境伯の側室に入ったのだが……


 側室に決めた時には誰も考えていなかった大問題が起きてしまった。

 当初は曾祖父の死を悼んで寡婦にならないイザベルを陰で非難する者が多かった。

 その悪評と敵意は、イザベラが産んだ姉弟、マティルダとメイソンに向かった。

 義理とはいえ姉と弟を虐められて黙っているわけにはいかない。

 今生では2歳3歳であろうと、身体の中身は88歳の爺なのだ。

 俺は語彙の限りを尽くしてクソ野郎どもの罵り撃退した。


 そのお陰と言うべきなのかマティルダとメイソンはとても俺を慕ってくれている。

 本当は大叔母と大叔父なのに慕われるのは、少々恥ずかしいが、うれしい事だ。

 ちょっと執着心が強い所は気になるが、合計百歳の俺には大した問題ではない。

 大問題だったのは、マティルダに魔力があった事だ。

 魔術師が全滅してしまっている現在では、中級魔術師の才能は宝石よりも貴重だ。

 だがこれは、ドラゴン辺境伯家の後継者問題にかかわる、とても重大な事なのだ。


 もしマティルダが男だったら、俺は喜んでドラゴン辺境伯家の継承権を放棄し、嫡流長男の影響力を駆使してマティルダを四代目に据えただろう。

 だが、残念ながらマティルダは女だった。

 男尊女卑の考え方が強いこの世界では、マティルダを当主にする事は難しかった。

 それに、女のマティルダの夫になってドラゴン辺境伯家を支配しようとする、どうしようもない悪人たちが、マティルダに近寄ってくる事が考えられた。


 実際俺の心配は杞憂ではなかった。

 多くの佞臣悪臣が手を変え品を変えマティルダとイザベルに近づいてきた。

 祖父も父も俺も、全力で佞臣悪臣を近づけないようにしたのだが、そんな状況を肌身に感じて育った2人が、俺を頼るのはしかたがない事だ。

 いや、2人だけではないない。

 異母弟妹であるアーロとローラ、まだ幼いホリーとエドワードにも頼られている。


 ドラゴン辺境伯家の継承問題だけを考えれば、非情な決断もありえた。

 マティルダを暗殺してしまえば、少なくとも継承問題だけはかたがつく。

 だがマティルダは、祖父から見たら42歳年の離れた可愛い妹になるのだ。

 そう簡単に殺す事などできはしない。

 そもそも祖父そんな冷酷な人なら魔族から人間に戻した連中を皆殺しにしている。


「なにではありません、カーツ殿。

 御用商人に美少女を選んだというではありませんか。

 しかも商家を切り盛りする使用人頭まで絶世の美女だと言うではありませんか。

 四代目ドラゴン辺境伯となるカーツ殿には、悪い考えの女たちが近づくのです。

 うかつに女性を近づけてはいけないと、ご当主様にも義父上様にも何度も厳しく言われておられるのに、軽挙妄動が過ぎますよ」


「義姉さんが心配してくれるのはうれしいですが、そのような心配は無用です。

 美女だから御用商人に選んだわけではありません。

 使用人頭が私の護衛騎士に匹敵するくらい強いから選んだのです。

 他の使用人たちも我が家の騎士の劣らないくらいの強さです。

 魔山や魔境に入るのですから、御用商人の護衛にも強さを求めただけです」


「そもそもそれが大問題なのですよ、カーツ殿。

 ドラゴン辺境伯家の後継者ともあろう者が、危険な魔山や魔境に行くなんて、ご自分の立場を弁えない危険な行為ではありませんか。

 それに、御用商人は女性だから選んだわけではないと申されましたが、1番最初に聞かれたのは、商人の貞操の危機だと言うではありませんか。

 なにより女性2人に見とれていたと聞いていますよ。

 私に嘘をついてまで御用商人にしよとするなんて、やましい事があるのですよね」


 なぜ今日起った事をここまで正確に知っているのだ。

 護衛騎士の誰かから情報を得ているのか。

 俺の護衛騎士の中に、マティルダのスパイが入り込んでいるというのか。

 そうだとしたら、俺は誰を信じればいいのだ。

 いや、だめだ、俺を護ってくれる護衛騎士を疑ってはいけない。

 護衛騎士は俺が女性問題でしくじるのを心配してくれたのだ。


「マティルダ義姉さん、1度に2つの事を聞かれても返事に困りますよ。

 質問は1つにしてください」


「ダメです、どちらもとても大切な事です。

 義父上がミリアム様と結婚する時に色々な問題が起こった事、知っていますよね。

 同じような問題を、カーツ殿は引き起こされるつもりですか。

 だとしたら、義姉として見過ごすわけにはいきませんよ。

 それに、ドラゴンや魔獣に殺される可能性がある狩りも絶対に認められません。

 私だけでなく、ご当主様も義父上も認められませんよ」


 心配してくれるのはうれしいが、重荷を背負って我慢するばかりの人生は嫌だ。

 

「義姉さん、ドラゴン辺境伯家の後継候補者として、実戦訓練が必要なのです。

 私は今日の戦いでそれを強く実感しました。

 座学や教師相手の武術訓練だけでは、本当の強さも体力も身につきません。

 多少は命懸けの鍛錬をやらなければ、魔族とは戦えません。

 それと御用商人の件は、美しい女性だからこそ、我が家の騎士や兵卒が劣情に負けて襲わないか心配だったのですよ。

 そんな事になったら、我が家の求心力は今以上に落ちてしまいます。

 せっかく魔族を撃退して上がった求心力です。

 つまらない事で落とすわけにはいきませんから、彼女らをブラッド城から引き離すために、私の御用商人にするのです。

 2つの理由はお爺様にも父上にも申し上げますから、心配いりません」


「上手く言い逃れたつもりかもしれませんが、私の目は誤魔化せませんよ。

 カーツ殿が2人の美女に興味を持っている事は分かっているのです。

 それに、魔術師がいない状態で魔山や魔境に行かせるわけにはいきません。

 安全のためにも、女と間違いを犯さないためにも、私がついていきます」


 なんでこうなる、過保護すぎるだろう!

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