33.打ち上げ

文化祭が終了し、今はクラスのみんなでカラオケに来ている。


 冬花と付き合うことができたことが一番嬉しい。だけど、周りに対して牽制できないことが、もどかしい。


「初日はハプニングもありましたが、なんとか文化祭は滞りなく終了しました。みんなー、お疲れ様ー」

「「「おおー」」」


 みんなで盛り上がり、料理や飲み物を食べる。こうして、大人数で食事をするのは初めてだ。


「一番、菊池さやか、歌います」


 そう言って、さやかは歌い始めたが、この部屋にマイクがあり、部屋から音楽が流れることに驚く。

 聞いたことのない曲だが、さやかの歌が上手いためか、いい曲だと感じる。

 拍手がまだ、鳴り止まぬ状態で、歌い終わったさやかがこちらにマイクを向けてくる。


「紗夜ちゃん、どうだった?」

「うん。すごく上手かったと思う。でも、マイクが出てくるし、部屋から大きな音楽がなるから驚いたよ。そんなことをするなら初めから言って欲しかった」


 素直に自分が思ったことを口にすると、全員から見られる。


「もしかして、櫻井さん、カラオケって、初めて?」

「うん。さっきまで、ご飯を食べる所だと思ってたんだけど、違うの?」

「えーとね、櫻井さん、本来、カラオケは、歌うことが中心で、食べる方がおまけなの」

「…そうだったんだ、知らなかった。ごめん、空気を悪くして」

「ううん、そこは気にしないで。初めてなのに説明してなくてごめんなさい」


 「私、主催者なのに…」と落ち込む、彼女を見て、申し訳なく思う。


「えーと、私、歌もあまり知っているのがないから、何か歌いやすい歌を知ってる?」

「えっ、それならこの曲なんてどうかな?結構有名な曲だと思うんだけど…」

「一度、聞いたことあるかな…、ならこれにしてみるよ」

「あっ、でもこれ、デュエット曲で「なら、私と歌いましょう」」


 そう言ってくれたのは冬花だった。初めて人前で歌うが、彼女がいなければ、最後まで歌えなかったと思う。


「九条さん、すごい綺麗で上手だった」

「櫻井さんも辿々しい感じだけど、上手だった」


 人に褒められるとやっぱり嬉しい。


 こんな時間が続いていき、ある男子が歌い終わると、そのままマイク越しに名前を呼ばれる。


「櫻井さん、好きです。以前からも好きでしたが、怖がっているのに、九条さんを助けていたところを見て、余計に惚れました。付き合ってください」


 そう言って彼は、頭を下げる。だけど、僕は男だ。彼とは付き合えない。


「ごめんなさい。私には……」


 彼はみんなの前ですごい勇気を持って伝えてくれた。僕はそれなのに、また逃げるのか。

 みんなが不思議そうに、こちらを見ている。もう、これから僕はみんなと会えないかもしれない。嫌われるかもしれない。だけど、ここで、みんなに伝えたいと思った。


「ごめん。君とは付き合えない。僕は男だから。みんなも騙していて、ごめん。それに、僕には好きな人がいるんだ」


 今日の楽しい時間も、これで僕が壊してしまった。もう、みんなと話せないかもしれないな。けれど、もう逃げたくない。ここで逃げたら、冬花からも目をずっと背けることになる。


「やっぱりかー」

「「「ああー」」」

「男子、うるさい!」


 この状況についていけない。なんで、どうして…


「櫻井さん、好きな人ってこのクラスの人?」

「えっ、うん」

「男?女?」

「お、女」

「ほら、女だってさ、男は黙りなさい!それで、誰なの?教えて、教えて」


 なぜ、みんなを騙していたことよりも、好きな人を問いただされているのだろうか。


「それよりも、どうして…」

「どうして、性別のことについて、触れないのかってこと?それは何となく、わかっていたからかな」

「わかって…」

「うん、だって櫻井さんは、自分のことだけじゃなく、私たち女子にも気を配っていたでしょ。それに、プール不参加は怪しすぎるよ」

「じゃあ、どうして…」

「櫻井さんだから、被害がないもの。あっ、今日は男子16人に被害が出たわね」


 騙し続けていたのに、どうしてこんな僕を受けいれてくれるのだろうか。こんなに、多くの人から、認めて貰ったことがすごく嬉しい。


「ああー、泣かないで、櫻井さん。誰か九条さんを連れてきて」

「もう来てるわ」


 冬花に抱きつかれて、頭を撫でられる。


「樹、頑張ったね」


 我慢していた、涙も止まらなくなる。


 こんな日が来るなんて、あの日から、想像したこともなかった。


 私が冬花に抱きつかれている間、クラスメイト全員が暖かい目をしていたのを、僕が知る事はないだろう。

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