第31話 中央道、双葉SAへ
三台のバイクは、中央道を甲府盆地の東側から中央の低い場所に向かって、夏美のレブルを先頭に駆け下っていた。
「きゃー、気持ちいい~」
夏美が楽しそうな声を出していた。
亜紀が呆れて、夏美をたしなめた。
「ちょっと~、夏美、飛ばしすぎ、もう少しゆっくり走ったらどうなの」
「だって、気持ちいいんだもの」
夏美は、亜紀にたしなめられたが、スロットルを緩めない。レブルは、相変わらず爆音を立てている。だが、彼女自身は平然とスロットルを開けている。
今までは、エンジンから出る爆音と振動にビビって、80キロメートル以上を出す事は怖くてできなかった。そのため、いつも亜紀のNC750Xに置いて行かれる、もやもやとした感じを持っていた。
しかし、
- 今まで、怖がっていたのは何だったんだろう。100キロメートル走行をした事がなかったから、恐怖を感じていただけだ。
その証拠に、後ろを走っている女の子は、SAから本線の合流時に見えなくなるほど離されたのに、あっという間にトラックを追い抜いて、自分の後ろに追いついてきた。さらに、もっと速く走りましょうと煽ってきた。
悔しいから言われたとおりスロットルを開けたら、バイクや自分はたいして変化がなかった。それどころか下り坂に入ってからは、スロットルを大きく開けなくても加速する。
自分は、スピードという幻影にビビっていただけだ。だから、次の休憩場所の双葉SAまでは、このまま飛ばす。 -
夏美は、歓声を上げながら中央道のコーナーを駆け抜けて行った。
頻繁に追い越しをかける姿を後ろから見ていた三隈は、亜紀に向かって言った。
「亜紀さん、ちょっとマズい事になりましたね」
「そうねえ、三隈ちゃんの言う通りみたいね」
亜紀が同意するような声で返事をした。
三隈は、話を続けた。
「夏美さん、スピードに酔っていますよ。転倒するかもしれません」
「そうなのよね~、今まで高速を走っても80キロメートル以上出す事は、ほとんどなかったからね。一体何で変わったのかしら」
「おそらく、私に言われてスピードを出したところ、80キロと100キロで違いがあまりなかったから、恐怖心がなくなったと思います。だから飛ばしていると思います」
「確かに言う通りね。高速はきついカーブがないし、周囲の車も飛ばしているから、夏美はスピードの出し過ぎに気づいていないみたいね、どうしたら暴走を止められるかしら」
亜紀の質問に、三隈は答えた
「亜紀さんが併走して、あまり追い越しをしないように言うのがベターな方法です。私が入ると、夏美さんの対抗心が煽られて、よりスピードを出すと思います」
「そうね、やってみる」
亜紀は、三隈の意見を聞いて、NC750Xを加速させ、夏美の横に並んだ。
そして、夏美に向かって言った。
「夏美、もう少しスピードを落として、のんびり走りましょう」
夏美は、亜紀が横に並んでいるのに気づいて、驚いていた。
今まで亜紀が横に並ぶことは、信号停止の時ぐらいだった。
「亜紀、大丈夫よ、そんなに飛ばしてないから」
「そうね、でも追い越しを
亜紀は、追い越しに対する大変さをわざと言う事で、無理をしないように誘った。
実際、夏美は走行車線を走っている車を頻繁に追い越すため、車線変更を繰り返していた。
「そ、そうなの、じゃあスピードを落とすね」
夏美は、スピードメーターを見てちょっと調子に乗りすぎた事に気づいたのか、スピードを100キロメートル前後に落とした。
二人を後ろから見ていた三隈は、やれやれと思った。
三隈自身はある程度速く走る事は可能だ。
だが、ゼファー
ツーリング前提でライダーに当たる風を防ぐ設計がされているNC750Xや、シート位置が低いのでライダーに風が当たりにくいレブル250に比べると、風圧がかかるゼファーの高速走行は、以外に体に堪える。
それに、自分が直接の原因では無いとは言え、一緒に走っているバイカーの誰かが転倒すれば、後味の悪さが残る。
無理をしない。それが安全運転の基本だ。
三隈が、そんな事を考えていると、夏美の声が聞こえてきた。
「うわ~っ、綺麗~」
三隈と亜紀も声を上げた。
「ホントきれい~」
三人の視界に、高速道路の先に甲府盆地の景色が見えた。
手前に笛吹市、甲府市の街並みが広がり、はるか先に南アルプスの山並みが霞んで見える。
三隈は、雄大な景色に見とれそうになるが、今はバイクの運転中だった。
すぐ視線を高速道路の方に戻した。
中央道の緩やかな下り坂を、右に左に車体を傾けながら、ゼファーχは軽快な排気音を立てて走っている。
下り坂なのでエンジンへの負荷が小さい。
空冷エンジンのゼファーχでも安心して走らせる事ができる。
三人は、見た風景やお互いの事をいろいろ話しながら走っていた。
中央道は甲府盆地の南側に向かって、緩やかに下っている。
三隈の視界の左側に連なっている山並みが、次第に視界から外れていく。
境川PAの看板が見えたが、三台のバイクはその横を走って行く。PAを過ぎると、甲府南ICがある。それを過ぎると笛吹川にかけられた橋を渡っていった。
中央道は、橋を渡ると下り坂から平坦な道になる。その高速道路を三隈たちは走っていた。
平坦な道が緩やかな上り坂になると、甲府昭和ICがある。そこを通り過ぎると、双葉SAはもうすぐだ。
双葉SAの看板が見えてきた。
今度は、進入路前後にトラックやミニバンが壁のように連なっていなかった。通行量も笹子トンネルを走っていたときより、かなり減ってきていた。
富士五湖周辺や甲府を目指す車が高速から一般道に降りていったようだ。
夏美を先頭に、双葉SAに進入するランプを登っていき、建物近くにある駐輪場に入った。
亜紀と夏美の二人は、バイクを止めるとすぐエンジンを停止して、ヘルメットを脱ごうとしたとき、三隈はエンジンをかけたままバイクを降りてヘルメットを脱いで、リアのバッグからワイヤーロックを取り出そうとした。
亜紀が、ゼファーχのエンジンがかかったままだと言う事に気づいた。
「三隈ちゃん、何でエンジンをかけたままなの」
「アフターアイドルです」
「何なの、それ」
三隈の返事を聞いた亜紀が、疑問の声を上げた。バイクのメカに詳しくない女子らしい疑問だ。
その疑問に三隈は答えた。
「高速走行でエンジンが加熱しているので、ある程度放熱をしてから、エンジンを停止させることです」
「その、アフター何とかをすると、何がいいの」
「アフターアイドルをすると、エンジンパーツの劣化が抑えられるんです。亜紀さんもバイクを長い間乗ろうと考えているのなら、やってみた方がいいと思いますよ」
「ふーん、じゃ、次回からやってみるね」
亜紀は、あんまり関心なさそうな返事をした。
三隈は聞かれたから説明しただけで、普通の女子はアフターアイドルをしようとは考えないと思っているし、三隈も水冷エンジンにあまり必要ではないと思っている。
高速道路からSAやPAに入るときは、本線から誘導路を通ってPA駐車場に停車するまで低速走行で走る区間がある。そのとき、エンジンのクーリングがある程度できるので、無理をしてアフターアイドルをする必要もない。
三隈は、ワイヤーロックをかけた後、エンジンを切った。
三隈が顔を上げると、亜紀と夏美がちょっとあきれた顔をしていた。
「ロックをかけるなんて、ずいぶん慎重だね」
夏美は、三隈が駐車するたびにロックをかけている事に、あきれつつ感心して言った。
「ゼファーシリーズは窃盗団に狙われやすいから、仕方ありません」
三隈は、仕方なさそうな顔をして答えた。
旧車やネイキッドバイクは人気が高いため、中古車も高価格で取引されている。そのため、盗品を転売する輩が21世紀に入ってから増える一方である。
窃盗団が高額転売可能なバイクを見つけた場合、後ろから一人がついて行って、ライダーがバイクから離れた隙に仲間を呼んで盗む場合が多い。
悪質なケースだと、窃盗団が作業服を着て、違法駐車車両撤去やロードサービスでバイクを回収する風を装うなど、手口も悪質巧妙化している。
それでも、ワイヤーロック等はした方が、盗難被害に遭う確率は確実に下がる。
だから、三隈は常にワイヤーロックをする。
「お待たせして、すいません」
三隈は、自分がロックをかける間、待っていてくれた二人に、おわびを言った。
亜紀が、笑顔を見せて言った。
「ううん、そんなに気にしなくていいよ、中に入ろうか」
「ええ、ご一緒します」
と、三隈は答えた。
三人は、一緒に用を足した後、建物の中に入っていった。
亜紀と夏美の二人は、フードコートの店をまわって何かメニューをさがしていた。三隈はその後を付いていった。
「お二人は、何を探しているんですか」
「ほうとうとなめこ
三隈の質問に、亜紀が答えた。
だが、三隈は疑問が残った。
「ほうとうなら、甲府市内の専門店の方がおいしいと思いますけど、何で双葉SAで食べようとするんですか」
「そりゃ決まってるじゃない、ゆるキ〇ン△のコラボ企画の食べ物が定番商品になってないかな~、と思って探しているの、梨っこ亜紀ちゃんのほうとうをね」
今度は、夏美が答えた。
夏美の説明だと、ここ数年冬になるとコラボ企画と称して、山梨県や静岡県とNEXCO中日本が提携して、キャンプアニメの連動企画を行うそうだ。
それにより、東名、新東名、中央道SAの店舗が、アニメ内で作られたキャンプ飯の再現商品を販売するそうだ。
再現商品の内、人気が出たモノは定番商品にするらしい。
今は、青い富士山カレーのレトルト版が定番商品になるくらい、何がはやるか分からない時代だから、何でもありだ。
三隈は、二人の後を黙ってついて行った。
二人は、ある店舗の券売機でお目当てのほうとうと蕎麦を見つけて、大喜びしていた。
早速、ほうとうと蕎麦の食券を買って、店のカウンターで店員に渡していた。その後、二人は三隈を誘って給茶機でお茶を汲んで、近くにあったテーブルに座った。
亜紀が、三隈の方を見て、聞いてきた。
「三隈ちゃん、私たちはここでほうとうや蕎麦を食べてから諏訪に向かう予定だけど、あなたはもうすぐ高速を降りるから、一緒というのは無理があるよね」
三隈は、ここでまた長時間の休憩を取る事は、帰宅時間を考えるとしたくないというのが本音だ。
「ええ、そうですね。家も近いし、早く帰りたいのが本音です」
「そうよね、私たちが引き留めるのは、無理がありすぎるよね」
「そうですね、ここでお別れするのが、いいかと思います」
「じゃあ、またいつかどこかで会ったら、またお話ししましょう」
と亜紀が言って、三隈もうなずいた。
そのとき、夏美が話に割り込んできた。
「ねえ、三隈ちゃん、私たちとLine交換しない」
夏美の唐突な提案に、三隈は驚いた。
普通、夏美みたいなタイプは、積極的に友だちを増やそうとしないと見ていた。談合坂SAで三隈が亜紀と話している時、ほんの少しだけ嫌な顔をしていた時があったから、てっきり自分の事を異物として見ていると思い込んでいた。
「えっ、私とですか、いいんですか」
「もちろんよ、若い“キッ友”は大歓迎よ」
「私で良ければ、Line交換しますよ」
「じゃあ、スマホ出して、亜紀も出してよ」
そう夏美は言って、自分のスマホを取りだした。
三隈と亜紀もスマホを出した。そして三人はLine交換をした。
その後、夏美が続けて言った。
「三隈ちゃん、来月の週末、東京に来る事ができるかな」
という、三隈の予定を聞く質問だった。
三隈は、何に誘うつもりか分からないが答えた。
「できると思いますけど、何かあるんですか」
「来月に開催される、東京おもちゃショーに一緒に行こうと思ったの」
おもちゃショーと言うくらいだから、女児向け特撮ドラマ【よにんはキラメイター】の変身アイテムとかのおもちゃの展示はあるのだろうけど、いい大人が喜んでいく場所ではないのに何で誘うのか、三隈は疑問に思って言った。
「おもちゃショーですか、いったい何があるんですか」
「実はね、おもちゃショーで、よんキラの“
「えっ、Happy2がライブするんですか、本当なんですか」
三隈が、興奮してちょっと裏返った声で身を乗り出すように答えた。
Happy2は、よんキラの主演4人で構成されているグループアイドルである。
番組のオープニングやエンディングの曲を歌っているほか、何曲もシングルをリリースしている。
グループ活動は、日本各地のショッピングモールで、ライブイベントを行ってファンを増やしている。
三隈は、彼女たちのライブを見に行きたかったが、山梨には来てくれないし、八王子や立川は遠すぎて見に行く事ができなかった。
山梨県在住の普通の女子高生には、東京の西の端でも遠いお出かけの地だ。
三隈は、名主の跡取り娘だからといって毎週のように東京に出かけると、地元で悪目立ちするので、我慢するしかなかった。
バイクに乗れるようになったから、これからはこっそりと出かける事が可能になったのは内緒だ。
ちょっと興奮気味の三隈に、夏美は楽しそうに話を続けた。
「本当よ、おもちゃショーでのステージライブは、どこの会社も力を入れているからね~。ショッピングモールのライブと違い、照明とか結構自由に変えられるから、演出も力が入ると思うよ」
「ほ、本当ですか、Happy2のライブ、見に行きたいです」
「じゃあ、一緒に行きましょうよ、今年は特に楽しくなるわよ~、ガチのバトルシテージが見られるから」
三隈は、バトルステージの意味が分からなくて、首をかしげた。
「ガチのバトルシテージって何ですか」
夏美は、勢い込んで今年の東京おもちゃショーのライブの話を続けた。
「今年は、ライバルの、
「ほしのわくせいって、あのライバル番組【愛活!
「そうよ、ライバル番組のイチ推しアイドルグループよ」
【きっとも×
夏美の話は続いた。
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