第25話 『二つ目』登場
放課後になった。
駐輪場で麗子にさんざん文句を言われた三隈は、
自分の部屋に荷物を置いた後、服も着替えず、三隈は椅子にどっかりと座り込んだ。
「あー、疲れた。まったくあのババア、余計な事を喋りやがって」
三隈の心はささくれだっていた。
三隈にバイクの乗車経験が有ることを知った麗子たちに、昼休みずっと自身のバイク経験の話をさせられた。
最後には、みなみと蘭から、三隈がバイクに乗っている動画を見たいとねだられるし、麗子はガチバイカーだったのかと放課後まで皮肉を言われるなど大変だった。
それもこれもあのババア、仁の母親が言いふらしたからだ。
やはり田舎者にプライバシーの保護を求めるのは、無理な相談だった。
三隈は、大きなため息を吐き、部屋着に着替えるため、立ち上がった。
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その後、三隈は、学校に通いながら週末は農作業をする生活を続けた。
はっきり言えば、三隈が大型特殊自動車にあたる大型トラクターを公道で走らせるのは違法行為だが、田舎では警察の根本的な人員不足で取締りが困難な上、不用意に取り締まると、県会議員
そのため、取締りを行うのは都市近郊に限定される。
都市近郊では農道を抜け道として使用するドライバーが多い。その抜け道を塞いでいる農業機械はドライバーにとって邪魔な存在だ。
だから、日頃の恨みもあって、自家用車のドライバーたちは、俺たちにはすぐ切符を切るくせに、無免許運転の農業用トラクターの運転手を取り締まらないのかと不満を持ち、抗議の電話やSNSでの拡散被害を警察は多数受けるようになった。
それで、やむを得ず農業機械の運転手まで厳しく取り締まるようになった。
しかし、都市から離れた農村で取り締まるのは、どの県警も非効率すぎるのでできないというのが実情である。
三隈はこれらの事を知っていたが、念のため最初の二日は小型トラクターを運転することで、“ムラ
三隈は、ゴールデンウィーク前半で、祖父の所有する田畑の起耕を終えることが出来た。
後は、雑草がある程度繁ったら、また起耕するだけで済む。
三隈にとってもう一つ嬉しい事があった。祖母が家に帰って来たことである。
これで、家事の負担が大幅に軽減されるので、勉強に集中できるし、遊びにも行きやすくなる。
多少の小言を言われることくらい、どうということではない。
“天涯孤独”に憧れる上級国民俺様作者は、家事全部を金で雇った家政婦にでもさせているのだろう。だから、天涯孤独の設定でも、気楽にスーパー◯ブで出かけられるのだろう。
連休が明けた五月の月曜日の夕方、三隈に一本のメールが届いた。それを読んだ三隈は早速返信をした。そして何度かメールのやりとりをした。
三隈は、スマホを机に置いた後、やっとこの日が来たと喜んで、小さくガッツボーズを取った。
金曜日の夜になった。
三隈は、祖母が運転する車に乗って、韮崎駅にやって来た。
三隈は、車からキャリーバッグを下ろした後、運転席にいる祖母に声をかけた。
「ばあば、送ってくれてありがとう。明日の夕方までに帰って来る予定だから」
「大丈夫かい、充分気をつけて帰っておいで」
「うん、気をつけるよ。遅れそうな時は電話するから」
「気をつけるんだよ、必ず帰ってきておくれ」
「は~い、分かりました。ばあば、行ってきま~す」
三隈は会話を終え、改札口に向かってキャリーバッグを引きずりながら歩いて行った。
祖母は薄暗い照明が照らす中、その姿が見えなくなるまで、心配そうな顔で見送った。
新宿行きの特急電車に乗った三隈は、シートに身を沈めてぼんやりと窓の外を眺めていた。
- やっと、あの子を迎えにいける -
三隈は、しばらく思い出に浸っていたが、やがてタブレット端末を取り出した。スタディサプリで勉強を始めるためだ。
大学入試まであと二年を切っている、大学入試の試験勉強に早すぎると言う事はない。
新宿に着いた三隈は、電車を乗り換えて都内の某駅で降りて、予約していた駅近くのホテルに泊まった。チェックインを済ませ、部屋に入った三隈は、早く眠るために急いでシャワーを浴びた。
明日は、体力勝負の日だ、しっかり休まないといけない。
翌朝、早めに起きた三隈はホテルで朝食を済ませてチェックアウトした。
このホテルを選んだ理由は、目的地に近くて駅
三隈は、電車に乗っては別の都内某駅で降りて、少し歩いた。キャリーバッグが重く感じ始めた頃、目的地の建物が見えてきた。
駅の近くに建っているマンションの前を通り過ぎたところに、今回の目的地だ。
店の看板に書かれていた文字は、
【北見サイクル】
自転車とオートバイの販売と修理を行っている店だ。郊外の別店舗で中古車販売もしている。
残念なことに、オーナーは地獄のチューナーではないし、友人に鉄とアルミの天才、ジェッティングの神様はいない。普通のサイクルショップだ。
三隈は、店の入口を開けて、ごめんくださいと言いながら中に入った。
店内は、ロードバイクやクロスバイクなどの自転車が美しくレイアウトされていた。山の手のお屋敷町に建っていそうな、お洒落なサイクルショップである。
この店で目立つのが、折りたたみ式ミニベロとして有名なBirdy(バーディー)ことBD-1が多く飾られている事だ。持ち運びしやすく、タウンユースからスポーツ走行まで楽しめる、世界的ブランド車だ。
三隈は、もう一度奥の事務室らしき部屋に向かって、声をかけた。
返事が聞こえ、奥から一人の男性が出てきた。
その顔を見た三隈は、弾む声で挨拶した。
「
三隈の挨拶を受けた男性は、顔をほころばせて、挨拶を返した。
「おはよう、三隈ちゃん。久しぶりだけど、元気そうで良かった」
「ええ、とっても元気ですよ、心配していただき、ありがとうございます」
三隈は、そう言ってまたお辞儀をした。
その姿を目を細めて見ていた南は、三隈が引きずっているキャリーカートに気づいて言った。
「三隈ちゃん、そのキャリーカート、事務所の中に置いていいよ」
「ありがとうございます」
三隈は、お礼を言って、キャリーバッグを事務室の入口近くの邪魔にならなさそうな場所に置いた。
事務室から出てきた三隈に、南が声をかけた。
「じゃあ、三隈ちゃん、バイクを見に行こうか」
「はいっ♡」
三隈は、嬉しさが滲み出ている声で返事をした。
三隈は、南に付いていって、サイクルショップ奥の扉を抜け、作業場に入りそのまま通りすぎて、建物の裏側に通っている路地に出た。
路地の反対側には、巨大なバイクショップが立っていた。
三隈は、ビックリして口を半開きにして、バイクショップを見回してから言った。
「南さん、これ新しく建てたんですか」
「たまたま、ここにあった工場が閉鎖するって聞いたんで、土地ごと買って、バイクショップを建てたよ」
「・・・へえー、すごいですね~」
感心する三隈をよそに、南はショップの中に入って行った。
ピカピカの新車や磨かれた中古車の列を通り抜け、奥の整備スペースの一角に着いた。
三隈の目の前に、シートがかけられたバイクが見えた。
「お待たせしました、三隈ちゃん」
そう言って、南がシートに手を掛けて剥がすと、中から一台のバイクが出てきた。
鏡のように光を反射するクロムメッキされた二連メーターとハンドル、メタリックミッドナイトブルーとべージュのタイガーパターンに彩られたタンク、鏡面仕上げされたカムカバーやポイントカバー、ツヤ有り黒塗装されたフレーム、すべてがまぶしく輝いているオートバイが、そこに置いてあった。
バイクの名称は、ゼファー
ゼファーシリーズの最終生産ロットのオートバイ。
一九八〇年代のレーサーレプリカブーム爛熟期に、突如現れたネイキッドバイク、ゼファー。
ゼファーは、そのレトロなスタイルで発表後たちまち人気車種となり、九十年代以降のネイキッドバイクブームの牽引役となった。
まさに、時代を作ったバイクである。
そして、ゼファーχはゼファーの正当な後継車種である。
それを見た瞬間、三隈の心は過去へ飛んで行った。
***
三隈がまだ小さかった頃、始めてこのバイクを見た時、大きなバイクを見上げながら、三隈は父親にたずねた。
『ねえ、パパ、なんであたらしいバイクをかったの、みくま、まえのバイクがだいすきだったのに』
『それはね、このバイクは三隈のために買ったんだよ』
『えーっ、みくま、こんな大きなバイクのれないよ~』
『大丈夫だよ、三隈も大きくなれば運転できるようになるよ』
『ほんとうかな~』
『本当だよ、練習すれば三隈も運転できるようになるよ』
『ほんとう、じゃあみくま、がんばってみる』
『がんばるか、三隈はえらいなあ、三隈がこのバイクを運転できるようになったら、パパと一緒にバイクででかけよう』
『うん、行く、ぜったいに行く。だからみくま、いっしょうけんめいれんしゅうする』
『そうか、三隈はいい子だな』
そう言った後、父親は三隈の頭を撫でた。
その後も父親は、三隈が誕生日を迎えるたびに、あと何年で二輪免許が取れるようになると、三隈が二輪免許を取得するのを楽しみにしていた。
しかし、三隈の免許取得を心待ちにしていた父親は、もうそばにいない。
- パパの意地悪、せっかく三隈が免許取ったのに、ママと二人っきりでに遠い場所に旅行に出かけるなんてひどすぎる。こんなに長い旅になるなら、三隈も付いていけば良かった -
***
三隈は、いつのまにかバイクの前にしゃがみこんで、一人で泣いていた。
その姿を見ていた南は、少々困った顔をした。
三隈が思い出の詰まったバイクを見て感傷に浸るのはいいが、南は三隈の相手以外の仕事がたくさんある。
何よりETCカードのセットアップをしなくてはバイクを渡せない。だから三隈の相手を長時間するわけにはいかない。
南は周囲を見回して、バイクの整備をしている女性従業員を見つけて、声をかけた。
「おーい、宏美ちゃん、頼みがある」
「なんですか~」
「この子が泣き止んで俺を探し始めたら、事務室に呼びに来て欲しいんだ」
「いやです~」
南の要望は、即答で断られた。
「スタバのフラペ、おごるから」
「分かりました~、フラペにストロベリーロールとホットサンドを追加すれば、OKです~」
「分かった、んじゃ、頼むよ~」
女性従業員の返事を聞いた南は、溜まっている事務仕事をするために、事務所に戻っていった。
三隈は、両親との楽しい思い出が次々と出てきて止まらず、ずっと泣き続けていた。
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