第9話 バイク通学許可証の受領

 三隈みくまは、スクーターの給油を終えて農協支所で苗の購入と配達依頼をして、その後白州町と旧武川村のスーパーで買い物をして、あちこちを走ってから帰ってきた。


 家に戻った彼女は、スクーターを納屋に仕舞った後、玄関の鍵を開けて中に入り靴を脱いでから自分の部屋に入ってウェアを脱いだ。


 そして部屋着の上下スウェットに着替えて階段を降り、玄関に置いたままだった買い物袋を持って台所に行った。


 手を洗った後、買い物袋の中身を冷蔵庫や戸棚に入れた後、椅子に座り、テーブルの上に置いていた急須でお茶を淹れて一口飲んだ。


 - これで、バイクを乗り回していることを、周囲の人に見てもらえた。噂を消すには事実が一番効果がある  -


 と思い、そして、またお茶を飲み始めた。


 三隈がわざわざ遠回りして農協やスーパーに行ってきたのは、変な噂が立たないようにするためだった。


 バイクを乗り回すことで、"お嬢様"がバイクに乗るという噂が事実であることを、近隣住人に見てもらう事にした。


 さらに農協やスーパーで、免許を取った理由は家の手伝いをするためで、遊びで免許取得をしたわけではないと言えば、悪い噂がでた時"ここだけの話"という形で真実が伝えられて、噂そのものが打ち消されるだろう。


 祖父母に"御注進"におよぼうとする輩も、祖父の指示で免許取得をしたかと迷って、言いにくいだろう。


 そして、仁の母親に見せた動画にまつわる噂は、バイクを乗り回した噂で消えるだろう。


 - とりあえず打てる手は打った。もう一つダメ押しをすれば、大丈夫だろう。また変な噂が立った時は、その時考えよう。 -


 三隈は、スマホを取り出し入院中の祖母に電話をかけた。明日のバイク通学許可申請と保護者説明のため迎えに行くと、連絡するためだ。


 電話が終われば、洗濯物の取り込みや夕食の準備が待っている。春休みの学校の宿題は終わったが、通信制予備校の宿題は少し残っている。生活の事以外に勉強もしないといけない。


 一人暮らしはなかなか大変だ。



 =======




 翌日のお昼過ぎ、三隈は、祖母とともにタクシーで学校に行った。


 案内された会議室で待っていると、先生達が部屋に入ってきた。


 お互いに挨拶した後、三隈は、担任に申請書や誓約書などの書類を入れたクリアファイルと運転免許証を提出した。


 受け取った担任は書類に書き間違いがないか内容を確認して、部屋の外に出て行ったが、すぐ戻ってきた。他の教師に書類を渡したのだろう。


 次に生徒指導部長の教師から、バイク通学の注意点と保護者か気を付ける点を長々と説明された。


 最後に校長先生から、だめ押しの注意をされていた時、別の教師が部屋に入ってきて、A4サイズの封筒を生徒指導部長の前に置いて、出ていった。部長は中身を確かめて、テーブルに置いた。


 校長の話が終わったのを見計らって、生徒指導部長が、封筒の中身を取り出し、三隈達の前に差し出した。


 「パウチされたA5サイズのモノが、通学路許可証です。この許可証はバイクのラゲッジボックスに入れて置いて下さい。あと免許証のコピーはこちらで保管させてもらいます。A4サイズの封筒に入れてお渡しします」


 と生徒指導部長は祖母と三隈に言って、クリアファイルに入った許可証と運転免許とA4サイズの封筒を、三隈の前に出した。


 「はい、ありがとうございます」


  と返事をして、三隈はクリアファイルを受け取り、少しの間見て、それから祖母の前に置いた。


 「お祖母ちゃん、許可証を確かめてね」


 「ありがとう」


 と祖母は言って、老眼鏡をかけ、クリアファイルを手に持って、バイク通学許可証と三隈の運転免許をしげしげと見た。


 そして、クリアファイルを三隈に渡した後、教師たちの方に向き直って、


 「先生方、孫のわがままを聞いて下さり、本当にありがとうございます」


 と言い、深々と頭を下げた。


 リュックに許可証などを入れようとした三隈も、あわててお礼を言い同じように頭を下げた。


 その姿を見ていた校長先生が、


 「おばあさん、そんなに頭を下げないでください。私どもはお孫さんがバイク通学の必要があると判断したので、許可をしたのです。わがままなどではないと思っています。ご安心ください。諫早いさはやさん、くれぐれも事故に遭わないように気をつけて下さい」


 と言った。三隈は、再び頭を下げて、


 「はい、気を付けます」


 と言った。


 それを聞いた生徒指導部長が、


 「では、これでバイク通学許可の保護者説明と許可証の授与を終わります。今日はお越し頂きありがとうございます」


 そう言って、祖母に頭を下げた。それを見た他の教師も祖母に頭を下げた。


 祖母と三隈は、また頭を下げた後、祖母は、


 「もう、ワシらは帰って良いでしょうかの」


 と訊ねた。校長が、


 「ええ、構いませんよ、どうぞお気をつけて」


 と言った。


 それを聞いた祖母は、椅子から立ち上がろうとした。


 その時、三隈がいち早く椅子から立ち上がり、祖母が座ってる椅子を引き、立ち上がるのを助けて、松葉杖を渡した。


 祖母が歩き始めると、横について支えるようにして、出入口まで歩いていった。


 出入口で祖母と三隈は後ろを振り向き、教師たちに頭を下げて、三隈と一緒に廊下に出て、歩いて会議室から離れて行った。


 学校の玄関で、二人は靴を履き変えて外に出た。少し待つと、呼んでいたタクシーが来た。


 先に祖母が乗り、続いて三隈が乗り込んだ後、玄関前から学校の外に走り去った。


 タクシーの車内で、三隈が祖母に話しかけた。


 「お祖母ちゃん、私のわがままを聞いてくれてありがとう」


 「いいんだよ三隈ちゃん、お前が少しでも楽しく暮らせるようになれば、私も嬉しいから」


 「お祖母ちゃん、本当にありがとう」


 と言って、三隈は祖母の両手を上から包み込むように持って、祖母の目を見つめた。


 祖母は、三隈の顔を見つめ、泣き出した。


 「三隈ちゃん、うちに来てくれてありがとう、もうどこにも、行か・な・・・、今、ここにいてくれるだけでも、いいから」


 そう言って、泣き続けた。三隈は、祖母の背中をさすりながら、言った。


 「安心して、三隈はここにいるから」


 そう言って、泣き続ける祖母の背中をさすり続けた。


 三隈は、ちょっと過剰演出してしまったと、心の中で反省していた。



 =======



 三隈がタクシーの中で茶番劇をやっている頃、高校の生徒指導部室では、さっきのバイク通学許可証授与の時の話をしていた。


 許可証を会議室内に持って行った生徒指導部の教師が、その場にいた他の先生たちに尋たずねた。


 「さっきの二人、なんかよそよそしく見えましたが、本当に家族なんですか」


 廊下を歩いて行く二人の姿を見ていた教師が答えた


 「そうなんですよ、自分もちょっと引っかかるんですよ。介護されている老人と新人ヘルパーみたいにな雰囲気でしたね」


 彼は、明日から三隈の担任になるので、家族内の不和があるのではないかと心配をしていた。


 二人の話を聞いていた生徒指導部長が、二人の会話に割って入った。


 「ああ、本当の家族だ。血縁上はな」


 部長は北杜市出身なので、あの家の事情を地元民として知っている。三隈の旧担任も彼女の担任になる時ある程度教えられていたが、事情が事情なので黙っていた。


 「そうか、二人は明日から諫早の担任と副担任になる予定だから、知っていた方がいいだろう」


 生徒指導部長は、新担任になる予定の教師たちに事情を話し始めた。


 「名主夫婦が、諌早三隈の存在を知ったのは去年の二月頃だ、それまで孫どころか、娘である諌早の母親の生死すら知らなかった」


 「えっ、どういう事ですか」


 「行方不明で、消息すら分からなかった、いわゆる”蒸発”って奴だ」


 「何が理由で、失踪したんですか」


 「何が理由か、近所の俺たちには分からん。ただ、その後大騒ぎになって、八方探し回ったが見つからなかった。俺らも手伝わされて大変だったな。見つからなかった時の、名主さんの落ち込みようは見ていられなかった」


 「じゃあ、何で母親が避けてたはずの家に、諫早はやって来たんですか」


 新担任は、思い出すように言った。


 「以前、諫早本人が、両親が亡くなって頼れる親戚は母方の祖父母しかいないと、言っていたような気がします」


 そこまで話が進んだ時、旧担任が発言した。


 「中学校から送られてきた引継資料に、九州出身の父方の親戚とは交流があり、正月はほぼ毎年父親の実家に帰省していたとの記載がありましたから、普通は顔見知りの父方の親戚を頼ると思います。自分もなぜ三隈が知らない場所に来たのか、ずっと疑問に思っていたんです」


 その話を聞いた、生徒指導部長がうなずいた。


 「俺もそう思う。普通なら知っている人を頼るはずだ。だがあの子が全く知らない場所を選んでやって来たのは事実だ。詳しい理由を知っているのは、名主の家を訪ねたという弁護士たちだろう」


 「なんですか、その弁護士が訪ねたことと、三隈がここに来る事に何の関係があるんですか」


 居合わせた三人の内、旧担任が質問した。


 生徒指導部長はその質問にこたえた


 「去年の冬、名主の息子一家が事故で亡くなった。跡取りがいなくなった事で、名主夫婦は家に引きこもったんだ。俺の親を含めムラの住人は、名主がヤケになって山や田畑を誰かに売り払うんじゃないかと、ハラハラしていたんだ。そんなときに弁護士バッジをつけた見かけない奴が名主の家に上がり込んだ。ムラのみんなは名主が山を売り払う交渉のために弁護士が来たと覚悟した。だが、その後突然名主の爺さまが元気に畑仕事を始めて新品のトラクターを購入し、婆さまは家具とか買い始めたから、何が起きたんだとみんながいぶかしんだんだ。そしたら、諫早が名主の家にやって来て、ウチの高校を受験した。名主の家を訪ねた弁護士が、名主と諫早をつないだんだと思う」


 「弁護士ですか、でも三隈は未成年ですよ、弁護士を雇うという発想が出てきますか」


 「そうだな、これは俺の推測だが、おそらく諫早の父親がもしもの時を考えて、あらかじめ弁護士に依頼していたと考えている」


 「そんな事できるのですか」


 「諫早が通っていた中学校は、名門の中高一貫校だ。学費だって私立大学レベルの高さだ。それを支払う経済力があれば、弁護士と契約する事は可能だろう。そして、母親は実家との確執があるから、娘を託す発想はしないと思う、母方の親族を頼る方法は父親の独断で決めたんだろう」


 「なるほど、そう考えれば、三隈がここに来た理由がなんとなく理解できますね」


 「ただ、あくまで状況証拠を集めた上での、俺の推測だ。本当の理由は本人や謎の弁護士に聞かないと分からないだろうな」


 「そうですね、本人にここに来た理由を教えろ、というのは無理ですね」


 「そういうことだ、本人は聞いても語らないだろう。余計な推測を教えたが、他言無用だぞ」


 生徒指導部長はそう言って、無言で冷めたコーヒーを飲んだ。


 話を聞いた他の教師は、お互いに顔を見合わせ苦笑いをして部長と同じようにコーヒーを飲んだ。

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