File.06  真相


「メッセンジャー84名を束ねる隊長……朝日奈さんだよ、つまり本部の長官!」

「えええええええええ!?」


 状況を整理しよう。入隊式の次の日、いきなりの初任務。

比較的安全なDランク任務でなぜか襲撃にあって、しかも相手が長官だった?

言われてみればこの人、昨日入隊式で挨拶していた気がする。


 「混乱してるだろ。悪いね、任務は嘘。ケースには何も入ってない」


僕はおそるおそるケースを開ける。

 ―――カラだ。

ということは朝司令室にいたメンバーはみんなグル……。


 「ちょっとした伝統でね。毎年、新人の力量をみるために、油断させておいて隊員が襲撃にいくんだ。それで、今後の指導の参考にする。まあ、これで実際の任務の雰囲気もわかったろ?」


 僕は開いた口がふさがらなかった。なんという因習……!

雰囲気がわかったどころじゃない。もちろん任務が危険だということはわかっていたけれど、最初の銃弾なんて僕がよろけてなかったら普通にあたってたぞ!

攻撃してきたときのこの人の気迫は本物だったし、ヒイロだって――


 「そうだヒイロ、大丈夫?」


僕は、ヒイロが長官の蹴りをまともに受けていたことを思い出して声をかける。


 「大丈夫じゃないだろ、結構本気でいったから。帰ったら医務室で見てもらえよ」

ヒイロが返事する前に、朝日奈長官がそう言う。


 大丈夫じゃないだろって……。

確かに、ヒイロは歩き出そうとすると痛むようで顔をゆがめた。


 おそるべし、ISP本部。







 本部に戻ってすぐ、大丈夫だからいい、というヒイロを引っ張って医務室に向かう。ヒイロが診てもらっている間に、瀬名さんと櫻庭さんがやってきた。

 「大丈夫だった?」

 瀬名さんがおそるおそるといった感じでたずねてくる。

僕は無傷だったけれど、精神的に無傷じゃない。

 「瀬名さん……銃は使わないと思うって言いましたよね」

 「思う、だからね。絶対にとは言ってない」

 「櫻庭さん……お使い程度って言ってましたよね」

 「油断させるように上から言われているんだ」

僕が2人を物言いたげな目で見たからだろう。

 「悪いね。ここの隊員はみんな経験してるんだ」

 「ほんと悪趣味だよね―。これで辞める人もいるくらいだから」

と苦笑いしながら付け足す。

 

 「……じゃあお2人も?」

 「ハハッ」

 「フッ」

僕の純粋な問いかけにそれぞれ乾いた笑い声をあげて、あさっての方向を向く2人。よほど嫌な思い出らしい。

 「城川は、もう診てもらったの?」

櫻庭が、何気なくミナトに尋ねる。

 「いえ、僕は怪我なかったので。……今思うと手加減してくれたんだと思います」

 「!」

瀬名と櫻庭は顔を見合わせて驚いた顔をする。

あれ?なんか変なこと言ったかな。

 「本当にどこも?」と瀬名が重ねて聞く。

 「……殴られた頬が少し痛むくらいです」


先輩2人は、ヒロトが処置を終えて個室から出てきたのを見届けてから、医務室を出て行った。



 「――どう思う?瀬名」

医務室を出て、司令室に向かう途中で、櫻庭は瀬名にそう切り出した。

 「あの人はこのテストで手加減はしないだろ」

 「腕が落ちたとか?」

 「あの頃よりは歳とってるから、そりゃ俺たちの時と比べたら……って言いたいところだけど、あの人の場合そんなに変わってると思えない」

 新人の現段階での力量を測るこのテストは、ここ数年は朝日奈が長官職につく前から担当している。瀬名と櫻庭も入隊した5年前、バリバリ現役時代の朝日奈と一戦交えている。初任務をなんとしても成功させたいと思っていた、純粋で血気盛んな新人だった2人は、全力で応戦して1週間デスクワークに回されるほどの大怪我をした。  それ以来どうも朝日奈が苦手である。


 「みんな必ず、どこかしら怪我をして帰ってくる。……俺たちはちょっと例外だったけど」

後半のほうは小声になる瀬名。

 「怪我させるようにしてるらしいからね。ここに入ってきた以上そのくらいで辞めるような奴をはじくためにも……お、ご本人様の登場だ、講評をきこうか?」


 1階中央のロビーにさしかかると、スーツに着替えた朝日奈がこちら側に向かって歩いてくるのが見えた。大柄な朝日奈は、どんな場所にいても目立つ。

 2人の姿を見とめると早足で近づいてきて、ロビー中央で向かい合う形になる。

 「ちょうど良かった、探してたんだ」

 「俺たちもですよ。どうでした?今年の新人」

櫻庭は笑顔で尋ねた。

 「なかなか面白い人材だ。城川だったな、あいつは妙に勘がいいせいか、やりにくかった。銃で早々に怪我させて終わるつもりだったのに、気づかれた。体術の方は、俺の攻撃をかわせてたくらいだから反射神経がいいんだろう。反撃はしてこなかったが、鍛えれば伸びるだろ」

 瀬名と櫻庭は、朝日奈の言葉に驚いた。これまで何度か新人を見てきたが、朝日奈がここまで言うのは珍しい。

「怪我させなかったのはわざとですか?」

「何回かさせようとしたさ。隙があるようでない、おもしろいやつだよ」

瀬名の質問に、にやりと笑って答える朝日奈。その返答を聞いて、櫻庭がヒュッと口笛をふく。

「へえ、すごいじゃん」

「神崎もなかなかだな。あのテストであんなに冷静でいられる奴は珍しい。賢いし根性もありそうだ。それになにより一番驚いたのは、あの2人昨日会ったばかりなのに連携がとれてた。どっかの誰かさんたちとちがってな」

「で、どうするんですか担当」

 朝日奈の皮肉を完璧に無視して、どっかの誰かさんたちのうちの1人である瀬名が聞く。このテストの一番の目的―――それは、新人を任務で使えるようになるまで鍛える、教育係を決めることにあった。新人の教育は原則、勤務歴3年以上の者が担当することになっている。

「神崎はおまえが担当しろ、瀬名。あいつ、なんとなくおまえに似てるぞ。城川はそうだな……俺がみる。まぐれなのか実力なのかも気になるし」

「大丈夫なんですか?本部の仕事もあるでしょう」

朝日奈が自ら進んで教育係に名乗り出ることは今までなかったので、櫻庭が驚きながらも面白がるような顔で聞いた。

「まあいつもってのは無理だろうな。俺がつけないときは誰かに頼むさ。櫻庭、おまえにはたぶん、午後の新人2組のどっちかを担当してもらう」

「了解です」

その返事を聞いて、朝日奈は満足そうにうなずく。そして、

「よし、じゃあそういうことで。おっしゃ、昼食べて午後の部いくか!」

そう言い残すと、楽しそうにエスカレーターを上っていった。

朝日奈は面白いからという理由でかれこれ5年、このテストを担当している。

 

「……あの人はいつも楽しそうだよな」

「悔しいけど腕は確かなんだよねぇ」


そんな会話をしながら、2人は司令室に向かった。


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