第448話 拷問官?

 ミリアは頑丈そうな縄で両手両足を縛られ床に寝かされ意識を失っていた。


 レイは『水牢』を解除した際、ミリアの心臓が動いていることを確認しているので、ミリアが溺死していないのは分かっている。


 人は溺れた場合、水中で呼吸が我慢できなくなり、息を吸うようにして水を気道から肺に入れてしまうと、一、二分で意識障害が起こって呼吸が止まり、約五分で心臓が止まって死に至る。


 ミリアの場合は『水牢』の中で意識を失うも、その後すぐに水の中から解放されており、肺の中は水で満たされてはいない。縄で縛られている間に自力で水を吐いているはずだ。


 今現在、呼吸をしていることはそういうことだ。


 それに……


 レイは念の為、魔法の鞄から『魔封の手錠』を取り出し、ミリアの両手にはめると、ミリアの腹を思い切り蹴りつけた。


「ぐぼぉ! げほっ げほっ……」


 ミリアが既に覚醒し、気を失った振りをしていたのも分かっていた。


「一つ言っておくが、お前から何が何でも情報を聞き出そうとは思ってない。こっちはお前が死んだら死んだで別に構わないんだ。俺が知りたいことを素直に話せば楽に死ねるが、そうじゃなければ苦しんで死ぬ、それだけだ」


 レイとしては、腐っても異端審問官であるミリアから素直に話を聞き出せるとは思っていない。今までと違って、拷問する側にいた人間は、相応の教育や訓練を受けており、単純な苦痛では口を割らせるのは難しい。苦痛を与える以外にも時間を掛ければ情報を引き出すことは可能だが、それに見合う価値がなければ他のことに時間を使う方が有意義だ。


 セルゲイの持っている情報の方が確度が高そうなこともあり、ミリアから聞きたいことは服用した謎の薬の効果や、洗脳されたわけでもないのに教会を裏切って『勇者』に傾倒している理由ぐらいだ。オブライオン王国へ入れば、嫌でもミリアのような勇者の協力者に出会うのだから、レイはそれほどミリアに拘る必要性は感じてなかった。



 レイは黒刀を抜き、ミリアの肩に深く斬り付ける。レイを睨みつけるミリアの目元が僅かに動いた。


「痛覚はあるみたいだな。再生スピードは大男と同じくらい、吸血鬼ヴァンパイアぐらいか? ……普通に窒息もするし、急所を破壊されれば死ぬから『真祖の吸血鬼』のような不死身さはないな。問題はその効果がどれぐらい続くかか。イヴの鑑定で種族が変化したわけじゃないから一過性の強化薬なのは間違いない。薬が切れた時にどんな反動、副作用が起こるのかお前は知ってるのか?」


「……」


 自分で何度も怪我の治療で再生魔法を施したからレイには分かる事だが、細胞の再生にはエネルギーが要る。人間は魔物と違ってそれを食事によってしか得られない。必要なエネルギーが無いまま、筋力増強や再生による激しい代謝を強制的に行えばどうなるか……肉体を傷つけるような拷問を続ければ、いずれミリアは餓死するだろう。


「黙んまりか。まあいい、すぐには殺さん。俺は勝手にやるから、喋りたくなったら勝手に喋れ」


 レイは鞄から『防音の魔導具』と数本の針を取り出すと、ミリアにそう言って魔導具を起動させた。


((出た! レイの針!))


「リディーナとイヴは他の連中を見張っといてくれ。妙な真似をしたら始末していい」


「「了解」」


 …

 ……

 ………


 数時間後。


 聖堂内に響き渡るミリアの絶叫。


 縛られて猿轡を嚙まされた議員や商人達は、顔を青くしてリディーナやイヴに許しの懇願を目で訴えていた。


 ミリアは顔の三叉神経を針で刺激され、糞尿を漏らすほどの激痛を絶え間なく与えられていた。その悲鳴は尋常のものではなく、同じ事が自分にも行われると想像しただけで、普通の者は耐えられない。縛られた者達は、ミリアの拷問を見ただけで心が折れていた。


 レイは一言も言葉を発することなく、淡々と刺した針を刺激し続けているだけだ。


(相変わらず、エグイわね……)

(暗部の拷問に比べても別格です。あんな細い針で一体どういう原理なのでしょうか……)


「流石、使徒様。素晴らしい……」


「「……」」


 死体を片付け終えたセルゲイが、二人の側でレイの拷問に感心する声を漏らす。


「しかし、喋りませんな……恐らく大した情報など持っておらんのでしょう。悪しき勇者にどんな戯言を吹き込まれたかは分かりませんが、その女は信用されていなかったということでしょうな」


 セルゲイはわざとミリアに聞こえるように呟いた。


「黙れぇぇぇええええ! アキラ様はこの世界を、を変える御方だぁぁぁ! 悪しき者などではなぁいいぎゃああああああ」


「こりゃダメだな。時間の無駄だ」


 レイはミリアの放った言葉で察し、それ以上の尋問を打ち切るようにしてミリアから視線を外した。あまり考えたくない事だが、九条彰が時を操れることをエサに、人を垂らし込んでいる可能性が出てきたのだ。ミリアがどの程度聞いているかは気になるが、リディーナやイヴの前でその話を喚き散らされるのは避けたかった。


「お時間が無いのであれば、後は私が引き継ぎ致します。必ずレイ殿の元へ情報をお届けいたしますので、私にお任せ下さい」


 セルゲイは拷問に自信があるのか、鼻の穴を広げてレイにそう進言する。


「(このオッサン、なんかちょっと嬉しそうじゃない?)」

「(ひょっとしたら、元拷問官なのかもしれません)」


「(さっきからウキウキしてるようでキモイわ)」

「(隠しきれてませんね……)」



「いや、いい。他にもいるし、違う奴に聞くとしよう」


 レイは他の縛られた者達を見渡す。視線をそれぞれの顔に向け、一人の男にピタリと止める。


「次はお前に聞こう」


「ん゛ーーーっ!」


 議員の男はその瞬間、尿を漏らした。


「では、この男は私が!」


 セルゲイはそう言って勢いよく手を上げた。


 …

 ……

 ………


 レイ達が教会で尋問を行っている頃、この街の冒険者ギルド、カーベル支部には二人の女が訪れていた。


 ギルドマスターの執務室に通された二人の女は、S等級冒険者『処刑人』だった。灰色の外套を纏い、フードを深く被ってその顔は殆ど見えない。


「待ち合わせ、ということですが、他にご用は?」


 神妙な面持ちでギルドマスターのアイザックが二人に尋ねる。アイザックは浅黒い肌に白髪の初老の男で、服の上からでも盛り上がった筋肉が分かる強者の雰囲気が漂う男だったが、二人を前に緊張を隠しきれなかった。


「無い。さっき言った者達が来たら、オレ達が泊ってる宿に来いとだけ伝えるだけでいい」


「わ、わかりました」


 短いやりとりを終え、S等級の二人は執務室を出て行った。



「ふぅ……グランドマスターから連絡のあった『処刑人』か……あんなバケモンの他にも後もう一人来るのか……」


 二人の殺気の様な重圧にあてられ、寿命が減った気がしたアイザックは、ソファに深く身体を預けてまだ見ぬもう一人の『S等級』に不安を募らせた。



「どうか、何事もなく済みますように……」

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