第438話 水上都市ロッカ⑤
『土下座』とは、相手に向かい正座した上で、手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏せ、しばらくその姿勢を保つ日本の礼式のひとつであり、深い謝罪や請願の意を表す場合に行われる。
その日本の土下座をしている男が、レイ達の前にいる。冒険者ギルド、ロッカ支部ギルドマスターのドレークだ。海賊の様な大男がぎこちなく体を小さくし、頭を床に擦りつけていた。
一見、土下座のようだが、両手の位置が頭の前では無く左右に開いており、バンザイしたまま腰を折っているので、日本人から見ればおかしな体勢になっている。
(土下座みたいだが、こっちの世界の謝罪の仕方か? 言っちゃ悪いがなんかマヌケだな……)
「この度は、誠に申し訳ありませんでした」
間違った土下座で微動だにせず謝罪の言葉を口にするドレーク。
ここはレイ達の宿泊している水上コテージの一室だ。この場にはベッカー商会のハロルドとレオナルド、レイ達に街を案内していた従業員の姿もある。彼らがここにいたのは、レイが手配を頼んだ船の打ち合わせの為だった。
そのハロルド達は、ドレークの姿を見て驚愕していた。
この街では冒険者達は荒くれ者として有名だ。元々、漁師や船乗りの多いロッカの住人でも腕っぷしの強い者達が集まってるのだから当然なのだが、それらをまとめるギルドマスターのドレークがこうも怯えている姿は誰も目にしたことはない。
「態々、謝りに来なくてもいいのにね」
「レイ様とリディーナ様を本部に問い合わせたのではないでしょうか」
「俺達を『S等級』だと知って謝りにきたってか? そんな気が回るならギルド支部をあんな状態で放っておかんだろ」
「「と、いうと?」」
「何か謝罪の他にもここに来る理由があるんだろうよ」
ドレークは頭を床に擦りつけながら心臓が飛び出るかと思った。まったくもってレイの言うとおりだったからだ。
昼間、ギルドで見たレイ達は、三人共お揃いの外套を羽織り、フードで顔の半分を隠していた。今はそれぞれ素顔を晒しているのだが、三人共驚くほど若く、その上、容姿が異常に整っていた。『S等級』の二人は見た目通りの年齢ではないと聞いていたドレークだが、自分がここへ来たのが謝罪だけでないことをすぐに見抜かれ、目の前の美青年が決して暴力だけではないのが分かった。
ここは、先のことの謝罪と、手紙を渡すだけに留めておく方がいいとドレークは判断した。本部のグランドマスターにはああ言われたが、とても『竜』のことを頼める雰囲気ではない。
「じ、実は『聖帝レイ』殿宛に、ギルドが手紙を預かっております。それをお持ちしました」
「手紙?」
「ラーク王国、ローレン・アリエル・ラーク王からの依頼です」
「「「ッ!」」」
その名を聞いて、レイとリディーナの頬が引き攣る。
ドレークは頭を下げたまま、器用に懐から分厚い革の手紙入れを取り出し、中から格式高そうな封筒を抜いてレイに差し出した。
「なんか、見た目はカワイイけど、闇の精霊が憑いてそうな手紙ね」
「リディーナが言うと洒落に聞こえないんだが……」
「鑑定しましたが『呪』はなさそうです」
「……おい、これ持って帰れ」
「「「えっ!」」」
ドレークだけでなく、ハロルド達もレイの発言に驚く。王族からの手紙を拒否するなど、平民からすればあり得ない。そもそも本来であれば、貴族からの手紙は家人が直接届ける。貴族同士のやり取りで拒否などしたら決別を宣言するようなものだ。平民が貴族から手紙を受け取ることなど殆ど無いが、そんなことをすればその場で首を刎ねられるだろう。第一、一国の王がギルドを使って手紙を届けること自体がおかしな話である。
「それは、困りますっ! 何卒お受け取り下さい!」
「というか、なんで俺がこの街にいることをラーク王が知ってんだ……」
「こ、この手紙はウチの支部だけでなく、周辺国全ての支部に同じものが届けられて、レイと言う名の『S等級』に渡すよう依頼が出されてます」
ドレークからすれば、龍をも討伐する『S等級』も怖いが、一国の王も気分で人を簡単に殺せるのだから同じように怖い。それも、自分だけならまだしも、一族郎党までそれが及ぶのが王族や上位の貴族だ。
同様の依頼が他の支部にも出されているなら、レイがロッカに立ち寄ったのに渡していないのはすぐに露見する。その場合、ドレークは勿論、冒険者ギルドに対しラーク王国がどういう対応をするか……。事は冒険者ギルドと一国の取引である。ドレークとしては家族の為にも、ここでレイに斬られてでも親書を渡さねばならなかった。
「それって、ここで受け取りを拒否しても、どこかの街で渡されるってこと?」
「そうなりますね。何がなんでもラーク王はレイ様に手紙を渡したいようです」
「ウザぇな……無視しても行く先々でコイツみたいに持って来られんのか」
「レイ様、お気持ちは分かりますが、一応目を通された方が……」
「読みたくない」
(((この人達は一体何を言っているのだろう?)))
ハロルド達は、三人の会話が理解出来なかった。平民からすれば王家の封筒だけでも家宝モノだ。……逆に言えば敬意を欠いた扱いなど以ての外であり、仮にこの場に王家の使者がいれば、レイ達の不敬な態度に憤慨して剣を抜いていただろう。実際にそうなることは有り得ないのだが、それが普通の感覚である。
「あのー……お返事を頂く必要があるのですが……」
「は?」
「返事を頂くことも依頼に含まれておりますので」
「面倒臭ぇ……」
「レイ、面倒事は早めに済ませておいた方がいいと思うんだけど」
「ちっ……仕方ない」
レイはラーク王の手紙を受け取り、中身を読む……そして、その場に崩れ落ちた。
「ちょっ、どうしたの? レイ?」
レイは無言でリディーナに手紙を渡すと、リディーナはイヴと共にそれを読んだ。
「「……」」
二人の顔から表情が消え、真顔になる。
「レイ……妊娠したって書いてあるけど……シたの?」
「そんな訳あるかっ! 俺があの国でどんな状態だったか知ってるだろ?」
「た、確かに、子供の身体だったけど……ここにそう書いてあるわよ? 使命を果たして早く帰って来て欲しい、王として迎え入れる準備を整えて待ってます……だって」
「想像妊娠に決まってるだろ……それに何だよ、王って……」
「「ソウゾウニンシン?」」
「そう思い込んでるってことだ。一緒のベッドで寝ただけでそう勘違いしてるなら、相当ヤバイ女だぞ……やっぱ、見なきゃよかった」
「返事はどうされますか?」
「イヴ、何を言っている? こんなモンにまともに付き合ってられるか。無視だ無視」
「確かに何て返事を書くか言葉が出ないわね……けど、返事しないとまたどこかの街でこの人みたいに手紙を持ってくるわよ?」
「くっ」
「あの王様の執着ぶりから、無視しても諦めるとは思えませんが……」
一国の王がスト―カーになる。そう想像しただけで頭が痛くなるレイだったが、勇者の仕事が終わるまでは身を隠して逃げることも難しい。
レイは、目の前で変な正座をしている男に目が留まる。
「ドレークとか言ったか?」
「は、はい」
「お前が返事を書け」
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