第338話 脱走

 レイの姿が消え、置いてけぼりを食らったオリビアは、急いで教会を後にし自身が確保している安宿へ走る。教会に潜入して以降は、修道院にある共同の宿舎で過ごしていたが、そこには大した荷物も無く寝泊まりしていただけだ。安宿の部屋には、冒険者としての私物を保管してあり、それを取りに向かったのだ。


 潜入の為に利用していた司祭は死亡し、これ以上の潜入は危険だ。すぐに脱出した方がいい、そう理解しているオリビアだったが、最後までレイに付き合うと決めた。理由は色々あったが、一番の理由は子供だ。教皇を除く最上位の枢機卿が何らかの理由で子供を欲している。孤児院からの調達では足りないという司祭の証言から、まともな理由でないことは明らかだ。麻薬などはやりたい奴がやればいい、それは個人の責任だ。しかし、それに子供が絡んでいれば話が別だった。


 オリビアは幼い頃、村の口減らしの為に奴隷商に売られた。幸い、奴隷の首輪をはめる寸前で逃げることが出来たが、その後は悲惨だった。子供ながらに体を売り、盗みや殺しまでして生きる為になんでもした。ある冒険者に保護され、冒険者となってB等級にまでなれはしたが、助けられてなければ今頃死んでいただろう。


 そんな経験もあって、オリビアは子供を助けることが自分の使命だと思っている。子供を喰い物にする大人を許しておけなかった。


 あのレイという子供は恐ろしく強い。しかし、聖職者に対しても躊躇なく殺すような、神をも恐れぬ姿勢に危うさも感じていた。マルセル枢機卿が許せないという思いと、レイを放っておけない気持ちが相まって、ここに残ってレイと共に行動しようと決めたのだ。



 但し、オリビアはレイが四十過ぎの中年であることも、神が遣わした元殺し屋の傭兵であることも知らない。



「実力は認めるけど、ちょっと考えが偏ってるわよね。あのエルフが教育してるのかしら? というか、本部も本部よね。あんな殺し屋みたいな子供に『S等級』とか、何考えてんのかしら? 仕方ないからお姉さんが少し教育してあげなきゃね。……くっそ生意気だけど!」


 オリビアは安宿に確保してある部屋に戻ると、注意深く家具や棚を調べて誰にも物色された形跡がないことを確認し、隠してあった冒険者装備を引っ張りだす。


 修道服を脱ぎ、水を張った桶で顔と髪を洗って化粧と髪の染料を落とす。暗めの茶髪から金髪に近い明るい髪色と、男受けしそうな艶っぽい顔が露になる。胸と脚の露出が多めの衣服に黒い外套を羽織ると、今までの地味な修道女とは真逆な色気のある女冒険者の姿に変わった。


 外見からは分からぬよう、小ぶりの短剣をいたるところに忍ばせ、片手剣を腰に差すと、外套のフードを深く被ってオリビアは部屋を後にした。


「確か、ローズ家って言ってたわね。内務大臣のケネス・ローズ? なんでそんなトコにコネなんか持ってんのよ……。もし、嘘だったらおしりペンペンしてやるわ! ……できたらだけど」


……

………


 ――『教会本堂 最下層地下牢』――


「お願い……します……もう……やめてくだ……さい……」


 本田宗次は、弱々しい声で異端審問官に許しを請う。本田は両手両足の爪は全て剥がされ、焼きごてをあてられた。その後はメスのような薄い刃物で身体の至る所の皮を剥がされるという凄惨な拷問を受けていた。


「これ以上剥がすのは危険だな」


 異端審問官の言葉に、本田は一時の安堵を得た。しかし、次の言葉を聞いて絶望する。


「『魔封の結界』を切れ。回復魔法で一旦治療後、再開する」


「ッ! や、やめ、やめて、もうやめて、全部話した! 全部話したよっ! なんで何度も同じこと聞くんだよっ! 嘘なんかついてない! やめてよぉぉぉおおお!」


 魔導具を停止させ、魔法が使えるようになった牢内で、異端審問官は本田の言葉を無視して回復魔法を施し本田の傷を癒していく。だが、皮を剥がされた箇所は綺麗に元に戻るわけではなく、皮膚が盛り上がるようにして生傷を塞ぐだけだった。



 回復魔法を施す異端審問官の背後で、本田の荷物にあった一枚の布から魔法陣の光が浮かび上がり、一人の少年が姿を現した。



「酷い事するよね。これだから宗教関係者は嫌いだよ。まったく論理的じゃない」



 突然、牢に響いた声に、異端審問官の手が止まる。声のした方に慌てて振り向くと、聖剣と聖鎧を纏った九条彰の姿がそこにあった。


 異端審問官が振り向いたと同時に聖剣から斬撃が飛び、異端審問官の首が飛んだ。


「遅くなってごめんよ」


「ぐじょうぐぅーん!」


泣きべそをかきながら本田が叫ぶ。


「ヤバくなったらコイツを使えって言ったろ? 宗次には死なれちゃ困るんだよ。その為に空間転移の魔法陣を刻んだコレを渡してたのに……」


「だっで、いぎなりづがまっだんだよ……真也もだずげにごないじ……」


「真也は死んだよ」


「え?」


「だから、すぐにここから脱出するよ。ボクじゃあ、それをやったであろう使徒には勝てないからね」


 九条は聖剣で本田の拘束具を断ち、傷ついた体を支える。


「こんなに痛めつけられて可哀想に。でもこの国はもうすぐ悲惨な目に遭うはずさ。使徒がいるから滅びはしないだろうけど、それでも弱体化はするだろうから止めは後で宗次が差しなよ」


「?」


「高槻がこの国にプレゼントをしてるのさ。宗次と一緒にそれを眺めたいのは山々だけど、ここには使徒もいるし危ないからね。まずはその身体を治そう」


(まったく、いきなり『狙撃手』の能力がオンになったから焦ったよ。ボクが亜土夢に構ってる間に聖女の暗殺を高槻が二人に頼んでたなんてね。真也はどうでもいいけど、宗次は替えの利かない貴重な人材なんだからさ~)


「ホント、間に合ってよかったよ」


 九条は本田を抱えて空間魔法を発動し、姿を消した。

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