第285話 過小評価

 レイは肩に刺さった槍をリディーナに抜いて貰い、その場に座り込んで自身に回復魔法を施す。怪我の内、内臓に受けたダメージが最も深刻であり、優先すべきは内臓の修復だった。しかし、結界を維持したままでは止血が精一杯だ。今この瞬間に再度敵が襲ってきたら拙い状況だが、リディーナがいるのでレイは心配していない。上の階層で出てきた小型の無人機程度なら問題ないし、騎士達はしばらく襲ってはこないだろうと思われた。


 それは、有毒ガス、もしくは低酸素状態の中、行動できるような装備は相手には無い可能性が高いからだ。レイからすれば、ガスマスクや酸素ボンベぐらい軍艦なら当然あるものと思っていたが、あったとしても使わずに味方を犠牲にしたなら無いのと同じだ。



 リディーナは、レイの隣で周囲を警戒しつつ、魔法の鞄マジックバッグから魔法回復薬マジックポーションを取り出して飲んでいた。魔力の消費が少ない精霊魔法とは言え、今日はかなりの魔法を使っている。リディーナは『風の妖精シルフィード』との契約により大幅に魔力量が増えていたが、一流の魔術師でも魔力欠乏で倒れてもおかしくない程、魔力を消費していた。


 それに、短時間とは言え何度も『風の妖精シルフィード』を行使した影響もある。妖精の力は非常に強力だが、心身共に激しく消耗する。妖精と深く同化すればする程、災害とも言える力を行使可能だが、その反動は比例して大きくなる。リディーナも『風の妖精』を完璧にコントロール出来ているとは言えず、敵地にいるという緊張状態により疲労を忘れることが出来ているが、その集中が途切れた時には、その反動が襲って来るだろう。



 隣にいるレイは、目を軽く閉じ、治療に専念していた。他人の治療に比べて自身の治療は魔力消費が少ない。それに、今まで多くの人間を治療してきたおかげで、回復と再生のスピードが飛躍的に上がっており、内臓と肩口の出血は既に止まっていた。


 二人を包むように展開された結界の赤色が、徐々に薄くなっていく。通路の換気が行われ、正常な空気に戻りつつあることを、その色が表していた。


 「どうやら換気されたみたいだな。新手が来るかもしれんが、もう暫く治療させてくれ。リディーナ、悪いが、まだ周りを見ててくれ」


 「うん、私は大丈夫だから、ゆっくり治して」


 リディーナは自分の不甲斐無さでレイに深手を負わせてしまったことへのショックが大きく、その表情は強張っていた。


 (気にするなと言っても納得しないんだろうな。リディーナがいなければ、俺はとっくに死んでいるし、助けられたことも多いんだ。これくらいで落ち込んで欲しくはないんだが……)


 妖精の力を操り、剣技においても熟達した技量を持つリディーナは、「S等級」冒険者として十分なレベルにあった。全力で「力」を行使すれば、街一つ簡単に滅ぼせるのだ。先程の最新装備を纏った騎士達に、単独で街を滅ぼすことなど、決して出来ないだろう。


 いくら強大な力を持っていても、未知なる力や兵器、常識外の能力に全て対応できる訳ではない。


 地球の武術や軍事技術を修めたレイでさえ、自分の知らない兵器や能力には後手になる。どんなに優れた者でも、自分の育った環境や常識、保持している技術や知識以上のことに対して、即応することは難しい。女神アリアが、地球から召喚された『勇者』達の始末を、この世界の強者にでは無く、地球から呼んだ理由を、レイはそのように考えていた。「S等級」であろうと、銃の存在を知らなければ、容易に撃ち殺される。未知の武器や、魔力に由来しない常識外の能力を看破し、対抗策を見つけ出すのは、異なる世界で育った者には困難だからだ。


 (地球の最新技術を上回る兵器を前に、生き残ってるだけでも十分賞賛に値するんだが、その辺りをどう説明するかな……)


 中世の騎士や戦国時代の武士が、現代地球の戦場に出て生き残れるかというと、絶対無理だとレイには断言できた。騎士の全身鎧フルプレートアーマーでは、銃弾は防げないし、爆弾にも無力だ。仮に接近できたとしても、長い戦争の歴史で培われた武術や、現代の近接戦闘CQC技術には敵わないだろう。


 この船で遭遇する騎士達の装備の前では、レイ達が騎士や武士なのだ。地球に於いて、銃は必殺の武器だが、ここでは保管する部屋に鍵すら不要な、脅威度の低い武器だ。先程の騎士達が装備したスーツの前では、銃器は意味を成さず、現代地球の兵士が相対すれば、何もできずに殺されるだろう。レイ達が騎士達を殺せたのは『魔刃メルギド』と『龍角細剣』の性能と、騎士達が防弾のヘルメットやゴーグルを装備していなかったからだ。何故装備していなかったのかは不明だが、顔を覆う防具が無かったはずはなく、運が良かっただけだ。


 (コイツらとやり合うのが数か月遅れてたら、『勇者』よりも厄介だったかもしれん。この船に搭載された全ての兵装を駆使されたら、恐らく『勇者』達も太刀打ちできない。何を焦ったのか、訓練もせずに運用して使いこなせていないおかげで、俺達はまだ生きてるし、俺一人だったら死んでたかもしれん)

 

 脇腹の内臓と肋骨の修復に取り掛かったレイは、回復魔法を掛けながら、リディーナの溶断された魔銀の細剣とそれをやった戦斧を見る。


 「魔銀ミスリルの融点は分からないが、余程の高温を発するんだろうな」


 独り言のように呟くレイに、リディーナが返す。


 「魔銀の加工は、特別な炉が必要だってゲンマ爺に聞いたことがあるから、それが溶けるなんて相当よ。流石に『炎古龍』の角から作った細剣は大丈夫だったけど、ちょっと信じられないわ」


 「メルギドに寄らずにコイツらと遭遇してたら俺達は死んでたな」


 「でも……」


 「リディーナとイヴがいなかったら、俺はメルギドで『勇者』三人に殺されてた」


 「そ、それはっ!」


 「それに、リディーナがいなかったら、俺はマネーベルで『剣聖』と『弓聖』に殺されメルギドには行けなかった」


 「でも、初めて会った時、レイが私を救ってくれたから……」


 「確かに俺はリディーナを何度も助けたが、俺も助けられた。こじ付けかもしれないが、リディーナがいたから俺は今こうして生きてるし、俺がいるからリディーナもここにいる。どちらかが欠けてても俺達は生きてなかった。それでいいんじゃないか?」


 「……」



 「どうした?」


 「ひょっとして、慰めてくれてるの?」


 「ま、まあな……。とにかく、俺にはリディーナが必要だってことだ。守りたいもん守って何が悪い?」


 「フフッ そうね、悪くは無いわね。でも守られてばかりじゃ嫌だから、私もレイを守れるように、もっと強くなるわね。それも悪くないでしょ?」


 「そうだな。強くなるのも悪くない。だが、俺としては回復魔法を覚えてくれたら助かるな~ それにはまず、人体の構造から覚えなきゃだな。帰ったら講義しよう」


 「うっ…… レイの意地悪!」

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