第279話 船内

 咄嗟にリディーナを庇い、抱き抱えて上空に上がっていたレイ。高度三千メートル程まで一気に上昇し、眼下には小さくなった王都と、黒い潜水艦が見える。


 「リディーナ、怪我はないか?」


 「……うん、大丈夫」


 レイは上空からの狙撃には警戒してたものの、まさかレーザー兵器とは予想外だった。レーザー兵器自体は既に地球でも実用化され、ミサイルの迎撃などに使用されているし、赤外線レーザーによる小銃の照準器として一般兵士にも使用されているが、

あれ程の破壊力のものはレイにとってもはじめて体験する。


 地球にある技術以上の超高度な兵器を使用してくるにも拘らず、その戦術や練度が低い。実戦テストは行っていないのは間違いなく、武器の性質を理解しているかも怪しい。そのことに、レイは一抹の安堵を覚える。


 「運が良かった」


 「運?」


 「レーザー……さっきの攻撃だが、狙って外すとか本来有り得ない。光の速さで到達する攻撃は狙って発射すれば、照準通りに発射と同時に弾着するはずだからな。恐らく、射手は初めて撃ったんだろう。レーザー兵器を偏差射撃してくれたおかげで助かった」


 レーザー兵器を偏差射撃するなど兵器の性質を知らないということだ。そうなると、最新兵器を手動で照準してることになるが、機器を使いこなしていないのか、敢えてなのかは分からない。前者の可能性が大きかったが、それ故に危うさも感じる。よく知りもしない兵器を即実戦使用する神経がレイには信じられないからだ。強力な爆弾だとしか認識しないで、核兵器でも使用されたら堪らない。


 「偏差射撃?」


 「リディーナは動いてる相手に矢を射る場合、相手の進行方向、移動量を補足して射るだろ? さっきの武器はその必要が無いんだ。矢から手を放した瞬間に目標に当たる、それぐらい凄い早さだ」


 「射手がヘボだったってこと?」


 「弓の扱いに慣れてる人間なのは間違いないだろうな。その所為で外した。古代兵器の扱いに慣れていないだけだと思う。恐らく、あの鎧騎士を操っていた者もそうだろう。でなければ、今頃俺達はとっくに捕捉されて攻撃されてるはずだしな」


 レイが個人で発動できる探知魔法のような索敵を、あの最新兵器を装備した船が出来ない訳がない。こうして船の上空数百メートルの距離で何もしてこないのは、こちらを見つけていないからだと推測されるが、機器を使いこなせていないからだろう。


 「このまま、アレに乗り込む。できれば無傷で乗っ取れればいいんだが……」


 「魔法は使わない方がいい?」


 「まあ、あの船の内外で使えるかも分からんが、攻撃魔法は止した方がいいだろうな。無いとは思うが、誘爆して船ごと爆発でもしたらこっちも危うい」


 「了解……(もうちょっと、このままいたいけど……)」


 「何か言ったか?」


 「何でもな~い」



 「……帰ったら続きをしよう」


 「…………うん」


 …


 レイとリディーナは、互いに抱き合ったまま、黒い潜水艦に降下していく。着地寸前でレイの光学迷彩と飛翔魔法が強制解除され、船体の周囲二メートル程は魔法が使えないことが分かった。


 「やはり、魔法が使えないか……」


 「そうね…… ん? あれ? 使えるようになったみたいよ?」


 魔法が使える、使えないは、感覚ですぐに分かる。魔封の手錠や結界などに触れると魔力が霧散する感覚に襲われるが、その効果から逃れると、体内の魔力が循環するのが感覚で分かるからだ。


 「さっきまで使えなかった魔法が、使えるようになる…… リディーナ、気をつけろ……ッ!」


 突然、レイ達の前方から機関銃のようなものが船体から現れ、二人を銃撃してきた。


 「くっ!」


 レイは咄嗟にリディーナを庇うように身を低くし、『歪空間』を展開する。


 ―『雷撃』―


 レイが発生させた亜空間に銃弾が消えていく。その間にリディーナがすかさず電撃を放って機関銃を破壊した。


 ドンッ


 雷魔法により誘爆でもしたのか、激しい衝撃とともに機銃が爆発し、衝撃が船体を震わす。


 「どうやら向こうも攻撃の際には、魔封の結界を解除しなければならないらしいな。まあ、当然と言えば当然だが……。今の内に中に入るぞ」


 レイは黒刀を抜いて、船体に突き刺す。そのまま人が入れる大きさに斬り裂いて、中に侵入した。


 (船内に入る方法が分からなかったとは言え、あまり破壊したくなかったな……)


 ぼっかりと穴が開いた船体を見ながらレイは思う。出来れば無傷で手に入れたい。見た目は完全に潜水艦なので、水中にも入れそうだがあれでは水中潜航は無理だろう。修理も出来るか分からないので、これからは船体を傷つけないように注意したいところだった。


 「この壁、前にもメルギドで見たわね」


 リディーナが船内の壁に貼られたタイルを見る。以前、メルギドの火口や地下の遺跡にあったものと同じ素材のようだ。イヴの『鑑定』では「対衝撃」や「防爆」、「防火」の発光するタイルだったはずで、古代の軍事施設ではポピュラーな軍用素材なのかもしれない。


 入った部屋は、のっぺりとした空間で何もない。十畳ほどの広さがあるが、家具はおろか、壁にも窓や扉は見当たらなかった。


 「何も無いわね……ん? 何かしらこれ?」


 リディーナの目の先の壁には、薄っすらと文字が見える。


 「古代語だな。……寝具?」


 レイが文字に触れると、壁からベッドが引き出しの様に出てきた。しかも、とても千年以上前の遺物とは思えないような真新しい枕とシーツだ。


 「うわぁ~ ふっかふか!」


 リディーナが遠慮なしにベッドに腰かけ、弾力を確かめる。レイも手を触れてみるが、かなりの高品質だ。他にも部屋の壁を調べると、机や洗面台などが出てきた。


 「どれも新品みたいね~ ……きゃっ」


 洗面所の鏡やシンクを珍しそうに見ていたリディーナが、蛇口から急に出てきた水に驚く。人感センサーのようなものだろうか? 日本では当たり前のように存在する物も、この世界の人間からすれば吃驚するのも無理はない。


 「使われてない客人用の部屋かもな。備品が一つも無い」


 「キレイ過ぎてなんか落ち着かないわね」


 「それには同感だな。もう少し詳しく調べてみたいが先に邪魔な奴らを始末しないとな」



 壁にあった扉の文字に手を触れると、スライド式のドアが開き、通路に出ることができた。通路は一直線に伸びており、電車の車両を一回り大きくしたような広さがあった。


 「魔法は使えそうね」


 「みたいだな」


 探知魔法を展開すると、通路は一直線に船体の長さ程あると分かる。探知魔法は壁などは透過出来ない為、今いる空間のみしか把握できない。先程の部屋の様に、全ての部屋はスライド式の扉で区切られているようで、扉の形のようなでっぱりはどこにもない。


 「こりゃあ、どこに何があるかさっぱり分からんな。見取り図なんか軍艦にある訳無いし、壁を調べながら行くしかないか」



 二人で手分けして通路の壁を調べながら進もうとした矢先、レイの探知に複数の反応が引っ掛かり、通路の前後から反応が近づいてくる。


 「リディーナ、敵が来る、小鬼ゴブリンサイズだ。恐らくさっき城にいたヤツだろう。数が多いが、なるべく攻撃魔法は使うなよ?」


 レイとリディーナは、互いに背中合わせになり、剣を抜く。


 「ようは、周りを壊さなきゃいいんでしょ?」


 リディーナは斬れ味と硬度に勝る『龍角細剣』ではなく。魔銀ミスリル製の細剣を抜き、風属性を纏わせる。刀身が歪むほどの空気の層で覆われた細剣を一振りすると、群がる無人機が剣に触れずともバラバラになっていく。


 (俺も魔法剣が欲しくなるな……)


 レイの黒刀『魔刃メルギド』には魔銀製のように属性魔法を付与できない。クヅリ曰く、厳密にはレイの魔力によってクヅリの人格と斬れ味、硬度を維持しているらしいが、レイが自覚できる量の魔力を流している訳でもなく、破格の性能を有しているので文句は言えない。自分は暗黒属性だというクヅリだが、意図的にそのような属性のイメージが湧かないレイは、属性の付与を試してもいなかった。


 (まあ、こんだけスパスパ斬れれば十分だけどな)



 『魔導無人機』に飛び道具は装備されておらず、手足に生えた鋭い爪を使って集団で襲って来るだけの代物だ。小型で素早いとは言え、冷静に対処すれば慌てるようなものではない。一体を破壊するのに手間取るようなら脅威だが、二人とも一撃で破壊できる武器を持ってるので問題にもならずに殲滅した。


 (この刀が異常とはいえ、鎧騎士に比べてやはり装甲が貧弱だな。色だけ見ればアルミ合金かチタン合金のような感じだが、軽量化を重視してるのか? アルミ合金、ジュラルミン系なら、鋳造した鉄の剣でも一応斬れる。まあ、こんなふうにスパッとは無理だが、突き刺して破壊することは十分可能だ。数が多いのは厄介だが、魔法を阻害する性質は無いし、なんとも無駄な兵器だな。まあ、その分コストが安ければありかもしれんが……)


 レイが、『魔導無人機』の検分を行ってると、リディーナが声を掛けてくる。


「レイ、あっちの壁に文字があったわよ?」


 言われた壁に向かうと、レイは口角を上げてニヤリとする。


「……でかしたぞ、リディーナ」


「?」


 

「武器庫だ」

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