第263話 籠城

 ラーク王国王宮、謁見の間。


 玉座に座る国王の前で、一人の近衛騎士が膝を着いて報告を上げていた。


 「申し上げます、ロダス団長の指示通り『魔封結界』を起動しました。これで城内は勿論、城の外縁まで魔法及び、魔導具の使用は一切できません。ご不便をお掛けしますがご容赦下さい」


 「うむ、仕方あるまい。外の様子はどうなっておる?」


 国王の隣に立つ老人、テスラ―宰相が王に代わり近衛騎士に問う。

 

 「現在、城を囲んだ表の反乱軍に目立った動きはありません。地下通路から侵入してきた部隊も、ロダス団長によって掃討されました」


 「こちらの損害は?」


 「当直の第三分隊はほぼ全滅。準待機だった第一分隊からもかなりの死傷者が出ており、戦力になるのは半数ほどです。現在は無傷の第二分隊と合わせて、分隊の再編成を行っております」


 王国の騎士達が謀反を起こし、突如王宮に攻め入られてから丸一日。近衛騎士達の奮闘により城内に進攻してきた反乱部隊を何とか退け、跳ね橋を上げて籠城には成功したものの、近衛騎士に多大な死傷者が出ていた。



 「死力を尽くして城を守り抜いた近衛騎士達には、よくやったと褒めてやりたいが、近衛騎士団が僅か一日で半壊とは。それも、外敵ではなく我が国の騎士相手に……。誇りあるラーク王国の騎士ともあろう者が、守るべき主君に刃を向けるなどなんと愚かなことかっ!」


 テスラー宰相が怒りに震えて拳を握りしめる。現在、王宮を囲む水堀と城壁に守られ、当面は反乱部隊の進攻を防げたが、状況は芳しくない。地方の『王党派』貴族に灰色鳥グレイバードによる援軍要請を出したが、どんなに早くとも援軍の到着まで一週間はかかると思われた。外部との伝書鳥のやり取りの為『物理結界』の魔導具を使用できず、防備は万全とは言えなかった。


 城を取り囲んでいる反乱軍の数は約三百人。対する近衛騎士は五十もいない。食料の備蓄は問題無いが、外の反乱軍には、王都の要所を制圧した部隊が合流しはじめており、その中には騎士だけでなく衛兵も混ざっており、その数が徐々に増えていた。


 城内に設置してある『魔封結界』の起動により、土魔法による堀埋めや城壁の登攀は不可能になった。恐らく今は攻城兵器を用意していると思われた。長らく戦争など無く、城攻めの装備などは配備されてはいない。初手の奇襲が失敗したのは、反乱軍側には想定外だったに違いない。


 「それと、現在、ロダス団長が地下通路を封鎖中です。封鎖完了後は、城の出入りは表の城門のみなります」


 近衛騎士が続けて報告する。地下にある下水路に作られた抜け道の存在も反乱側には漏れており、侵入してきた反乱部隊を退け、抜け道を崩落させて通路を封鎖している。これにより、正面の城門以外からの脱出は不可能になった。



 『ご苦労。下がって良い』


 玉座に座る王から近衛騎士に声が掛けられる。中性的で若い声。長い金髪に華奢な身体。だが、その顔は白い仮面に阻まれ、その容姿や表情を伺い知ることは出来なかった。


 近衛騎士を下がらせた若き王は、宰相に少し休むとだけ告げて、自室へと戻っていった。


 …


 「ふんっ!」


 王宮の地下、下水路に作られた脱出路から侵入してきた反乱騎士達を殲滅し、路を塞ぐための仕掛けを作動させた大柄な男。仕掛けにより大量の土砂が通路を塞ぎ、人の出入りは完全に出来なくなった、


 近衛騎士団団長ロダス。齢六十に迫る初老の男だが、身長百九十を越える偉丈夫で、長きにわたって近衛騎士団を束ねてきた豪傑だ。反乱軍の奇襲が失敗した理由は、非番中のこの男が、たまたま城門近くにいたことが大きい。数十人の反乱騎士達を剣で退け、跳ね橋を上げたのはロダスだった。


 「老骨には身体強化無しは堪えるな」


 「ロダス団長、冗談はさておき、おかしくないすか?」


 ロダスの側にいた若い近衛騎士が、飄々とした口調でロダスに尋ねる。


 「何がだ、ハイン?」


 「この抜け道って、近衛騎士でも限られた者しか知らない路っすよね? 反乱騎士達が知ってるってことは、近衛騎士の誰かが裏切ってるってことじゃないすか」


 「それがなんだ?」


 「それがなんだって……。いや、近衛が裏切ってるなら、城内にあらかじめ反乱部隊を手引きしててもおかしくないじゃないすか。いきなりの奇襲には驚きましたけど、やり方が雑っつーか、謀反を起こすにしては頭悪くないすか?」


 「まあ、確かにお粗末だな。とてもあのウォルト・クライス侯爵が画策したとは思えん」


 「近衛に裏切者がいるってのに、なんでそんなに落ち着いてんすか?」


 「ハイン、仮に近衛騎士が裏切っていた場合、奇襲を受けた時点で陛下の身柄は押さえられていた。それが出来ない無能は近衛にはいない。したがって、近衛はシロだ。第一、我が栄えある近衛騎士に裏切者など存在せん! 反乱部隊を城内に配置していなかったということは、それを事前にできる権限が無かった者だ。裏切者は文官の誰かだろう。どうやってこの通路の存在を知ったかは分からんが、知ってたにしては侵入してくる時機を逸していた。恐らく……」


 「恐らく?」


 「この謀反は急かされたものである可能性が高い。計画自体は遥か前から準備されてたのだろうが、王宮内部までは間に合っていなかったのだろう。それに、指揮も杜撰だ。正門に奇襲してきた者達も連携は取れていなかった。碌に軍議も行っておらんのだろう」


 「計画を早めた理由があるってことっすか?」


 「ただの推測だ。その理由も想像つかん。強引でも数がいれば城を落とせるとでも思ったのかもしれんが、甘かったな」


 「休みでいないはずの団長が、まさか正門近くにいたとか運も無さそうっすね」


 「うむ。大義も無く、私欲にまみれた者には女神様も微笑まんということだ。裏切者の捜索は暗部に任せて、今のうちに防備を固め、体制を整えるぞ。儂は着替えてくるからお前は副長と合流しろ」

 

 「了解っす」


 ハインに指示を出し、ロダスは返り血に染まった上着を脱ぐ。鍛えられた筋骨隆々の身体には無数の傷跡があり、城での訓練に明け暮れている騎士達と違い、数多の実戦を経験していることをその肉体が物語っていた。


 「ウォルト・クライス……。待っておれ、すぐに儂がその首刎ねてくれる」


 ロダスは決意を秘めた目をして呟き、自室へと戻る。


 ロダスとハインが去った地下通路には、夥しい数の反乱騎士達の死体が残されていた。

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