第244話 大地のゴルブ

 城がゴルブの後ろから剣を振り下ろす。


 ゴルブはそれを見ることも避けようともせず、無視してジョッキを煽っていた。



 ガンッ


 

 「なにっ!」


 城の剣は、ゴルブの肩に当たるが、その身体に刃は通らなかった。


 「硬ぇ……」


 「言ったじゃねーか、そんなナマクラじゃ無理だってよ……。それより小僧、本気で冗談じゃすまねーぞ?」


 「どうやらバケモンみてーだな……。なら、これならどうよ?」



 ―『炎剣』―



 城の剣から突如炎が噴き出し、城は再度ゴルブに向かって炎を纏った剣を振るう。


 「むっ!」


 ゴルブは炎の熱を感じると、今度は振り返り、腕で城の剣を受け止めた。


 ガンッ


 「あちち……。小僧、魔法剣士か? 珍しい持ってんな」


 「へー、刃は通らねーが、魔法は効くみてーだな」


 (まるで、どっかの誰かさんみてーだな……)



 「仕方ない。骨の一本か二本、折ってやれば大人しくなるか……」


 ゴルブは、城の剣を力任せに振り払うと、背中に背負った戦槌を手に構える。城の剣を受け止めた腕には、切り傷はないものの、軽い火傷は負っていた。


 室内で魔法を行使する場合、火の属性は控えるのが、この世界では常識だ。特に木造の建物の場合、延焼が広がり自分や仲間は勿論、周囲にも被害が出るからだ。それにも関わらず、城はそんなことを気にする様子も無く、激しい炎を纏わせた剣を容赦なく振り回した。


 「まったく、少しは周りのことも考えんかい!」


 ゴルブは城の剣を焦ることもなく難なく躱し、隙を見て戦槌を城に振り下ろす。



 ―『土剣』―



 城はゴルブの戦槌を剣で受け止める。先程まであった炎は消え、受け止めた剣は黒く変色していた。


 「ぬう? ワシの戦槌を受け止めただと?」


 「いててて…… めっちゃ手が痛ぇーじゃねーか、なんつー馬鹿力だよ…… 受け止めるのはもう無しだな」


 ゴルブは城の剣の異様さに驚く。ゴルブの持つ戦槌は特別だ。『巨人の戦槌タイタンハンマー』と呼ばれるその戦槌は、太古の昔、巨人が使っていたと言われる古代魔導具アーティファクトの一種で、並の武器は勿論、魔銀ミスリル製であっても容易に叩き折ることができる戦槌だった。一目で城の片手剣を、並の剣だと見抜いたゴルブの目は確かだったが、本気では無かったとは言え、自身の攻撃を受けても剣が折れなかった不可解さに困惑する。


 いくら属性魔法を武器に付与することができる魔法剣士であっても、ゴルブの戦槌を受け止められるほどの強度を付与出来る者は、『勇者』以外は今までいなかった。



 「まさか、小僧…… ジョウ・ナオキか?」


 「おお、もうバレた? 酔っ払いジジイのクセに察しがいいじゃん」


 「『勇者』……。魔王が現れた訳でもない、召喚したのは女神アリアでは無いとも聞いている。小僧、お主の目的はなんだ? その力を何の為に使う?」


 「へっ 無理矢理召喚しといて、ホント勝手だよなぁ! まあ、ジジイに言ってもしゃーねーけどよ。俺は俺の好きにやらせてもらう、ただそれだけさ」


 「その力を良きことに使おうとは思わんのか?」


 「良きこと? ひょっとして、世界を救う的なヤツ? ハハッ そういうことは、正義マンに言えよ。中にはいるんじゃね? 俺が世界を救う! って、張り切ってる痛い奴がさ~」


 「むう……。やはり『悪しき者』というのは本当なのか? 召喚された異世界人は、皆、お主の様な考えなのか?」


 「さあな~ 悪がどうとか漫画かよ? ジジイのクセに、世の中知らねーのか? 悪も正義も勝ったヤツが勝手に決めてるだけじゃねーか。てか、ジジイの方こそ鏡見ろよ? そんなイカレたモヒカン頭のマッチョの方がよっぽどワルに見えるぜ? そういう説教臭いのいーから。もう死んでくれよ。邪魔だから」


 「邪魔だと? 何故ワシを狙う?」


 「さっきからウルセーなー 邪魔だって言ってんじゃん」


 城の剣から僅かに白い煙のようなものが上がり、城は素早く剣をゴルブに振るう。まるで斬る気が無いような軽いタッチで、ゴルブの身体にただ当てるように細かく連撃を繰り出す。


 「そんなんじゃ、ワシは斬れんと……」


 戦槌を振り上げようとした腕の感覚が鈍い。そのことに気付いたゴルブは、ハッとして城の剣を凝視する。


 「氷属性?」


 「気づいても無駄なんだな~」


 城の更なる連撃がゴルブを襲う。なんとか戦槌で受けようと無理矢理腕を上げるも、徐々にその身体は凍って動かなくなっていった。


 「物理攻撃が無理でも魔法には弱い。ジジイみたいな能力は知ってんだわ。……まあアイツの方が何倍も厄介だけどな。アホだから避けるってことを知らねーのは一緒だぜ」


 (むぅ……。剣術は稚拙もいいとこだが、こうも属性を自在に操れるとは……。やはり『勇者』というのは本当だったか……)


 ゴルブは周囲をチラリと見て、魔力を戦槌にだけ込める。


 「あまり巻き込むことはしたくねーが……仕方ない」


 ―『巨人の戦槌』―


 ゴルブは凍って殆ど動かなくなった体を無理矢理動かし、戦槌で床を叩く。


 「一体何の真似……」


 直後に床全体が地震のように激しく揺れ、酒場にいた者は全員が立っていられないほどの揺れが起こった。棚から酒瓶が落ち、店内の家具が音を立てて暴れる。客の悲鳴があちこちで上がり、店は大混乱に陥った。


 その激しい揺れの中でもゴルブは平然としており、凍って動きの鈍った身体をゆっくり城に近づけていく。城はその場で膝を着き、立ち上がることさえ出来ずにいた。


 「地震? くそっ、マジかよ……」


 「殺しはせん。だが、腕の一本か二本は折らせてもらうぞ」


 ゴルブは城の正面に立ち、ゆっくり戦槌を振り上げる。



 ―『風刃』―



 直後、ゴルブの両腕に風魔法の『風刃』が襲い、その腕から鮮血が噴き出す。


 「なっ!」


 酒場の片隅で、給仕をしていた若い女が床に這いつくばりながらも、いつの間にか手にしていた杖をゴルブに向けて、魔法を放っていた。


 両腕がダラリと下がり、戦槌を落としたゴルブは、その女を見て即座にこの場が仕組まれたものだと悟る。


 「まさか、支部がワシを……ぐふっ」


 地震が止んだ瞬間、風を纏わせた城の剣がゴルブの胸を貫く。


 「ハッハー! そういうこと! 言ったろ? アンタは邪魔なんだよ」


 魔法を放った女と、カウンターにいた大柄な男が城の元に集まる。


 「とりあえず、他の客も始末しとこうか」


 「「了解」」


 城に言われた二人は、店内にいて唖然としている客達を、次々と剣と魔法で殺していった。



 「がふっ やめろ、小僧…… それでも、『勇者』か……?」


 ゴルブが血を吐きながら、城を咎める。


 「あーん、まだ息あんの? しぶといな~ 流石「S等級」ってか? 大体、『勇者』だから何だよ? 勝手にジジイの価値観を押し付けんじゃねーよ、老害が」


 「客は……関係……ない」


 「バカかよ? アンタを殺す現場を見られてんじゃねーか、目撃者は殺すに決まってんだろ? アンタに全力を出させないように態々客入れたんだ。今殺されてる客はアンタの所為なんだぜ?」


 「な……に……?」


 「アンタの情報は漏れてんだよ。人質取られたら無抵抗っつーマヌケとか、一般人を巻き込むようなやり方は絶対にしないなんてクッサイ奴だとか、何カッコつけてんだって思ったが、納得だ。地震を起こせるとは知らなかったが、そりゃ街中で本気は出せねーわな。ヤバくなったら、ここの客を盾にと思ったが、終始舐めプしてくれて楽だったぜ」


 全力を出せば、周囲に甚大な被害が出るのを分かっているゴルブは、街中、それも一般人がいる中で全力を出すことなど出来なかった。己の敗北よりも、無関係の人間を平気で巻き込む、城という男に怒りを覚えるゴルブ。


 「それを……知って……無関係な者をっ!」


 「良く見ろよ。周りを気にして全力を出さなかったから、目撃者が死んでんだぜ? 舐めプして負けたアンタが悪ぃーんだよ。まあ、手加減してあの威力なら、本気だったら店どころじゃねーんだろうけどな」


 城はゴルブの首から金と黒の冒険者証を引き千切り、興味深そうに見つめる。


 「これが「S等級」の冒険者証ね~ アンタを始末した証拠に丁度いいか。ついでにそのハンマーも貰っとくわ。……って、なんだこれ、クソ重てぇじゃねーか」


 城はゴルブの冒険者証と『巨人の戦槌』をなんとか魔法の鞄マジックバッグに入れると、女に指示を出す。


 「じゃあ、全部燃やしちゃって」


 「死体は処理しなくていいんですか?」


 「もう俺の鞄一杯なんだよね~ 冒険者証とハンマーは頂いたから、後は燃やしちゃえば分かんねーだろ」


 「了解です」

 

 女は店内の四方に火属性の魔法を放ち、建物に火を放った。



 「くっ ……殺せ」


 ゴルブは意識が朦朧としながら、城に呟く。


 「ハハッ ジジイの「くっ殺」とかキモいな! それジジイのセリフじゃねーから! 老害は焼け死んでどうぞw ハハッ バイバ~イ」


 城は笑いながらゴルブに手を振り、仲間を連れて酒場を出て行った。とどめを刺されずに、焼け死ねと言われたゴルブは、その場から動くこともできず、無残にも口封じで殺された客達を見る。


 「外道……が……」



 建物が炎に包まれ、ゴルブは静かに目を閉じた。

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