第164話 聖人

 マネーベルの最高級宿の一室で、レイは保護された違法奴隷達の治療を行っていた。最上階のフロアは全てレイ達の貸切にされ、奴隷とされていた者の保護所にもなっていた。


 料金は全て、ジルトロ共和国持ちだ。


 アラン・ピアーズの屋敷で保護された違法奴隷は十八人。その上、アランと取引のあった議員宅からも違法な奴隷が見つかり保護された。総勢二十五人。その全ては、一旦レイの泊る宿に集められている。単に性行為を強要されていた者から、過度な暴行を受けていた者まで、レイはその治療全てを引き受けていた。勿論、その報酬は議会に請求されている。



 「ほら、さっさと次の患者を連れてこい」


 「な、なぜ私が……」


 アンジェリカ・ローズは、質素な修道服を着せられ、レイの助手をさせられていた。リディーナはエルフの子供達の面倒を、イヴは聖女クレアの世話をしているため、手が空いているのはアンジェリカだけだったからだ。


 「他の二人は忙しい。それに、お前はクレアの世話があまり出来ていないと聞いた。お茶一つ入れられないとはな。別に女だ男だと役割を決めつけるつもりはないが、少しここで他人の世話を学べ。旅中、ずっとイヴを聖女に付きっ切りにすることはできないんだからな」


 「なぜだ? 護衛なら私が……」


 「悪いが、神殿騎士の腕には期待してない。俺達なら豚鬼オークが十や二十でも一人で相手にできるがお前はどうだ? 身体強化しか使えないんじゃ、少数での護衛は無理だ。聖女の世話に専念しろ」


 「くっ!」


 「それに、その格好なりの振る舞いにも慣れておけ。一応、神聖国へ巡礼に行くという設定なんだ。途中の検問所でボロが出ないように、言葉遣いや尊大な態度を消しておけ」


 「ボ、ボロなど出さん! 完璧にやってみせる! し、しかし、もう少し上等な服があっただろう? 私はともかく、クレア様には……」


 「上等な服を着たシスターが、わざわざ危険な馬車での旅を選ぶのか? 魔導列車に乗れないを装ってもらわないと怪しまれるだろうが。もしバレたら、俺は相手の口を封じなきゃならん。お前の無駄なプライドで人が死ぬぞ?」


 「くっ! 貴様、それでも女神の使徒か?」


 「俺は女神からの依頼を受けてるんだ。聖人じゃない。勘違いするな。分かったらさっさと次の患者を呼んで来い」


 「くっ!」


 …

 ……

 ………


 私、アンジェリカ・ローズは、屈辱の日々を送っている。レイの助手と言えば聞こえはいいが、ただの小間使いだ。お茶の用意やお湯の準備、患者の着替えなど、貴族であり、騎士の私が平民に対してすることではない。だが、騎士としての力量は真っ先に否定された。今までの騎士としての鍛錬の日々は何だったのか……。私の腕を知りもしないのに、先日のイヴも含めて私の実力を低く見られるのは甚だ遺憾だ。


 しかし、そうは言っても彼に反論することはできなかった。彼の戦闘力に関しては言うまでも無かったが、それ以外に関しても彼には全く隙が無い。美形の容姿もさることながら、食事の作法や茶の淹れ方、古代語の難解な魔導書を易々と読み、その全ての所作が洗練されている。本人は学の無い平民だといっていたが、貴族の出と言っても疑いようのない立ち振る舞いだ。茶の淹れ方など、実家の侍女たちにも見習わせたいぐらいだ。少し作法は異なるが、あそこまで美しく茶を淹れる男は見たことが無い。そんな男が何百人もの神殿騎士達を屠れる実力があると思うと、今でも自分の目で見たものが信じられない。


 それに、回復魔法による治療も驚異的だ。古傷を跡形も無く綺麗に治す者は本国でも見たことが無い。……しかし、若い女の裸を見ても眉一つ動かさぬとは、自分の時もそうだったと思うと、女として見られていないようで少し悔しい。それでも他のゲス共より何百倍もマシなのだが、……ひょっとして男色家なのだろうか?



 「んっ あっ ……はぁあん」


 「「……」」


 おまけにこれだ。今治療を受けている女もそうだが、ここ数日は、下腹部、つまり性器の治療を受けている者が大半だ。彼は下腹部に手をあてているだけなのだが、あの暖かい魔力の波動を受けているのだ。女の気持ちも理解できる。私も治療を受けたからわかる。彼の回復魔法は、こう、なんというか、……気持ちいい。それを下腹部に直接受けるなんて……うらやま……ゲフン。


 私もあんな声を出していたかと思うと、恥ずかしくて消えたくなる。



 「ふう……、終わったぞ。もう服を着ていい。暫く清潔な下着を着けて安静にしていろ。……おい、次だ」


 「わ、わかった」


 治療の終わった女達をそれぞれの部屋に送り、次の患者を連れてくるのも私の役目だ。中には彼が何者なのか、名前はなんというのかなどしつこく聞いてくる女もいるが、名前ぐらいしか私にも分からないんだ。……そう、私も何も知らない。


 …


 「明日からは一日に一人だ。長丁場になるから、食事の手配もしておいてくれ」


 明日からは、欠損や大きな傷を負っている者達だ。初期の治療で今のところ命に別状はないようだが、保護された当初の姿は拷問でも受けたかのように無残なものだった。それを行った者の中に、我々、神殿騎士団のフランク・モルダーがいたかもしれないと聞いた時は、はらわたが煮えくり返る思いだった。奴は拘束され、本国に送られるそうだが、いずれ神の裁きが下るだろう。


 欠損のある者、それを彼は全て元通りにすると言う。まったく信じられなかった。そんなことが出来る訳が無い、クレア様の目を治す前なら私は一笑に付していただろう。だが、失った腕や足を本当に元どおりにできるのだろうか?


 次の日から私は、彼の奇跡とも呼べる治療を見せつけられ、その御業に魅せられた。


 …

 

 「今日は、これまでだ。少し寝るから明日の朝まで、誰も入れるな」


 「はい」


 私はそう返事をして、魔力の回復の為、睡眠を欲する彼を邪魔しないよう、静かに部屋を後にした。



 彼は紛れも無く、女神様の使徒、『聖人』だった。

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