第134話 神殿騎士団
―『神殿騎士団』―
神殿騎士団は、アリア教を布教する聖職者や、医療従事者でもある神官の護衛の為に設立された、アリア教会独自の騎士団である。この世界では、都市間の移動に大きな危険が伴う。城壁に囲まれた都市を一歩離れれば、魔物が跋扈し、無法者が蔓延る世界だ。そんな中で、布教活動に際する護衛団として組織されたのが始まりだ。
騎士団を構成する騎士達は、敬虔なアリア教徒なのは勿論、聖職者の護衛に必要な教養と、剣や魔法の実力が求められる。必然的にその団員の大半が、幼い頃から教育環境の整った貴族や大商人の子弟で占められるようになり、設立当初の志しは形骸化し、ある種の選民思想が生まれて、騎士達の増長を招いていた。
しかしながら、長い間戦争も無く、表立って教会に敵対する勢力の無い昨今では、本来の護衛の任務も冒険者に委託されるようになり、実戦経験のない騎士も珍しくない状況となっていた。だが、神殿騎士に逆らうことは、教会に逆らうことと同義であり、敵対勢力の無い状況では、問題視されることは無かった。
…
「なんか、戻ってきたって感じだな」
魔導列車の車窓から、マネーベルの街並みを見たレイが呟く。三日間の列車の旅を快適に過ごしたレイ達三人とジェニー。だが、レイ以外の三人は、その表情が優れない。
「はぁ……。着いたら
リディーナのため息に、イヴとジェニーが同じようにため息を吐く。
「別に小鬼じゃなくて
「「「そういう問題じゃない(です)!」」」
マネーベルに着いたら、列車内の講義を実地で経験するべく、人型の魔物で人体の構造を学ぶことになっていたリディーナとイヴ。それに関係ないはずのジェニーは、何故か一緒にやらされることが決まってしまっていた。
「な、なぜ私まで……」
「まさか一人だけ逃げないわよね?」
「……」
「まあ、止血方法だけでも覚えておいて損は無いと思うがな」
この世界の止血方法は、傷口を押さえるか、その根元を縛るぐらいしか皆知らない。とりあえず傷口を縛って、
人を殺す技術はともかく、医療の知識は広まっても構わないとレイは考えていた。無論、それが転じて人殺しの技術が生まれるのは仕方のないことだとも承知の上でだ。
(マネーベルの冒険者や神官達には命を救われたのもあるからな。別に構わんだろ……)
この三日間で、リディーナとイヴ、ジェニーの距離が近くなったこともあり、嫌な実験にジェニーを巻き込むつもりのリディーナ。ジェニーからすればとばっちりである。
…
マネーベルの駅に降り立った四人は、以前と違う街の様子に違和感を覚える。
「なんか妙なのがいるな」
「「「神殿騎士団……」」」
レイ以外の三人が揃って呟く。銀色の
「神殿騎士団?」
「教会の騎士団です。聖女様がこの街に滞在しているとはいえ、この数はちょっと……」
イヴが怪訝な顔でレイに言う。教会に詳しいイヴが、困惑する程の人数が、駅の雑踏の中でも目立つほど散見された。
「また増えたみたいですね……。詳しいことは後でマリガンさんから説明があると思います。とりあえず、宿に案内しますね!」
「あら、先にギルドじゃないの?」
「マリガンさんからレイさん達は、先に宿に案内するように言われてます。……その、御二人はちょっと有名なので」
「「……」」
マリガンなりの気遣い、いや、トラブル防止なのだろうと、レイとリディーナは察する。それなりに自覚のあるレイ達は、列車を降りる時からフードを被り、認識阻害により姿を誤魔化している。
「どこの宿かは決まってるの?」
「前回、御二人が宿泊された同じ所です。あそこがこの街で一番の部屋なので」
「ッ♪」
「「……」」
満面の笑みのリディーナと、複雑な表情のレイとイヴ。
(あの豪華過ぎる部屋か……。なんか落ち着かないんだよなぁ。それに人の金ってのも気が引ける)
(私なんかが、あのような身分不相応な部屋に……)
ドワーフ国「メルギド」の迎賓館も、あの国では一番の宿泊施設だったのだが、華やかさと贅沢さという意味ではマネーベルに軍配が上がる。さっきまでの魔導列車の旅も、一等室という平民では見ることも叶わない部屋で過ごしていたイヴは、申し訳なさで一際小さくなる。
「ん?」
一人の神殿騎士がこちらを見て、同僚の騎士に耳打ちをしている。
「おい、そこの貴様達!」
「「「「?」」」」
「認識阻害なんぞしおって、怪しいヤツだ。身分証を出せっ!」
妙な眼鏡を掛けた騎士が、レイ達に詰め寄る。付近の騎士達も一気に集まり、二十人ほどの神殿騎士達がレイ達の周囲を囲む。
「私は、冒険者ギルドの職員です。怪しいものではありません。それにこの方達はこの国の客人です。無礼は許されませんよ?」
ジェニーが前に出て、自分の身分証を掲げて騎士に提示する。
「冒険者ギルドだと? だがそんなことは関係ない。認識阻害など、やましいことが無ければせぬだろう。とっとと解除しろっ!」
(いきなりバレるとか、どうなってるんだ? 機能としては問題なかったはずだが……。ひょっとしてあの眼鏡か? たしか、国境を通過する時に魔導具の効果を阻害する施設があったな。その類のものだろうか?)
そうレイが疑問に思っていると、リディーナが前に出てフードをとった。
「あまり目立ちたくないから被ってたんだけど、何か問題あるかしら?」
「―ッ! エ、エルフか……」
一瞬、下卑た顔した騎士が数人、初めて見たかのように驚いた者など、その表情は様々だったが、皆一様に驚いていた。だが、騎士達の態度は変わらない。
「亜人が偉そうに……。目立ちたくないだと? 自惚れおって」
「お、おい……」
絡んできた騎士を他の騎士が諫め、何やら耳打ちしている。
「……ちっ、おい、行くぞ!」
神殿騎士達は、そう言い捨てて、レイ達の前から消えていった。
「……なんなの、アレ?」
「まるでこの街の衛士だな」
「「……」」
(どうやらこの騎士達、亜人に対して差別意識があるみたいだ。アリア教の騎士か……。失念してたが、聖女に会う前に、少しコイツラの宗教観を調べてみないとな)
到着早々、不穏な空気を感じたレイ達は、そのままジェニーの案内で宿に向かった。
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