第72話 名工ゲンマ

 その後、ゲンマはイヴの腕も見たいと言い出し、レイはイヴといつものような立ち合いを見せてやった。


 …


 「……お前らの実力はわかった。注文を受けてやる。だが今日はこの後、先約があってな、悪ぃんだが明日また来てくれ。注文の詳細はまた明日聞く」


 「わかったわ。……レイ、剣折れちゃったけど、どうする? 」


 「別にいい」


 「日本刀これを持ってけ」


 「いや、いい。軽すぎて感覚が狂いそうだ」


 「なら別のを持ってけ。おいっ! 裏からアレ持ってこいっ! 」


 ゲンマは弟子の一人に怒鳴る。


 「二百年前の『勇者』の一人が異世界から持ち込んだ『ニホントウ』のコピーだ。材質までは再現できてねーが、形と重さはほぼ同じだ。斬れ味はこっちの方が上だがな」


 そう言って、弟子が持ってきた一振りの刀をレイに手渡す。レイは渡された刀を抜き、確認する。


 「ほう……イイな。とりあえず借りとくよ」


 「へっ、生意気な小僧だぜ…… 」


 …

 ……

 ………

 

 レイ達三人が工房を出てから、鍛冶師のゲンマはジョッキを煽りながら考えていた。


 ゲンマは、レイとリディーナの立ち合いを見て、金槌ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。



 今まで、多くの剣士を見てきたが、あんな剣技を見たのは初めてだ。騎士共の正統派の剣とも違う。小僧レイを見た時に感じた違和感。熟練の剣士みてぇな所作と雰囲気を放ってはいたが、身体つきがガキのままだ。不気味なガキだが、技術を裏付ける知識もある。俺の造った『ニホントウ』の特性を瞬時に見抜きやがった。あれは確かに扱えるように軽さと硬さだけを突き詰めた剣だ。あれで満足するレベルならあれを売って追い返してたとこだ。


 リディーナが師事しているのもまったく信じらねぇが納得だ。数十年ぶりとは言え、リディーナの戦闘スタイルもずいぶん変わったし、飛躍的に腕が上がってやがる。以前は風の魔法を併用してのスピード任せの剣だったが、それでもあれの刺突を躱せるヤツなんざいなかった。それを魔法を使わずにあれだけのスピードを出し、剣筋も洗練され多彩になった。それでも本気の半分以下の遊びだってんだから驚きだ。それでも通用しねぇ相手がいるんじゃあ、剣を新調したくなるのも理解できる。


 (しかし、あの孤高のリディーナが、男にあんな表情を見せるたぁな…… )


 そのリディーナが通用しなかった相手が何なのかも気になるが、それより小僧だ。絶対に見た目どおりの歳じゃねぇ。『ニホントウ』をあそこまで使いこなすヤツは見たことねぇ。大昔に『勇者』にあやかり、多くの人間が『ニホントウ』を使いたがったが、誰も勇者のように使いこなせず死んでいった。


 それに、見たこともねぇ剣技にそれを人に教える技量も度量もある。人に剣技を教えるってことはそんな簡単な話じゃねぇ、他人に命を奪う技を教えるんだ、弟子に裏切られた場合、自分を殺せる人間が一人増えるんだ、あの若さで出来ることじゃねぇ。それにさっきは、リディーナに教えた技の殺し技も教えた。弟子でもねぇ俺達がいる前でだ。余程の自信がなきゃそんな真似はできねぇ。まあリディーナを見てれば、師匠と弟子以上の信頼関係があるように見えるが、それはまあいい。


 問題は、レイって小僧が魔法も使えるらしいってことだ。二人に魔法も教えてるって聞いて、たまげたぜ……。それに、身体強化の強度も自由に上げられるらしい。その場合、鉄製の剣は当然だが、半分の力でも魔銀ミスリル製の剣は耐えられないそうだ。折れた剣の状態を見てもそれは明らかで、どんな巨人が振ったんだと思ったぜ。まさにバケモンだ。


 「S等級か…… 」


 「S等級冒険者」、何人か客にいたから知ってるが、誰も小僧に勝てねぇだろうな……。魔法に関しては詳しくねぇが、あのリディーナに教えるぐれぇだ、そっちも規格外だろう……。あれだけの剣技と魔法を扱うヤツは見たことがねぇ。


 どんな剣が欲しいのか、明日はもっと詰めなきゃならねーが、大仕事になりそーだ。


 それにイヴって小娘もまあ及第点だ。小僧との立ち合いを見せてもらったが、悪くは無かった。あれぐれぇの腕なら普通は断るが、まあいいだろう。


 (しかし、あの小僧、体術や短剣術も相当やりやがる。むしろ剣術より得意なんじゃねぇか? )



 「まったく、久しぶりにおもしれぇ仕事になりそうだぜっ! ガッハッハッ! 」




 「随分ご機嫌じゃない」


 「ん? なんだ、お前ぇか。頼まれたモンは大体仕上がった。あとはお前ぇの魔力を同調させて調整する」


 「今日持って帰れる? 」


 「バーロー、んなすぐ仕上がるか! 」


 「魔導列車が動いたから早く欲しいんだけど? 」


 「今日、魔力の同調をしたら三日後に取りに来い。焦んじゃねー バーロー 」


 「…… 」


 短い会話の後、ゲンマとの女は工房の奥へと入っていった。


 …

 ……

 ………


 「それにしても、あのゲンマ爺があっさり引き受けてくれて良かったわ~ 」


 「まあ癖がある感じだったが、職人なんてあんなもんじゃないのか? 」


 「先客はぶっ飛ばされてましたけど…… 」


 「毎回ああよ。気に入らなきゃ作らないし、武器に見合う腕がなきゃ、ああやってぶっ飛ばされて追い出されるわ」


 「それでよく工房が潰れませんね…… 」


 「あれでもメルギドの名工の一人って言われてるからね……。二、三年に一本でも作れば暮らせるって昔言ってたわ」


 「二、三年に一本…… 」


 「もうそれ道楽だろ…… 」


 (そりゃ酒飲みながらやるよな…… )


 「そう言えば、緑茶があるんだな。あとで買いたいな」


 「美味でした」


 「そうねー。このまま買い物に行く? 」


 「そうだな。ついでに今日は街を散策しよう。色々見てみたい」


 「じゃ、行きましょ! 」


 リディーナは俺の手を取り、いつもより密着度を高くして腕を絡める。昨夜からいつも以上に笑顔を見せるようになった。俺も自分の気持ちをはっきりさせたからか、悪い気はしない。いや、正直になろう、年甲斐も無くドキドキする。オカシイ。


 「そう言えば、その『ニホントウ』、あとで貸して? これなら『霞』もやりやすいんでしょう? 」


 「そ、そうだが、刺突中心のリディーナには合わないと思うぞ? 」


 「そうなの? 」


 「連続して突きを放つには向いてない」


 「ふ~ん、でもまあいいわ。後でちょっとだけ貸してね」


 「ああ。まあ俺のじゃないけどな」


 (しかし、現物があったとはいえ、よくこんな精巧にコピーできるもんだ。まんま日本刀だぞコレ)


 海外でよく見る、見た目だけの日本刀モドキとは違う。見た目だけなら誰でも作れるが、本物の日本刀とやり合えばすぐに折れてあの世行きだ。中身を完全に模倣するのは最新技術でも難しい。だが、あの爺さんが並の鍛冶師じゃないのはこれを見れば分かる。『刀』は対人特化の武器だ。『刀』が作られた背景に、魔物の存在は勿論考慮されてるわけがない。対人、対刀の中で洗練された武器だ。この世界の魔物に対しては、はっきり言って適していない。大型の獣や先日の巨人のような相手なら刀である必要はないし、硬度を上げるなら西洋剣の形状の方がいい。この世界の冒険者の剣士が持つ、大剣ラージソードなんかが魔物には最適だが、対人戦はちょっと厳しいかもな。リディーナみたいに魔法も使える魔法剣士なら魔法も併用するから武器は選ばなくていいのかもしれないが……。


 なかなか対人・対魔物の両方に対応した武器は難しい。


 (俺は冒険者として魔物を狩って大成したいわけじゃないからな。その辺もちゃんとあの爺さんに伝える必要があるな…… )


 …


 その後はぶらぶらと街のあちこちにある店を見て回った。オブライオン王国のロメルの街の店に比べて格段に種類が多く、品質も一定以上のものばかりで驚いた。つい購入しそうになるが、さっきゲンマの爺さんに頼んだばかりだ。防具に関しては後でゲンマに紹介してもらうことになっている。なんでもその方が別で頼むより安くなるらしい。


 イヴがある店の前で立ち止まり、ガラス越しの商品を凝視したまま動かなかった。


 「どうしたの、イヴ? 」


 「これを購入してもよろしいでしょうか? 」


 「「? 」」


 イヴが見ていた物は、髑髏を模した禍々しい指輪だった。


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