第33話 国王と宰相
「くそっ!」
ワインの入ったグラスを床に叩きつけ、机に置かれた一枚の報告書を睨む国王、ウェイン・ケネディ・フォン・オブライオン。隣りにはこの国の宰相、ザック・モーデルがいた。
報告書には、探している桐生隼人と他三人の勇者達の足取りが、自由都市マサラで途絶えたとの内容が書かれていた。
ウェインは『勇者召喚の儀』の発見によって、当時まだ第二王子だった自分こそが、次期国王に相応しいと父である国王に訴えた。しかし、国王は聞く耳をもたず、第一王子を王太子にしたままだった。
ウェインにはそれが我慢ならなかった。
一年前に隣りにいる宰相や、儀式で死んでしまった当時の宮廷魔術師長の協力により、父と兄を殺し、王位の簒奪に成功した。周辺国との不平等条約を解消し、国力を上げる為に勇者召喚を行ったものの、想定外の人数が召喚された為、用意していた特注の隷属の首飾りの数が足りなかった。追加で作成依頼をかけている間の懐柔策が裏目に出て、勇者達の反逆を許してしまい、逆にこちらが隷属するハメになってしまった。
その後、勇者達は瞬く間に王宮を掌握。一年前の簒奪で有能な家臣や騎士達が王宮から去っていたこともあり、成す術無く乗っ取られることになってしまった。ウェインに追従していた有力貴族達も、王位簒奪の際に中央へ配置換えしていたことも裏目に出てしまい、残らず奴隷の首飾りを付けられてしまったのだ。
…
「如何致しますか…?」
ザック宰相が気まずそうにウェインに尋ねると、ウェインは、先程の報告書に再度目をやった。
「マサラまで行ったのは確認できたが、宿泊していた宿から消えた上、エルフの奴隷の死体が放置されていたなどと、どこまで勝手なのだ……。おまけに騎乗していた飛竜もおらず、派遣した騎士達ではこれ以上の追跡が不可能だと? ……ザック、この件はお前が報告してこい」
「そ、そんなっ! 陛下もご一緒に……」
「私は、王女の件がまだだ。二人一緒に報告に行けば、王女がまだ見つかっていない件を指摘されるぞ? 王女はまだ見つかりません、桐生達も見つかりません、追跡はこれ以上無理です、そう報告したらどうなるか、わかるだろ? 一人で行け。そうすれば桐生達の件だけで済む。後回しにすれば更に状況は悪くなるぞ」
「そ、そんな……」
「行け」
項垂れながら部屋を後にするザック宰相。
…
ウェインは一人、部屋に残り思考を巡らす。
私は私で消えた
しかし、一体どこへ消えたというのだ。勇者達を召喚して程なくして、忽然と王宮から姿を消した。当時騒ぎになったが、勇者共の反逆で捜索を指揮するものがおらず、碌に探せなかった。国境を渡った様子も無い。私がこんなにも苦労しているというのにさっさと逃げ出した
「くそっ!」
ベルを鳴らし、侍女に代わりのグラスを持ってこさせて自分で酒を注ぐ。侍女にやらせないのは、この女が
勇者共は、どうやったかわからないが、王宮に潜り込んでいた他国の間者を見抜き、不死化させて隷属させた。この侍女も間者の一人だった。この部屋での宰相とのやりとりも恐らく報告されるだろう。
首飾りの解除の為に、これを作った奴隷商へ人をやったが不死者となって帰ってきた。奴隷商人も同様に不死化され、その上、勇者達の為に首飾りを量産されて貴族達にバラ巻かれている。最早この国の主だった貴族は勇者共に逆らえない。完全に詰みだ。
(しかし、あれ程多くの
発覚した間者の中には、何代にも渡って王族に仕えていた者や、王宮で主要な役職に就いている貴族もいた。その全ての間者は不死化され、勇者達に全ての情報を聞き出された。勇者召喚の儀も知られていたらしいが、儀式の内容と結果は知られてはいなかった。
他国からの干渉が今のところ何も無いのも不気味だ。再三に渡る国王会議への出席要請も無視し続けているにも関わらずだ。
教会に関しても、聖女が
それに
ワインのボトルを空にし、自分の未来を想像する。
どう行動しても碌な未来など想像できなかった。
不死者にはなりたくない。ただの肉の傀儡になるぐらいなら死んだ方がマシだ。だが、死んだとしてもアイツらは俺を死なせてはくれまい……。
「どうしてこんなことに……」
ふぐっ
涙と嗚咽を漏らしながら、ウェインは一人机に突っ伏した。
…
……
………
国王執務室。
「失礼致します。ザック宰相がいらしてマス、如何されマスカ?」
「通していいよ~」
執務室の外に待機していた不死者の侍女が、この国を支配している勇者達にザック宰相の来訪を知らせてくる。肉体の劣化がはじまっているのか、発声がどこかぎこちない。
「失礼します。桐生隼人の件で、ご報告が御座います」
「見つかったの?」
「い、いえ。それが、自由都市マサラへ向かい、滞在していたまでは分かったのですが、宿泊先にはおらず、荷物もそのままで一週間ほど戻ってません。乗っていた飛竜二匹もおりませんでした」
「で?」
「どうやら奴隷オークションでエルフの女を落札したようですが、その奴隷は部屋で殴り殺されておりました。一応、正規の奴隷ということでしたが、亜人だった為、遺体は回収してあるようです」
「いい判断だね。遺体は荷物と一緒に王都まで運ぶように。南が喜びそうだ。僕もエルフを見るのは初めてだしね」
「し、しかし、死後、日数が経っておりまして……」
「だから?」
「いえ、何でもありません。すぐに手配いたします」
「エルフの奴隷ねぇ。それってやっぱ、高いの?」
「詳しくは存じませんが、白金貨百枚はするかと……」
「一億円以上か、高いねぇ~ そんなにアイツら持ってたかな? 国庫から持って行ったとしたらそれなりのペナルティーを負ってもらわないとなー ……で、これからどうするの?」
「え?」
「え? じゃないよ。キミは部下から見つかりませんでしたって言われたらどうするんだい? はいわかりましたで済ませるのかな? だから南に原始人なんてバカにされるんだよ?」
「くっ……し、しかし空を飛んで移動している者の追跡など……」
「はぁ……。もっと頭を使いなよ。ホントに宰相なの? 飛竜だって永遠に飛べるわけじゃないでしょ。自由都市マサラから飛竜の継続飛行距離を計算して、桐生達が泊まりそうな高級な宿を探しなよ。そんなに数は多くないでしょうに」
「しかし、人手が……」
「王都周辺は香鈴のおかげで魔物は殆ど駆逐されてる。第一騎士団が暇なはずだからそれを使いなよ」
「わかり――」
「いや、待て。見つかったとしても騎士達じゃ桐生を抑えられないか……。そうだ、こんな時には先生に役に立ってもらおう」
ニヤリとした表情の少年は、執務机から一通の便箋を取り出し、サラサラと羽ペンで書きだした。宰相にはその書かれた文字は読めない。
慣れた手つきで手紙を封蝋で閉じ、宰相に手渡す。
「教会に行って、この手紙を『伊集院先生』に届けるよう伝えろ。僕の名を使えば届けてくれるはずだ」
「は、はあ」
「近衛は荷物と遺体を王宮まで運んだらそのまま通常任務に戻していい。宰相も手紙を届けたら王女探しを王様と合流して手伝っていいよ」
「しょ、承知致しました」
…
ザック宰相は執務室を出て考える。
一国の宰相として手紙を届けるという小間使いのような扱いに屈辱的な思いだったが、断ることもできず、了承して部屋を出てきた。
他の者に代わりに行かせようと思ったが、すぐにその考えを捨てた。どうやってかわからないが、あの少年達は情報収集能力が異常だ。不死者からの報告だけでは説明できない類の情報が筒抜けなのだ。万一他人に任せて手紙が届かなかった場合、今度こそ物言わぬ動く屍になるのは間違いない。
すでに宰相としての仕事はもはや何もなく、国の決裁はすべてこの少年が行っている。驚異的な内政能力で次々に改革案を実行しており、事情を知らない内政官からも高い支持を受けている。不正に対しても厳格に処断しており、貴族だろうがお構いなしに断罪し、領地や資産の没収を容赦なく行っており、急速に領地の再編が進んでいる。同時に軍の再編も進めているらしく、反発した軍務卿をはじめとした大貴族とその子息達は軒並み首を刎ねられている。軍の権力者達の首が王宮前に晒され、勢力が変わったことを王都内外に知らしめている。
それにどういう訳か、教会もこの少年の意向に沿っているようだ。
(これは早期に王女を探し出し、身の振り方を考えねばならぬか……)
宰相は、そのまま馬車を用意させ、教会に向けて王宮を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます