第19話「Between 平安 To 宇宙」
セツヤは闇に包まれた。
見上げるも闇、見下ろすも闇。
平安時代の風景は、日が落ちれば全てが暗闇の世界だった。
そんな中、自分を抱き寄せる玉藻前の表情だけが鮮やかに輝いている。
そう、謎の美女は不気味な程に冴え冴えとした微笑を浮かべていた。
それがお面の奥からも見て取れる程度には、セツヤも冷静だった。
「鬼め、捕らわれた茨木童子を助けに来たって感じかな? 存外、義理堅いとこがある。ふふ……でも、これで鬼たちの懐に入ることができるね」
玉藻前の言葉は酷く冷静で、ともすれば楽しんでいるような含みも感じる。
セツヤはただただ、彼女の胸に抱かれて耐えるしかない。
自分たちをさらった酒呑童子、赤いロボットの高速移動は続いている。上も下も等しく、左右の別もない闇……その中で、自然と玉藻前の言葉だけがしっとり響いた。
「時に少年! 先程妙なことを言ってたね……ボクをチギリと呼ばなかったかい?」
「そ、それは……凄く、似てます。俺がこういう現状で危機に陥ってる、その元凶の人にそっくりなんです」
「なるほど。それは悪かったね……けど、ボクには預かり知らぬこと……でも、ないのかな? ふむ、ちょっと待ち給え。うーん」
不思議と玉藻前は、高高度の高速移動でも平気な顔で小首を傾げる。
まるで一人だけ、別の空間にいるような、そんな泰然とした姿だ。
「少年はもしかして、この時間軸の未来から来てるのかい?」
「えっ? そ、そういうの、わかるんですか?」
「ボクが大陸にいた頃から、わりと時々あったからね。不思議な光から現れた人間、不思議な光に吸い込まれて消えた人間……キミもその類じゃないかな?」
「そっ、そうです! ……大陸? 大陸にいた頃って」
「ふふ、いい女は過去にこだわらないのさ。ほら、鬼が高度を下げる」
徐々に薄い空気と強烈な寒さが遠ざかる。
酒天童子と呼ばれた赤いロボットは、ゆっくりと高度を落として着地体制に入った。
その頃にはもう、僅かな星明かりが地形を浮かび上がらせる。
木々の生い茂る山腹へと、静かに鬼は着地した。
その時にはもう、真っ暗だった地表に点々と炎が灯っている。
どうやらここが、鬼と呼ばれる者たちの拠点らしい。
その証拠に、篝火を手に集まる大人たちが歓喜の声をあげる。
「隊長が戻られたぞ! 無事だ!」
「リッタ副長はどうか!」
「なに、隊長ならぬかりない! きっと無事さ!」
鬼の手の中で、セツヤは改めて見渡し見定めた。
ゆらめく炎の明かりが照らすのは、やはりこの時代の人間には見えない。皆が宇宙服めいた全身を覆うスーツを着てて、数は10人とちょっとである。
そして、セツヤは見た。
そこかしこに、倒れて動かぬ鬼の姿があった。
山深いこの場所に、沢山のロボットが身を横たえているのだった。
「ちょ、ちょっと、これは……玉藻前さん、鬼です! あんなに沢山」
「ふむふむ、ひい、ふう、みい、よ……どれも動けぬようだけどね」
大地に伏して動かぬ鬼は、どれも同じ形状だ。緑色に染められて、茨木童子や酒天童子と違って簡素な印象を受ける。それが洗練された量産型兵器の姿だと、セツヤにはわからなかった。だが、統一感が軍隊の厳しさを自然と伝えてくる。
鬼の手が地表で開かれると、すぐに玉藻前はセツヤを抱えたまま着地した。
歩み出て、周囲を見渡し睨みを効かせる。
「やあ、お招き痛み入る。ここは大江山かな? なんにしろ、キミたち鬼の巣窟に来れて嬉しいよ。話の通じる奴はいるかな?」
玉藻前の言葉に衝撃が走った。
文字通り、声に対して返事は銃声だった。
だが、周囲で弾着の土煙が上がっても、玉藻前は微動だにしない。
その腕から逃れてようやく一人で立ちつつ、セツヤも声を限りに叫んだ。
「ま、待ってください! 戦いは望んでいません。俺たちの話を聞いてください!」
向けられる銃口から、僅かに警戒心が和らいだ。
それでもまだ、セツヤたちは銃を突きつけられている。
そんな中で、セツヤは自分の推測が確信に変わるのを感じていた。
やはり、鬼と呼ばれる驚異の正体は、人型のロボット兵器だ。そして、何故かこの平安時代に、異なる時代か異世界の軍隊が現れてしまったのだ。
ちょっと前なら、そんな馬鹿なと笑い飛ばせる。
だが、今のセツヤはゲートの存在を知り、その力で放浪のビトゥインダーとなった身だ。なによりも自分の経験と境遇が、真実を体現しているのだった。
「あの、話を」
「待て少年。ふふ……総大将のお出ましだ。酒呑童子はキミだね? 少し話そう。言葉を交えるのを拒めば、どうなるかはキミにはよくわかってる筈だ」
玉藻前が言葉を向ける先で、一人の青年が歩み出ていた。
宇宙服の色も違うし、なにより周囲の視線を集める雰囲気が他とは異なる。恐らく、リッタが隊長と呼んでいた人物なのだろう。若々しい男性で、無精髭でも聡明な印象がしっかりとある。刈り込んだ短髪も、精悍な軍人の印象を演出していた。
隊長と思しき男は、やれやれと頭をかきながら話し出す。
「やれやれ、リッタの奴を救って、あとは……なるべく物分りの良さそうな人間をさらってきたつもりだがな」
口調は親しみがあって軽薄だが、そこに込められた感情が重く鋭い。
近所の親切な兄ちゃん程度の見た目が、セツヤに突きつけてくるのは油断ならない緊張感だった。
そして、その張り詰めた空気を無視して玉藻前が話を進める。
「ボクはいわゆる、話せばわかる類の人間だよ? ああでも、人間かどうかはちょっと怪しいけどね」
「……まあいい。俺も情報は不確かだが、ここは中世の日本でいいんだな? なら、ここの偉い人に通じる人間を連れてきたことは間違いじゃねえさ」
「それは今後の展開によると思うよ? 勿論、ボクは対話と議論を歓迎するけどね」
男は、遅れて現れたリッタに二言三言の言葉を投げかけ、周囲の者たちにも敵意を収めるように言った。訓練された兵士の気配がようやく、セツヤに向ける敵意と警戒心を緩めてくれる。
だが、油断なく包囲する人の輪の中で、隊長格の男はやれやれと肩を竦めた。
「俺は汎人類解放軍少佐、ビレット・マッコイだ。条約を批准する正規軍として、お前たちに危害を加える意思はない。……もっとも、お前たちが普通の人間ならな」
やはり、軍人らしい。
だが、ビレットが名乗った汎人類解放軍という肩書はセツヤの記憶にない。そして、以前もリッタがそう名乗っていたが、まるで創作物や娯楽作品の中の架空の存在に聞こえる。
ともすれば、アニメやゲームの中にある設定に思えた。
しかし、ビレットの顔は真剣である。
そして、相対する玉藻前の言葉は飄々としていても真面目だった。
「知らぬ名だね……でも、嘘は感じない。どうだろう、お互いの背景や境遇を話し合わないかい? ボクもね、この時代や平安京の安全にはあまり熱心じゃないけど……世の中が平和であることを望んでいるからね」
周囲を見渡し、視線で自重を促してからビレットは語り出した。
「俺たちは、宇宙暦0078年……ようするに、西暦2177年の人間だ。人類存亡の危機に際して結成された、汎人類解放軍のパイロットとして戦っている」
やはり、セツヤから見て未来の人間だった。
そして、その存在が軍隊であることが不安を招く。訓練された人間が人型の巨大兵器を使って、なにをしているのか。敵がいることは明白だが、そうまでして戦うべき相手とはなんなのだろうか。
その答も、ビレットは教えてくれた。
「信じられない話だろうが、我々の時代……人類には恐るべき天敵がいる。その名は、ノインシュヴァンツ。地球さえ消し去ってしまった、驚異的な存在だ」
スケールの大きな話を前に、思わずセツヤは「は?」と間抜けな声を漏らしてしまった。だが、玉藻前はふむふむと興味深く笑みを歪める。
「その、のいんしゅばんつ? とやらがお前たちの敵なんだね?」
「そうだ。不思議な光……お前たちが鬼火と呼ぶ現象で、ノインシュヴァンツは地球そのものを飲み込み消し去ってしまった。あ、いや、地球とは」
「大丈夫、そのへんは承知してるよ。地球とは、この大地……平らではなく、丸く球状の天体、惑星のことだろう? ふふん、ボクはそのへんには詳しいんだ」
「な、なんと……この時代の日本人が? 信じられぬ」
「僕はもともと大陸から来たからね。それに、何度も言うけど人間じゃないよ?」
ぞくりとするような笑みを浮かべつつ、玉藻前の目元だけが笑っていない。
そして、その視線を受け止めるビレットもまた表情を強張らせた。
「我々はノインシヴァンツとの戦いの中、撤退時にワープを試み、そして」
「この平安時代に現れた、と……ああ、ワープというのは空間跳躍航行のことだろう? ボクなりに理論は理解してるつもりだ。キミたちから見て神々と呼ばれる存在も、よく使ってたしね」
「なんと……貴女は、情報では帝の寵愛を受けたただの女官だと」
「ただの女官をやってるものさ。まあ、お節介は少々焼いたし、ボク自身の望みや願いもあった。それは叶えられたから、今はそうだね……消化試合みたいなものかな」
なんとも奇妙な話だが、必死でセツヤは情報を整理した。
遠い未来、謎の敵と人類は宇宙戦争をしている。その敵は、地球を消し去ってしまうほどの強敵らしい。その激戦のさなかで、ビレットとリッタたちはこの平安時代へやってきた。ワープという科学技術を使って仲間に合流する筈が、この世界に迷い込んでしまったのである。
それがわかると、セツヤが言えることは一つだけだった。
「あ、あのっ! ビレットさん!」
「ん? なんだね」
「俺、馬鹿だからわからないけど、感じた! ぼんやりだけども、考えたんだ! 俺たち、戦う必要はない。ビレットさんだって、これ以上都を襲わなくてもいいだろ!」
「そ、それは……こちらとて不本意だが、偵察に副官を出したし、仲間にも働いてもらった。こうして話を聞くまで、ここが西暦時代の日本とは知らなかったのだ。あの女は、そんなことは言っていなかった!」
ピンときた。
あの女、それは恐らくセツヤの知る人間……チギリだ。やはりビレットたちは、挾間中学校を通過して、この時代に来たと見て間違いない。そして、その証拠を握る女性が突然、背後で声をあげるのだった。
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