第6話「動機が不純で何が悪い。文明が発展したのは戦争とエロのおかげだ」⑥

 俺の熱弁に、きっと彼女も心を打たれたことだろう。

 懐柔に成功したと確信した俺だったが、


「よし、じゃあ日永くんはまず、美少女フィギュアを作る勉強から始めよっか?」


 まったく懐柔できていなかった。

 まるで小学校の先生が、わがままを言う子どもにやる気を出させるような口調だった。


「えーっと、それはつまり、俺の頭の中にあるヒロインのイメージを自分でフィギュアにしろと?」


 西日野は、うんうん、と何度も頷いた。


「俺、小学校の頃、ずっと図工の成績悪かったんだけど」


 もちろん、中学の美術もだめだった。

 絵を描くとか、何かを作るという才能が俺にはまったくなく、根気もないためプラモデルすら完成させたことがなかった。


「それなら、3DCGの勉強だね。

 で、お金をためて3Dプリンターを買えばいいよ。表情やポーズを変えて、服も変えたら、日永くんだけのヒロインを量産できるよ。寒冷地戦仕様とか、砂漠地帯用とか水陸両用とかも作れる」


 俺のヒロインは人型ロボット兵器か。

 てか、そんな単語がスラスラと出てくるってことはこの子もオタクなのか? と思った。


 もしかしたら、いや、きっとだ、きっとまだ俺の押しが足りないのだ。


「一応聞いてくれるか?」


 俺の、俺だけのヒロインに対する愛をもっと彼女に訴えれば、きっと……


「何を?」


「どういう子なのかをさ。俺の理想のヒロインが」


「別にいいけど、手短にすませて。わたし、もうすぐ上がりの時間だし。仮眠してる店長を起こしてあげないといけないから」


 西日野にそう言われ、レジの壁にかけられた時計を見ると、もうすぐ深夜2時になろうという時間だった。

 俺は、わかった、と返事をし、


「まず、そのヒロインの髪型はツインテールだ。

 銀髪で、瞳の色は赤。肌は白い。背は150センチあるかないかくらいで、体も華奢だ」


 ヒロインの外見から説明することにした。

 服装を説明するため、スマホを操作し、通販サイトのアプリを開くと、商品を検索して写真を画面に拡大表示させ、彼女に見せた。


「服はセーラー服とスク水を合体させたようなものを着ていて、ニーハイをはいている」


 ロリコン、と彼女が小さく呟く声が聞こえた。


「大丈夫だ。見た目は14歳くらいにしか見えないが、実際には17歳だからな。今の俺の2個下だ」


「全然大丈夫じゃないと思うよ?」


 彼女にはそう言われてしまったが俺は構わず続けることにした。

 彼女はなんだかもう諦めたような顔をしているように見えた。


「ちなみに靴は上履きだ。もちろんかかとの辺りに名前が書いてある。

 あと、赤いランドセルを背負っている」


 彼女はドン引きしていた。いや、ドン引きどころではなかった。

 目が死んだ魚かビー玉のようになっていた。

 それ、女の子が好きでもない男にいやらしいことを無理矢理されるときの目じゃなかった? 俺、今そんなひどいことしてる?


「その子は天才魔法使い、いや魔法少女かな? とにかく魔法が使えるんだけど、杖とかは持っていないんだ。魔法の威力を高めるため、ガントレットと呼ばれる西洋風の籠手みたいなものを両腕に着けてる。魔法で空を飛ぶときは背中のランドセルの両サイドから天使っぽい羽根が生える」


 ふーん、そうなんだー、と西日野はビー玉のような目をしたまま遠くを見ていた。

だが、


「顔は、俺が知る限り三次元の女の子の中ではあんたが一番イメージに近い」


 俺のその言葉に、彼女はまたぽかんとした。


「わたしが一番イメージに近いの? なんで?」


 それは俺にもよくわからなかった。

 数ヶ月前、大学ではじめて彼女を見たときに、それまで霧がかかっているかのようにぼんやりとしていたヒロインの顔が、鮮明に見えるようになったのだ。

 霧に隠れていたヒロインの顔が彼女の顔だったとしか考えられなかった。

 俺がそのことを説明すると、


「もしかして、あなた、わたしのことが好きなの?」


 そんな問いが返ってきた。


「スマホも拾ったんじゃなくて、わたしに近づくために盗んだんじゃないの? やっぱりストーカーじゃん!

 わざわざ手間のかかる方法でロックを解除したのは、わたしがえっちな自撮り写真ども撮ってないかとか思ったんでしょ?」


 後半部分はさすがだと言わざるを得なかったが、


「俺が好きなのはあんたの見た目だけだ。顔も、小柄で華奢な体も、その控えめな胸も、どストライクだが、俺は別にあんたに恋なんかしちゃいない」


 俺ははっきりと言ってやった。


「それから、俺はそんなに小説を読んでるわけじゃないが、あんたの書く小説は、俺が知る限りどんな小説よりも面白いと思っている。だからあんたの小説も好きだ」


 と。

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