第128話
楓が読んでいた本のタイトルが、彩音に少しだけ緊張感を与えていました。本の内容は詳しくわかりませんが、『抹殺』とあれば自分に結び付けて考えてしまいます。
――楓さんが、あんなタイトルの本を読んでいるなんて……。
他の人が読んでいるのであれば、それほど気にしていなかったかもしれませんが、楓が読んでいることが気になります。
楓は、すぐに浩太郎から呼ばれてしまい鞄を持ったまま応接室を離れています。
彩音のところにも悠花たちが次々と訪ねて来ており、一気に賑やかになりました。部屋に戻ると、髪型を変えられることになりますが、彩音は思うように笑顔になれませんでした。
「もしかして、お嫌でしたか?」
悠花が心配して声を掛けてきました。
「えっ?あっ、そんなことはありませんよ。」
彩音は笑顔で答えましたが、不自然に固い笑顔だったようで余計に周りを不安にしてしまいます。そんな様子に気付いて、正直に話すことにしました。
「あの、ちょっと気になることがあるのですが……。」
「どういったことでしょうか?私たちでお答えできることでしたら、何でも聞いてください。」
澪が言うと、千和も渉美も沙織も必死な表情で彩音を見ています。これだけ自分を心配してくれている存在がいてくれることに彩音は嬉しくなりました。
「それでは教えていただきたいことがあるのですが、『社会的な抹殺』とはどういった意味になるのでしょうか?」
「……『社会的な抹殺』……、ですか?」
突然に彩音から質問された不穏な言葉に全員が戸惑いました。
「あっ、本のタイトルなんですが、ちょっとだけ気になってしまったんです。聞き慣れない言葉だったので……。」
意味が分からずにいた彩音同様に他の皆も困惑するばかりでしたが、沙織だけが語り始めます。
「実際に命を奪うことなく、社会から消し去ってしまうことだと思います。」
「……社会から消し去るのですか?」
「はい。本当に社会から消し去るのではなくて、その人が生き難い状況を作り出すことになります。」
「……あのぅ、申し訳ございません。……それは、どういった状況なんでしょうか?」
彩音はイマイチ理解出来ておらず、沙織に詳しい説明を要求しました。皆が沙織に注目して、沙織からの答えを待っています。
「えっと、すごく抽象的な表現になってしまいますが、その人の社会的な信頼をなくしてしまうことだと思います。信頼されなくなれば、誰のその人の言葉を聞いてくれなくなります。誰もその人を係わろうとしなくなります。」
「孤立無援ということですね。」
「はい。命は奪われないのですが、命を奪われたのと同じくらいの扱いを受けることになると思うんです。……社会の中で一人ぼっちになるのですから。」
「……それで、『社会的な抹殺』になるんですね。」
「そうですね。……特に情報化された社会の中では、ちょっとした悪口も広まるのが早いですから注意が必要かもしれませんね。」
彩音はドキッとしました。それは『現代版の公開処刑』を可能にしてしまう手段だと気付いたからです。
そして、それは注目を集めやすい人物の方がターゲットにしやすいことも分かっていました。
「……でも、どうしてそんな本を楓さんが……。」
「えっ!?楓さんが読んでいたんですか?」
説明をしてくれた沙織も、沙織からの説明を聞いていた悠花と澪も同じように驚いた反応を見せます。千和と渉美は周りの反応を見ていて不思議な感覚になっていました。
「はい。楓さんの鞄の中に『社会的な抹殺』という本があったんです。」
「……そうですか。……もしかしたら、楓さんはそのことを警戒していたのかもしれませんね。」
「警戒?」
「あっ、申し訳ありません。……なんとなくそう感じただけで、根拠は全くないんです。」
沙織は自分の発言に驚いてしまい、慌てて誤魔化そうとしていました。ただし、根拠がなかったのは事実で、頭に浮かんだことを口にしていただけになります。
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