第116話

「それは、沙織さんがお決めになることで、私が判断することではありませんし……。ですが、良いのですか?」


「はい。それが私の選ぶべき道だと思っております。」


 沙織は前世のことを思い出しているわけではありませんでしたが、何かを感じている様子でした。


「私、話したこともない方を嫌いになるなんてことはありませんでした。……彩音さん、澪さん、悠花さん、お会いした瞬間に嫌な感情になってしまったんです。もちろん、今は大好きですけど。」


「あっ……、ありがとうございます。」


 こんな風に告白されてしまうと、同性が相手でも照れてしまいます。『友達』として『大好き』なのは分かっていましたが、妙に意識してしまいます。


「ただ、もう一人、お会いした瞬間に嫌な感情が湧き上がってしまった人物がいるんです。」


「えっ!?……それは誰でしょうか?」


 彩音が真っ先に思いついたのは井戸川理事長でした。

 前世でも会っている可能性が高い人物は、彩音たちと共通しているはずなのです。


「……水瀬楓さんです。」


 彩音は驚いて声が出ませんでした。

 澪と悠花は、前世で楓と繋がりがあったことを否定していましたが、ここで沙織は彩音以外初めて楓のことに触れたことになります。


「彩音さんたちに感じたものとは違う感覚で、楓さんとお会いした時は、すごく後ろめたい感情になりました。」


「……後ろめたい?」


「変ですよね?初めてお会いした人に、後ろめたい感情を抱くなんて……。でも、楓さんは私の嫌な部分を知っているように思えてしまったんです。」


「楓さんは、以前から沙織さんを知っていたのですか?」


「いいえ、そんなことはないはずです。お互いに初対面でした。」


「そうですか……。楓さんを……。」


 やはり、楓とは何らかの形で繋がりがあるのかもしれませんでした。それがソフィアの記憶に残っているとしても、今は何も思い出せていません。

 沙織は彩音と同じように楓から何かを感じていましたが、澪と悠花は何も感じていません。そこにも違いが生じています。


「……ですから、楓さんのことを諦めないでください。」


「えっ!?」


「楓さん、高校には行かないとおっしゃっているんですよね?」


「……ええ、村瀬さんにもお伝えしましたが、父からの提案は断られてしまいました。」


「そうお聞きしましたが、私も協力いたしますので、楓さんを必ず説得してください。」


 彩音は、よく分からなくなってしまい『どうして?』とだけ聞いてしまいます。沙織は首を横に振って、


「私にも理由は分かりませんが、そうする必要があると思うんです。……楓さんは、彩音さんのお近くにいなければいけないと感じているんです。」


「楓さんが、私の近くに?」


 沙織の言葉を真に受けてしまい、頬を赤くします。

 まだ何も思い出せていない沙織が、理由も分からずに楓の存在に執着しているようでした。


「あっ、楓さんのことは……、また何か方法を考えてみますね。……それよりも、沙織さんが他に気になる方はいらっしゃらないのですか?」


 彩音は誤魔化すように言いましたが、沙織は少しだけ表情を曇らせます。まだ他にも誰か気になっている人物が存在するのかもしれませんでした。


「……いらっしゃるのですね?」


「あっ、いいえ。彩音さんたちや楓さん以外で、お会いした時に変な感情になったことは特にありませんでした。」


 それでも何か気になることはあった。と、彩音は感じています。

 沙織として明確に話せることがないのであれば、必要以上に追及することは出来ません。

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