第96話

「さすがに、ココの駅の名前は分かってるよな?」


「バカにしないでください。生れた時から、この場所に住んでいるんですよ。」


「それなら、目的の駅は探せるか?」


 少し上にある路線図を楓は指さして質問しました。三人はムッとした表情になっています。


「あそこに書いてある『競技場前』の駅で下りれば大丈夫です。」


 今回は代表して悠花が答えました。


「そこに書いてある数字が、この駅からの料金だな。」


「えっ?……『350』って書いてありますけど、それが料金になるんですか?」


「そう、350円の切符を買えばいいんだ。」


 イマイチ三人の反応が悪くなっています。楓のことをジッと見て、よく分かっていないことが伝わってきました。楓は少し怖くなってしまいます。


「……あのさ、今までに自分でお金を払って買い物した経験ってあるのかな?」


「海外では経験がありますが、日本ではありません。」


 予想を超えた答えで、楓はゾッとしました。経済的な感覚が欠落しているのではなく、皆無だったことになります。

 たしかに修学旅行は海外であり、日本での経験をすっ飛ばしてしまっていました。


「ちなみに、1ユーロは日本円に換算するといくらか知ってる?」


 三人は同時に首を横に振りました。彩音たちにとって、ドルやユーロは日本円の価値と無関係に孫沿いしていることになります。


「やっぱり、聖ユトゥルナ女学園は修学旅行先を変えた方がいいのかもしれないな。……あれ?でも、小学校の時は?」


「初等部も海外でしたわ。」


 そこから容赦なく楓への質問が続きました。 


「『子供料金』とありますが、私たちは子どもではないんですか?」


「子供料金は、12歳未満までなんだよ。だから、14歳は通常の料金が必要になる。」


「未成年なのに、大人と同じ料金になるのですか?……それは間違った解釈ではありませんか?」


「いや、俺に文句を言われてもな……。鉄道会社に問い合せしてみてくれ。」


「はい。そうします。」


「あっ、ゴメン。そういう決まりだから、利用者は従うしかないんだ。……だから、問い合せは止めておいてくれ。」


 妙なところに細かな疑問を持ってしまうので疲れてしまいます。

 本当に九条家から問い合せが入ってしまえば大変なことになってしまうので、迂闊なことは言えません。


 それから、何とか切符を購入しましたが質問が続いたり、お釣りを取り忘れたり、バタバタしました。

 改札を通る時もイチイチ感動していましたが、楓と紅葉が改札を通り過ぎると、三人に行く手を塞さがれて捕まってしまいます。 


「……楓さん、犯罪はダメですよ。」


「はぁ!?」


「私たちだって、それくらいのことは知っています。」


「ええ、それに紅葉さんまで巻き込んでしまってはいけません。」


「そうですわ。楓さんは良いお兄さんでいてください。」


「……ゴメン。何の話をしてるのか分からないんだけど。」


 三人は悲しい顔をして、楓と紅葉を見ていました。楓は意味が分からずに困惑したまま紅葉を見ました。そして、紅葉の手に握られた物で理由が判明します。


「あぁ、俺たちは無賃乗車なんかしないよ。」


「えっ!?」


「このICカードで電車に乗れるから、俺たちは切符を買ってなくても大丈夫だよ。」


 彩音は楓の手にあるカードを見ていて、澪と悠花は紅葉のカードを見ていました。感覚のズレだけでなく、時代のズレまで感じさせられてしまいます。

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