第24話

「……理事長、そのお言葉は……。」


 スーツの男からの言葉で、理事長は周囲の状況変化を察知します。我に返ったことで、教育に携わる者が口にすべきではない言葉に気が付きました。


「井戸川理事長、本日お越しになられた用件は一体何だったんでしょうか?」


 浩太郎が強い口調で理事長に問いかけました。彩音も滅多に見ることがない厳しい態度です。


「あっ、いえ……、ですから、本日はご挨拶とお嬢さんの今後についての、ご相談を……。」


 空気を読めないマイペースな理事長も、浩太郎の変化には気付いて焦ってしまっています。


「娘の人生は娘が選択して決めることで、わたしが関与することではありません。それよりも、わたしの大切な客人に対する無礼な発言は不愉快極まりない。……どうぞ、お引き取りください。」


「……えっ、あの、そんなつもりでは……。」


「娘の通う学園の方を怒鳴りつけたくはありません。……どうぞ、お引き取りください。」


 それ以上、理事長に言葉を続けさせない迫力がありました。その場の誰もが浩太郎が大企業をまとめる人物であることを実感させられました。


 理事長は何度も頭を下げ、背中を丸めて屋敷を出ていきました。堂々とした態度で登場した時とは別人のようです。

 理事長が退出した後、浩太郎は楓の方を向いて、


「君に対しての失礼な言葉、代わりにお詫びさせてほしい。」


 そう言って、頭を下げました。


「えっ、そんな、やめてください。別に俺は何とも思ってないですから。……俺の方こそ、学校の人に失礼な態度を取って、混乱させてしまったみたいでスイマセンでした。」


 今度は、慌てた楓が浩太郎や彩音たちに頭を下げました。


「君が、どうしてあんな態度を取ったのかは分かっているつもりだ。……本当に、ありがとう。」


「……いえ、この場に無関係な俺が偉そうに言えることじゃなかったのに、イラついて言い返しちゃいました。……本当にスイマセン。」


 そして、彩音たちの方を見て、


「俺が余計なことを言ったせいで、学校で立場が悪くなるようなことがあったらゴメン。」


 楓の言葉に、彩音はブンブンと首を横に振ります。言葉で返したくても、言葉に出来ないもどかしさがありました。


「そんなことにはならないよ、大丈夫だ。……わたしも理事長の強引な態度にイラついていたから、君が言ってくれてスッキリしたよ。」


 浩太郎は、知世を見て『なぁ?』と同意を求めます。知世も笑いながら『ええ』と言ってくれました。数分前までの殺伐とした雰囲気から一転して和やかな空気が漂い始めました。


 ただし、三人には新たな問題も生じていました。井戸川三弥子理事長とミケーラ・オルドーイ学園長が重なってしまっていたのです。



「あっ、俺たちもココで失礼します。……紅葉もゴメンな。」


 ミケーラ学園長のことを考える余裕もないまま、彩音は次の問題に向き合わなくてはなりません。理事長との対面を経て、何となく忘れてしまっていましたが、楓たちは帰るところでした。


――やはり、このまま帰してしまってはダメ!


 彩音が心の中で叫んだとしても、誰にも届きません。


「あぁ、もう少しだけ待ってもらえないかな?」


 予想外な援護射撃は浩太郎からのものでした。理事長の登場で遮られてしまっていましたが、楓たちに話しがあったようです。

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