第22話
「……それは娘の問題で、親への挨拶が必要なことではないと思うのですが?」
「いえいえ、大切な娘さんの節目になることです。ご家族の協力があってこそ、何事も上手くいくんです。」
「はぁ……。」
浩太郎も知世も教育熱心なタイプではなく、どちらかと言えば彩音に任せてしまっていました。もちろん愛情を持って育ててはいますが、必ずしも優秀であることは望んではいません。
「高等部に入学する時には、彩音さんに代表して挨拶してもらう予定なんです。……そのためには中等部最後の年に生徒会の中心になっていただきたいとも考えているんです。」
「えっ!?……まだ一年もあるのですが、そんなことが決まっているのですか?」
彩音は驚いてしまい、思わず言葉を発してしまいました。代表としての挨拶も生徒会に参加することも全く考えていたないことだったのです。
「まだ一年も、ではなくて、あと一年しかないのです。……何事も上に立つ者としての心構えが必要になるのです。」
彩音の方に向き直って、少し大袈裟な表現をしている理事長に呆れそうになりました。傍に立っている楓に至っては嫌悪感を抱いているようにも見えてしまいます。
「……ですが、高等部の入学式挨拶は成績トップの方がすることになっているはずではありませんか?」
彩音は、成績で学年5位以下になったことはありませんが、トップになったこともありません。毎回、回答欄を間違えてしまったり、簡単な計算式を間違えてしまったりがあるのでトップにはなれないのです。外見や普段の立ち居振る舞いと相反したポンコツな部分が彩音にはありました。
「学園にそんな決まりはありませんよ。代表者の挨拶は、文字通り学園を代表する方が皆の前ですることが大切なんです。」
「……私、学園を代表することは何もしておりません。学力では瀧内さんが素晴らしいですし、運動も全国大会まで行かれた新谷さんには全く及びません。」
「学力や運動だけが基準ではありません。貴方の価値を生徒全員に知ってもらうためにも生徒会に参加してください。」
彩音たちは井戸川理事長とミケーラ学園長をオーバーラップさせてしまっているので、心の平静を保つことができていません。理事長から強く言われてしまうと、落ち着かなくなりました。
「価値なんて……。生徒会へ参加は任意ですので、私に参加する意思は全くありません。」
生徒会に参加することになって忙しくなれば、悠花と澪と週2回の会議が出来なるかもしれません。
そして、人前に立つ行為を想像しただけで処刑台の記憶が甦り、身体が振るえてしまいました。自滅的な選択をする理由はありません。
「いいえ、誰もが貴方に学園を代表する存在になってほしいと望んでおります。高貴な方であれば、周囲の模範になるような立場にならなくてはなりません。」
「……そんな、私は高貴な人間などでは……、ありません。……そんなことはないんです。」
追い打ちをかけるように『高貴』という単語が、処刑台の上から見えた観衆を思い出させます。気を失うほどではありませんでしたが、彩音は少しだけ足元がふらついてしまいました。
――えっ?
横に立っていた楓が彩音の背中に手を伸ばし、支えてくれていました。その手から伝わってくる温かさは彩音を現実世界に引き戻してくれました。
楓や紅葉をこんな場面に立ち会わせてしまったことを申し訳なく感じていましたが、この場に一緒にいてくれたことで彩音は踏み止まることができたのです。
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