第3話

――えっ?……この言葉を前にも……。


 彩音は『パンがないようでしたら、お菓子を召し上がってください』と口にしていたことが気になっていました。


 その言葉を聞いたクラスメイトの子たちは、少しだけ驚いたような表情をしています。彩音が少しだけ強い口調だったことに動揺していたようです。


 傍にいた澪と悠花を見ると二人も驚いたようにしていましたが、他の子たちとは様子が違っています。彩音と同じように、この言葉に引っかかりがあるような表情です。


 ここで、ちょっとした事故が起こってしまいました。


 彩音の言葉に慌てた子たちが、その場から離れようとした時に使用人とぶつかってしまったのです。

 使用人の体が弾かれてしまい、ヨロヨロとバランスを崩して近くのテーブルに倒れかかってしまいます。倒れかかったのは彩音人形が乗ったケーキが置かれているテーブル。

 テーブルは衝撃で揺れてしまい、テーブルの上にあるケーキも揺れて、彩音人形は落下しました。


「……あっ!」


 一連の出来事はスローモーションのように見えてはいましたが、誰も動くことはできません。

 神様に祈るような姿勢のまま、彩音人形はテーブルの上に衝突して首と体が離れ離れになってしまいました。


 その姿が神様に助けを求めても、願いが届くことなく処刑されてしまったソフィアの姿と重なります。


 急に目の前が真っ暗になってしまい、九条彩音は倒れてしまいました。遠のいていく意識の中で聞こえている声は彩音を心配している声なのに、処刑台の下から聞こえてきた罵声に置き換わってしまいます。

 生きていることを否定されてしまい、恐怖と絶望しか感じられなかった最期を思い出して、彩音はそのまま意識を失ってしまいました。



□□□□□□□□



「お医者様は心配ないと言っていましたが、気分はどうです?」


 意識が戻った彩音はベッドに寝かされていました。心配そうな表情で母の知世が話しかけてくれますが、彩音は放心状態です。


「お父様も心配していたから、精密検査を受けた方がいいかもしれないわね……。」


 今日の主役が突然倒れてしまったことで、父の浩太郎は対応してくれているのかもしれません。

 それでも、前世で処刑されてしまった記憶が呼び覚まされた彩音が正常な状態で言葉を発することもできません。


――あれは前世の記憶……。私は、あの人形のように首を斬られてしまって……。


 あまり考えたくない展開でした。どんなに優雅な生活を送っていたとしても悲惨過ぎる最期です。

 それでも、処刑台の上で経験したことが前世の記憶であることは間違いないと考えていました。


「澪さんや悠花さんまで倒れてしまうし……、一体何があったのかしら?」


「え!?……澪さんや悠花さんまで倒れてしまったんですか?」


「そうなんです。お二人まで気を失われてしまって、本当に驚きましたわ。ただ、お二人にも異常は見られなかったそうなんです。」


 目の前で彩音が気を失ったことで、精神的に強いストレスを受けてしまい集団パニックのようなことになっていたのかもしれません。

 本当は、もう一つ彩音に思い当たる理由があったのですが、あまりにも非現実なことで受け入れにくいことでした。


「……二人は、どうされているんですか?」


「今は落ち着いて、別の部屋で眠っていますよ。念のため、今日は泊まってもらうことにして、ご家族の方へは連絡しておきましたわ。」


「そうですか。」


「さぁ、あなたも眠りなさい。」


 気を失った経験は初めてのことで、彩音も身体を休めたい気持ちはありましたが、目を閉じると処刑台の上から見た景色が呼び覚まされてしまいます。


――前世の記憶だったとしても、今の私には関係ないことだわ。


 彩音は、そう思うことで安心を得ようとしていました。

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