30.鍛冶屋

 目を覚ましてしまった。時間からすると朝六時くらいだろう。

 ネブラのことが気になりすぎて部屋で大人しくしていることもできない。身支度を済ませて、戦斧を持って部屋をでる。

 階段を下りると、すでにマーシャさんが起きていた。


「あら、おはよう。早いね」

「おはようございます。目が覚めてしまって……」

「何処かに行くのかい?」

「はい。出掛けてきます」


 戦斧に目をやって何処かに行くと分かったのだろう。とくに何処へ行くのかを言うことはしなかった。考えていなかったから。

 宿を出て歩きながら考える。こんなに朝早い時間だけれど、ギルドが開いていれば顔を出してみよう。ついでに、戦斧を研いでくれるのなら研いでもらおう。その後は何処へ行こう。

 森に涼みに行くのもいいかもしれない。もしくは、廃坑に行ってみるとか。

 パパのことを信じているとは言ったけれど、少し心配だった。もしも本当に病気になっていたとしても治るだろうとは思っている。それでも、離れている家族が病気だと言われて気にならないはずもない。

 真実を知るためにネブラにたしかめるのもいいだろう。誰にも言わないで行くと心配をかけてしまうだろうけれど、すぐ帰ってくれば大丈夫だと思う。

 誰も歩いていない街の中を早足で進む。一人で街の中を歩くのは初日以来だ。一人で歩いている時に誰かと会ってしまったら、驚かれるだろう。

 この街の人たちは私になれてきている。それでも良く思っていない人は多いし、魔族が一人で歩いているというだけで不安になってしまう人も多い。いつかそんなことも無くなるのだろうけれど、今はまだ完全には信用してもらえてはいない。

 早歩きだったため、思ったより早くギルドに着くことができた。開いているか分からなかったので、ゆっくりと扉を押すと開いた。


「おはようございます、アイさん。早いですね」

「ベルさん、おはようございます」


 受付にはすでにベルさんがいた。どうやら今日の準備をしているらしい。こんなに早い時間から準備していることに驚いて聞いてみると、いつもこの時間から準備をしているらしい。

 遅くに入ってきた依頼をボードに貼るため、依頼書の制作もしなくてはいけないらしい。帰宅時間までに間に合えばすぐに制作するらしいのだけれど、昨日は多くの依頼が入ってきたために全ては終わらなかったようだ。


「アイさんはどうかなさったんですか?」

「早く起きてしまったので、来てみたんです。あの、鍛冶屋さんっていますか?」

「いるわよ。あの人は朝早くても対応してくれるから、用があるなら行ってらっしゃい」


 そう言われてお礼を言ってから階段を下りた。地下には、鍛冶屋さんとミシェルさんがいた。

 まさかミシェルさんがいるとは思わなくて驚いた。戦斧を研いでもらっている間、ミシェルさんの商品を見てみるのもいいかもしれない。

 鍛冶屋さんの前に行くと、俯いていた男性が顔を上げた。男性はドワーフのようで、少し気難しい人のように見える。


「なんだ」

「この戦斧を研いでもらえますか?」


 そう言って戦斧を渡すと、男性は黙って受け取り、刃を様々な角度から見た。何も言わないので、何か気に障ることでもしてしまったのかと思った。

 会話をしたのは今日が初めてだけれど、以前来た時に何かをしてしまった可能性もある。私が気づかなかっただけで、不快な思いをさせていたかもしれない。


「これは良い戦斧だな。大切に使っていることも分かる。刃こぼれもないから、銀貨三枚で研いでやる」


 どうやら私の戦斧を見ていただけだったらしい。その顔は嬉しそうにさえ見える。

 銀貨を渡すと、「終わったら声をかけるから近くで待ってろ」と言われた。邪魔になるといけないから、言葉に従うことにした。


「以前より、明るい顔をしているわね」

「そうですか?」


 ミシェルさんに近づくと、笑みを浮かべながら言われた。相変わらず目は魔女帽子で隠れていて見えないので、その笑みは営業スマイルなのか違うのかを判断することはできない。

 それにしても、今の私は明るい顔をしているのだろうか? 一度しか会っていないミシェルさんが言うのだから、そうなのだろう。

 リカルドだけではなく、ノアさんたちとも仲良くなったことによって気がつかないうちに顔に出ていたのかもしれない。


「そうだ。アイにこれをあげよう」

「これは?」


 渡されたのは、アメジストでできたブレスレットだった。お店で購入したら高額だろうことが見ただけでも分かる。

 けれど、どうしてそれを私にくれるのかが分からない。申し訳ないけれどミシェルさんは、どんなものでもお金を取りそうなイメージがある。それなのに、お金も取らずに私に渡すなんて驚きだ。


「これは、強大な、魔力を封じ込めてくれるものさ。角が折れて、魔力が暴走したとしても封じ込めてくれるから暴走することはないよ」

「ど、どうしてそのことを知っているんですか!?」


 知っているのは、リカルドたちとフィンレーさん。そして、あの村にいた人たちだけだろう。

 もしかするとあの時、ミシェルさんもヤエ村にいたのかもしれないと思ったけれど、彼女の格好はとても目立つ。いたとしたら気がつくだろう。ということは、もしかすると噂になっているのかもしれない。そうだとしたら、街の人がさらに私を怖がって近づくことはないだろう。

 不安に思っている私の耳に小さな笑い声が届いた。それは、ミシェルさんの声だ。


「安心しなさい。これは、私が預かったものさ」

「誰にですか?」

「アンディにさ」


 ママにということは、ミシェルさんはママの知り合いなのかもしれない。何処にでも行くミシェルさんだけれど、魔王領に行くことはなかったはずだ。

 ということはママから連絡が来て会いに行ったか、会いたくなったかのどちらかだろう。


「久しぶりに会いたくなったんでね、魔王城にお邪魔させてもらったよ。そしたら、次に会うことがあれば渡してほしいと頼まれたのさ」


 ミシェルさんの言葉からすると、ママとは知り合いらしい。ママには冒険者時代があったから、その時に会っていたのだろう。

 それにしても、ミシェルさんは何歳なのだろう。顔が見えないので判断することはできない。けれど、声からするとまだ若い。いつママと会ったのかは分からないけれど、もしかするとミシェルさんはエルフなのかもしれない。これは私の憶測だから、違うかもしれない。いつか知るかもしれないその日まで、ミシェルさんの種族は聞かないでおこう。

 持って来てくれたことにお礼を言って、渡されたブレスレットを左腕につける。

 それから鍛冶屋さんに呼ばれるまで、ミシェルさんと話しをしていた。もちろん、パパとママの話だ。

 二人とも元気で、病気もしていないという。

 やっぱり、ネブラの言っていることは嘘だった。会っていたのは二日前で、病気を隠しているようにも見えなかったという。

 これは、ネブラに確認しに行かないといけないかもしれない。

 ミシェルさんに話し相手になってもらったことにお礼を言ってから、鍛冶屋さんから研いでもらった戦斧を受け取った。思っていた以上に綺麗に研いでくれていて、お礼を言うと無愛想ながらにも「またこいよ」と言ってくれた。

 一階に行くと受付にはベルさんの姿はなかった。どうやら、受付の奥の部屋にいるようだ。準備の邪魔をしてはいけないと、そのままギルドから出た。

 向かう場所は決まっている。ネブラのいる廃坑だ。

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