17.ヤエ村


 ルクスの街を出て三日。

 モンスターと遭遇することは一度もなかった。この三日、夜は野宿をして焚火をつけて交代で見張りをしていた。

 夕食などは、ルクスの街を出る前に野菜などの食材を買い、調理して食べた。ノアさんとノエさんは動物を食べないのでサラダやキノコなどが中心の食事だった。

 二人は気にせず肉を食べてもいいと言ってくれたけれど、私もリカルドもすごく肉が食べたいというわけではなかったので、二人と同じものを食べていた。


「流石に今日は、建物の中で寝られるわよね?」


 ようやく見えてきた建物に、ノアさんが大きくため息を吐いてから言った。ベッドではない、ゴツゴツとした石の上で寝ていたということもあり、ぐっすり眠れなかったことが嫌だったのだろう。

 いい加減ベッドで眠りたいと思ったからそう言ったに違いない。それはリカルドも同じだったのだろう。建物を見ながら、「寝られるだろうさ」と短く答えた。

 ノエさんは、その言葉を聞いて安心したようだ。

 ヤエ村に入ると、人の姿がなかった。ブルーウルフの目撃情報があるということから、外出をしないようにしているのかもしれない。

 冒険者のように戦う術を持っていれば別だろうけれど、戦えなければ遭遇したら最悪だ。

 建物の中には気配があり、こちらを窺っていることが分かる。


「とりあえず、村長の家に行こう」


 場所を知っているようで、リカルドを先頭に村長の家へと向かう。

 私の後ろにノアさんとノエさんが続く。二人とも誰も歩いていない村が気になるようで、辺りを見回している。

 それにしても、視線が気になる。

 一人や二人の視線ではない。私に突き刺さる、殺気に満ちた視線。リカルドたちは気がついていないようなので、この視線は魔族である私だけに向けられたものだということが分かる。気がついていれば、警戒していただろう。

 三人が気にしていないということもあり、その視線に気がついていないふりをすることにした。

 村長の家は村の奥にあった。家の裏には木々が生えており、その先は崖になっていた。落ちたら上ってはこれないだろう。


「こんにちは。ギルドマスターからの依頼で、ルクスの街から来ました」


 扉をノックして声をかけるけれど、反応はなかった。村長の家の中からは気配を感じるので、中にいることは分かっている。

 けれど、家の中の気配は一つじゃない。村長だけではなく、他にもいる。家族で暮らしているのなら、一つじゃなくてもおかしくはない。

 

「どうしますか?」

「私たちが来ることは聞いてるはずなんだから、ちゃんと対応してほしいわ」


 村長が出てこないとどうすることもできない。村に宿泊するしかないのだけれど、村の方で宿泊場所を用意している可能性もある。

 心配するノエさんと、対応しない村長に怒り気味なノアさん。

 怒りたくなる気持ちも分かるんだよなー。

 ギルド同士だけではなく、村とも連絡は取れるようになっている。村では村長などのリーダーを通して連絡が取れるので、村長が知らないはずはない。


「仕方がない。先に村周辺にブルーウルフがいないかを確認してこよう」


 ノックしても返事すら返ってこないのならどうすることもできないので、先に村近くを確認することになった。

 村長の家を離れて、元来た道を戻ることにした。一時間後にでもくれば対応してくれるかもしれない。


「待ってもらおうか」


 若い男性の声が背後から聞こえた。ここの村長はゲームでは老人だったはずなので、家にいたもう一人の人物だろう。

 振り返ると、扉の前にエルフの男性が立っていた。右手には剣が握られている。ノアさんとノエさんと同じ、金髪碧眼の少しつり目の男性。

 エルフでノアさんとノエさんと同じ金髪碧眼をしているからなのか、似ている気がする。まるで、ノアさんが男性になったようだ。

 あれ? そういえばこの人、見覚えがある気がする。何処で見たんだったかな。

 ゲームの中? いや、違う。それなら何処で……。

 記憶の中のエルフを思い出していく。

 ノアさんとノエさん以外で直接会ったエルフはいただろうか。いや、いない。転生して初めて会ったエルフはあの姉妹だ。

 それなら、何処で?


「フィンレー兄さん!」

「フィンレー兄様、どうしてこちらに?」


 どうやら血縁者のようだ。似ていて当然なのだろう。

 ノアさんとノエさんは、嬉しそうに駆け寄って行く。会えると思ってもいなかった場所で家族に会えたら嬉しくて当たり前だろう。

 私だって、パパとママに会えたら嬉しい。

 再会を喜ぶ二人だけれど、フィンレーさんは喜んでいるようには見えない。それどころか、目は冷たく、真っ直ぐ私を見つめている。

 右手の剣を強く握ったのが見えた。

 フィンレーさんの様子にリカルドも気がついたらしく、ゆっくりと移動して私の隣に並んだ。


「村から殺気を感じる。それにあの人、アイを見てるのか?」

「魔族だからだと思う。エルフは魔族に強い恨みをもっているから。それに、殺気は村に入ってからずっと感じてたよ」


 フィンレーさんから目を離さずに答えると、リカルドは少し驚いた様子だった。目だけを私に向けたけれど、すぐにフィンレーさんに戻した。

 フィンレーさんは左手で二人を正面から退かせて、ゆっくりと近づいてくる。そして、私の後ろから複数人の気配を感じた。

 村に隠れていたフィンレーさんの仲間だろう。殺気が痛いほど私に向けられている。


「フィンレー兄様、やめて!」

「いったいどうしたっていうの!?」


 二人は驚いた様子でフィンレーさんを止めようとしている。

 けれどフィンレーさんは止まらない。それどころか、二人を責めるように私から目を離さずに言う。


「いったいどうしたはこちらの言葉だ。どうして魔族と一緒にいる」

「アイちゃんは、仲間です」

「仲間!? 魔族は全て敵だ! 忘れたのか、あの日を!」

「でも、仲間なの!」


 ノエさんに名前を呼ばれたことに驚いたけれど、ノアさんから私が仲間だという言葉が出たことに一番驚いた。

 一緒に過ごすようになって日は浅いけれど、仲間として認めてくれていたことが嬉しかった。


「あの日?」


 リカルドは分からないようだったけれど、十二年前のことを言っているのだと思う。

 その出来事が、魔族を恨むきっかけになったのだから。

 ……思い出した。

 フィンレーさんの言葉で思い出すことができた。彼を何処で見たのかを。

 私の後ろにいる複数のエルフには見覚えがない。この中であの日、あそこにいたのはフィンレーさんだけだ。

 後ろにいたエルフたちは、私が逃げられないように半円を描いて並んだ。リカルドも後ろに視線を向けて、逃げられないことが分かると小さく舌打ちをした。


「魔族は誰であろうと殺す」


 距離をとり、私の正面で立ち止まったフィンレーさんの声は低く冷たい。

 そんな彼を見て、自然と口元に笑みが浮かんだ。


「それは、真実が知られてしまうからですか?」

「どういう意味だ」

「あの日の出来事は、十三年前の出来事がなければ起こらなかったのですから」


 そう言うと、フィンレーさんは目を見開いた。何が言いたいのか理解したのだろう。

 隣にいるリカルドと、フィンレーさんの後ろで戸惑っているノアさんとノエさんは何のことか分かっていないようだった。

 そりゃ、知らないでしょう。だから、教えてあげる。見せてあげるよ。

 魔族を恨み、嫌う原因を作ったのが十三年前のエルフの行動だということを。そして、フィンレーさんはその中心人物だったってこともね。

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