15.失格
翌日。私たちは四人揃ってギルドの椅子に座っていた。まだ鐘はなっていないので、ここで鳴るまで待つことにしたのだ。
朝ということもあり、冒険者の数は多い。ボードから離れた椅子に座っていれば邪魔にならないので、隅に座って依頼書を手に取る冒険者たちを眺めていた。邪魔にならないように戦斧は壁に立てかけておいた。これで蹴飛ばされることもない。
座っている私たちは冒険者からするとおかしく見えるのだろう。普通なら依頼を受けるためにギルドに来るのだから、依頼も受けず椅子に座っているなんておかしく見えて当然。
冒険者たちの視線が痛くて、早く鐘が鳴ればいいと思っていた。
「っ!」
突然、角が引っ張られて椅子から落ちた。椅子が倒れる音と、私が腰を打ちつけた音が、騒がしいギルド内に響いて一瞬で静かになった。
隣に座っていたリカルドも、正面にいたノエさんもノアさんもボードに集まっている冒険者たちを見ていたから驚いて私へと顔を向けた。
何が起こったのか分からず、打ちつけた腰と捻ったらしい足が痛んだ。
「おいおい、こんなところに角があるじゃねえか。丁度角が必要だったんだ」
「痛い」
また角が引っ張られて、痛みが走る。聞こえた声には聞き覚えがあった。冒険者登録をして、依頼を受けようとした時に邪魔してきた男の声と同じ。
名前は、ボロス。
もう私と関わることはないだろうと思っていたけれど、相手はどうしても私に関わりたいらしい。
角が必要ってことは、依頼を受けているのだろう。その依頼に必要な角の種類が書いてあるはずだ。依頼を受ける時にも言われているはず。
山羊の角、羊の角、牛の角など。私の角を取ったとしても、必要個数には足りないのではないのだろうか。
まず、私の角はきっと魔族の角という表示になるから代用すらできない。魔族の角は取っても戦利品という扱いにしかならない。装飾品に加工することはできるかもしれないけれど、綺麗でもない魔族の角を好んで装飾品に加工なんかはしないだろう。
まあ、中にはいるだろうけど。
「痛がっているだろう。離せ」
考え事をしている間に、リカルドがボロスに文句を言っている。できれば離してもらいたい。顔を上げられなくて、首も痛くなってきた。これからルーズさんの依頼を受けなくちゃいけないのに、依頼を受ける前から負傷しているのでは話にならない。
けれど、ボロスは私にの角から手を離してはくれない。本当に私の角を取るつもりなのだろうか。
魔族の中には、角があることによって優劣を決める人もいる。そんな人は、角が折れただけで扱いが酷くなる。折れていなくても、片方や両方がなくなればきっと同じこと。
でも私はそんなことは気にしない。角があっても、無くても魔族であることは変わりないのだから。
「魔族を討伐してやろうってんだ。感謝くらいしろ」
「魔族だろうと、このギルドのメンバーだ。それに今は僕のパーティメンバーでもある」
「魔族がギルドのメンバー!? そういや、マスターが認めたとか言ってたな。だが、俺は認めてない」
「あんた、いい加減にしな。もめ事を起こして、ギルドメンバーに手を出して、ただじゃすまないわよ」
まさかノアさんまで参加するとは思ってもいなかった。魔族である私のことはギルドメンバーとしては認めてくれているようだ。ルーズさんが認めたのだから、認めているだけなのかもしれないけれど。
「ただじゃすまないって、どうなるんだよ!」
「っ!」
突然背中を力強く踏まれて、息が詰まった。背骨が小さな音をたてたけど、折れてはいないようで少しだけ安心することができた。
踏まれた背中が痛いけれど、足も腰も痛くてどこが痛いのか分からなくなってきた。
「あんた、女の子に傷跡でものこすつもり!?」
「女の子だ!? へっ! 魔族ってだけで性別なんか関係ないんだよ!」
「やめて!」
見えないけれど、何かを振り下ろす音が聞こえた。たぶん、ボロスの武器だろう。角に向けて振り下ろしてくれているのならいい。
けれど、私を討伐するみたいなことを言っていたので首を狙っている可能性もある。それでも動くことができなかった。
力強く背中を踏まれていて動けないし、もしも角を狙っていたら下手に動かない方がいいと思った。動いて、別の場所に当たるのが嫌だった。角一つですむのなら、それでいい。
ノエさんの悲鳴を聞くと、狙っているのが角だとは思えなかったけれど、角だと信じるしかない。
武器の衝撃がくることを覚悟していたけれど、痛みもなければ衝撃もない。けれど体が動かなかった。
無意識に震えていた体に気がついた。どうしてこんなに体が震えているのかと、目を動かして周りを確認した。
視界に入るリカルドとノアさんも体が震えているのが見えた。ノエさんは座り込んで泣いている。何時から泣いていたのだろうか。
静かなギルド内に誰かの足音が響いた。ゆっくりと近づいてくる足音。その足音を出している人物が体の震えの原因だと理解したのは、近づいてくると体の震えが大きくなったからだった。
殺気を放っている人物の顔を見ることができないので、誰なのかは分からなかった。
「君は、俺を怒らせるのが好きだねー」
この声はルーズさんだ。声だけは明るいのだけれど、放たれる空気が冷たくて怖い。震えの原因はルーズさんだった。
ギルドマスターを名乗っているだけあって、昨日会った時とは雰囲気が全く異なっている。ルーズさんが言っていたように、今の彼は静かに怒っているのだ。
コツンと靴音が響き、私の視界に足が見えた。どうやらルーズさんが私の横に来たようだ。
「大丈夫かい、アイ」
背中を踏んでいたはずのボロスの足がなくなり、楽になった。声は出なかったけれど一度頷くと、ルーズさんは安心したように微笑んだのが分かった。
ゆっくりと顔を上げてルーズさんを見ると、その右手はボロスの足首を力強く掴んでいて、ミシミシ音というが聞こえていた。
「さてと」
そう言うと、ルーズさんはまるでごみでも捨てるかのようにボロスを放り投げた。まるで人形のように投げられたボロスは受け身を取ることもできず、床に体を打ちつけた。
軽く投げたように見えたけれど、宙を舞うボロスに驚いた。ルーズさんの何処にそんな力があるのだろうか。
ボロスにゆっくり近づいて行くルーズさんを見て、体を起こした。背中は痛むけれど体の震えは収まっていた。
「大丈夫?」
「大丈夫。大きな怪我はないよ」
「よかった……」
「大きな怪我はないってことは、小さな怪我はあるんだな」
ルーズさんが背中を向けたからなのか、動けるようになったリカルドたちが私の心配をしてくれた。
しかも最初に私に走り寄ってきて心配してくれたのはノアさんだった。本当に心配してくれたようで、大丈夫だと言った時、安心したようだった。
魔族だからという理由で嫌われていたはずだけれど、少しはパーティメンバーとして認められているのかもしれない。
ノエさんは安心してさらに泣きだしてしまうし、リカルドには怪我をしていることを見抜かれてしまった。
立ち上がって話しをしているのは私たちだけで、他の冒険者たちはルーズさんを見たまま震えている。
「失格だね」
「え?」
「失格だよ、ボロス」
静かな声だった。まだ殺気を感じられるので怒ってはいるのだろうけれど、その殺気はボロスにだけ向けられたものに変わっていた。
「ギルドマスターとして、君を処罰しなくてはいけない」
「処罰? どうして?」
本当にそう思っているのだろう。ボロスは苦笑いをしながら、ルーズさんを見上げている。
「俺がアイをこのギルドのメンバーにふさわしいと認め、ベルに冒険者登録をするように頼んだ。しかし、お前はアイを認めず、魔族だからという理由で討伐しようとした」
ギルドのメンバーでのもめ事は禁止されている。喧嘩くらいなら構わないけれど、生死に関係するようなことは許されていない。
それにボロスは一度注意されている。私が知っているのは一度だけ。もしかすると何度も注意されていた結果がこれなのかもしれない。
「お前が認めないとかは関係ない。俺が認めた以上は仲間だ。あのノアでさえ、アイが魔族であろうと少しは認めているんだ。なのに、お前は変わらない。何を見ているんだ? 他のギルドメンバーでさえ、アイの存在に違和感を感じていない」
そういえば、今日は魔族だからということを言われてはいない。非日常もすぐに日常になるということなのだろう。
今では、魔族だというだけで不愉快に思っていたのはボロスだけだったのだろう。ノアさんには完全に認めてもらってはいないだろうけれど、ノエさんは私のことを心配して泣くほどには認めてくれていると思う。
「以前のお前は、あんなに頑張って依頼を受けていたというのに、今では他の人の依頼を奪おうとまでする。邪魔しかしないなら、もうこのギルドからは立ち去ってもらう」
「なん、だと?」
「ギルドカードを渡せ」
低い声で言われ、ボロスは震えながらギルドカードを取り出して渡した。受け取ったルーズさんは、ボロスのものだと確認して受付にいるベルさんの元へと向かいギルドカードを渡した。
ベルさんは受け取ったギルドカードを水晶版の上に置いて操作している。操作が終わると、ギルドカードとハサミをルーズさんに渡した。
そしてボロスに見せつけるかのように、ゆっくりとハサミでギルドカードを切りはじめた。
「これでこのギルドの登録も完全に抹消だ。それだけじゃなく、冒険者登録も抹消した」
「何でだ!」
「なんで?」
その言葉と同時に、ジョキンとギルドカードを真っ二つに切った。
半分になったカードの片割れが、ひらひらと円を描くようにして床に落ちた。
「ここで迷惑をかけた奴が、冒険者登録したままだと他のギルドで登録をしようと考えるだろう。そうなると、そこで迷惑をかける。そんなことをさせないために抹消したんだ。もちろん、お前がかつて冒険者登録していたことも、抹消理由も残っている。冒険者登録をしようとしても、簡単にはできないだろうな」
どうやら、冒険者登録を抹消しても、記録としては残っているようだ。一度登録を抹消されても、再度登録は可能のようだが、話を聞いている限り理由によっては再登録は難しいらしい。
ボロスの場合は違反行為の繰り返しだろうか。そうだとしたら、ギルド登録をする前に冒険者登録をしなくてはいけない。しかし、記録が残っているためそれを確認して登録ができるのかを判断される。
今後ボロスが冒険者になることは記録的に難しいのだろう。
それに、ギルド登録だけの抹消では、冒険者としてフリーで活動することもできる。フリーになった場合ギルドで迷惑をかけたら、冒険者登録を抹消しなかったこのギルドが責められてしまう。
ボロスの場合、迷惑をかける可能性が高いためフリーでも活動させるべきではないと考えたのだろう。
「依頼者でも冒険者でもない、このギルドに用事がない者は今すぐに立ち去ってもらおう」
ゆっくりと歩きだし、ルーズさんは私の近くに落ちていた斧を拾った。それはボロスの武器なのだろう。手入れがされておらず、錆がついていたり刃こぼれをしている。
使い物にならないということは、誰が見ても明らかだった。
「これは、こちらで処分させてもらう」
「くそっ!!」
ルーズさんを睨みつけてそう言うと、ボロスは立ち上がり、足早に建物から出て行った。ボロスが受けていた依頼はどうなるのだろうか。
静まり返ったギルド内に、手を叩く音が響いた。
「さて皆さん、何を突っ立っているんですか? 依頼は受けないんですか?」
いつも通りのベルさんの声に、冒険者たちが依頼書を手に受付に並びだす。まるで先ほどの出来事なんかなかったかのようにいつもの光景がそこにはあった。
騒がしい朝のギルド。ボードの前にも冒険者が立って、どの依頼を受けるか考えている。
そして、鐘が一つ鳴る音が響いた。
「鳴ったな。三階まで上がれるか?」
「大丈夫です」
約束の時間になり、ルーズさんが私に問いかけた。歩くことに問題はなさそうなのでそう答えると、ルーズさんは武器を持ったまま階段へ向かって歩き出した。
私たちもルーズさんの後に続いて三階へと向かった。もちろん、壁に立てかけておいた戦斧も持って行く。
もう、殺気は感じられなかった。
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