4.ブルーウルフ

 採取も終わり、ギルドに戻ろうとした。すると突然森の奥から悲鳴が聞こえてきた。

 その悲鳴は人間のものではなかった。

 けれど、ただ事ではないということだけは分かる。

 リカルドへと顔を向けると、彼も私を見ていた。そして二人同時に森の奥へ向かって走り出した。

 走りながら麻袋を【無限収納インベントリ】へ保管する。もしかするとモンスターが暴れているかもしれない。そうすれば、戦うことになるだろう。麻袋を傷つけられるのは困る。ヒポテ草も無駄になるし、麻袋を弁償することになるかもしれないのだから。


「この森の奥には湖があるんだ!」


 前を見たままリカルドが教えてくれた。

 覚えている。その湖には、ケルピーが住んでいたはずだ。水辺に住む馬のモンスターで、ここのケルピーは穏やかな性格をしており、人を襲うことはしない。

 馬の姿をしているが、その尾は魚の尾になっている。そのため水中で速く泳ぐことができる。

 先ほどの悲鳴はもしかすると、ケルピーのものだったのかもしれない。

 生ぬるい風が吹き、湖が近いのだと分かる。

 木々の間を走り抜けると、突然目の前に湖が広がった。先ほどまで晴天だったはずなのに、空は雲に覆われていて薄暗い。


「おい、あれ」


 リカルドの言葉に視線の先を見た。するとそこには何かが倒れているのが見えた。

 近づくと、それはケルピーだった。しかも一匹や二匹といった数ではない。二十匹はいるだろう。

 倒れているケルピーの首に触れてみるけれど、既に息はないようでとても冷たかった。

 初めてケルピーに触れたため、元々の体温は分からない。それでも、氷のように冷たい体温ではないことはたしかだろう。

 同じようにケルピーに触れているリカルドも首を横に振っている。この森のことを知っているくらいなのだから、ケルピーに触れたこともあるのだろう。その顔は少し悲しげだった。

 他のケルピーより少し小さい個体に触れた時、僅かに体が動いた。今まで触れたケルピーよりも温かく、生きていることが分かった。


「前足に怪我をしてる」


 何かに噛みつかれたような跡。他のケルピーにも同じものがついていた。

 見たところ、肉食獣の噛み跡のように見える。しかし、噛みつかれただけで捕食された痕跡はない。けれど、全てのケルピーが首を噛みつかれていることから、急所を狙っていることだけは分かる。

 足以外には怪我をしていないので、この子だけは仲間が守ったのかもしれない。

 これが肉食獣やモンスターのやったことであっても、本来ならば捕食行動のはず。それなのに、捕食もせずに殺すことを目的としているように見えた。


「【ヒール】」


 目を覚ましたケルピーが暴れ出す前に前足を治療する。治療をされていることを理解しているのか、ケルピーは暴れることもなく大人しくしていた。

 どうやらこのケルピー以外は生きていないようだ。首に噛み跡があるため、それが致命傷になったのだろう。


「さあ、治ったよ。陸は危ないから、湖の中に行きなさい」


 仲間もいなくて寂しいだろうけれど、今はそれが安全だと思えた。全てのケルピーが陸で倒れているということは、噛んだのは陸にいると考えた。

 近くに倒れているということは、ケルピーを襲ったのは一匹ではない。

 大人しく湖へと入って行くケルピーを見届けて辺りを見回す。気配も感じなければ、足跡も見当たらない。

 足跡が残っていないということは頭のいい獣か、空を飛べるモンスターの可能性がある。


「凶暴な獣だろうと、モンスターだろうと倒さないと街に被害が出るかもしれない」

「ええ、これだけケルピーを殺しているんだもの。それにしても、何処に……」


 姿が見えない敵に、焦りが出る。もしかするともうここにはいなくて、街へと向かっているということもあり得る。

 そうなれば、街にいる冒険者がどうにかしてくれるだろうけれど、一般の人たちに被害が出てしまう。

 リカルドと背中を合わせて辺りを見回していると、僅かに気配を感じた。しかし、その方向にあるのは湖。同じように気配を感じたらしいリカルドも黙って湖を見ている。

 何も見えないけれど、黙って見ていると湖の上に水しぶきが見える。まるで何かが走っているように見えて、【鑑定】を使った。


【名前】ブルーウルフ

【レベル】二十六


 本来はここにいるはずのないモンスターだった。ブルーウルフは寒い地域の近くに住んでいる。けれどここは温かく、生息域からは遠いはずだ。

 生息域から追いやられたとしてもここまで来るのだろうか。

 モンスタ―ランクにするとC。私が受けることのできないランクのモンスター。討伐依頼で倒すべき存在だけれど、ギルドのボードには貼られていなかったはずだ。


「ブルーウルフだよ」

「なんだって!? なんでこんなところにいるんだ!」


 そう言いながらもリカルドは腰の双剣を手にした。戦うつもりだろう。

 背中の戦斧を手にした時にはブルーウルフが近くにいて姿も見えていた。どうやら毛の色が湖と同化していて、姿が見えなかったようだ。けれど走っていて、水しぶきが上がっていたようだ。

 先頭にいたブルーウルフが高く飛ぶと、牙を剥き出して私に飛びかかってきた。戦斧で受け止めて、陸へと吹き飛ばす。

 残りのブルーウルフがリカルドと私に向かってくる。数は六匹。一匹は私の横で倒れているので、飛びかかってきた二匹を避けて、リカルドから少し離れる。

 戦うのに邪魔になっては困る。二人で戦うのは初めてだから、お互いを気にして戦っていたら隙を見せてしまう。隙を見せないために距離をとった方がいい。

 この程度のレベルなら、私にとっては弱い。

 私は戦斧に魔力を流した。ブルーウルフは水属性のモンスターということもあり、雷属性に弱い。作ってもらった戦斧は、流した魔力によって属性を変えることができる。

 刃先が金色に輝き、雷属性に変化したことを確認すると、ブルーウルフに向かって振った。湖へ吹き飛ばさないように攻撃すると、刃先が当たり体に雷が走り倒れる。

 先ほど襲い掛かって来たブルーウルフが、飛びかかってきたが、戦斧で受け止める。それだけで体が痺れたのか、隙ができて手加減をせずに攻撃する。

 そのまま倒れるブルーウルフを跨ぐように飛びかかってきたもう一匹には、【サンダーボルト】を当てた。魔法で攻撃しても、リカルドには当たらないと分かっていた。倒れたブルーウルフたちは起き上がることは無かった。一応触れて確認してみたけれど、息をしていない。

 ブルーウルフの肉は、食べることができる。ただ、解体をしなくてはいけない。私には解体の技術がないので、リカルドに聞いてみるしかない。


「大丈夫か?」

「ええ。リカルドも大丈夫みたいね」


 怪我もしていない様子に安心しながら、リカルドが倒したブルーウルフへと視線を向けた。切り傷と、魔法で攻撃した跡がある。

 大きさは大型犬くらい。少し大きい個体もいるけれど、それは個体の差だろう。


「リカルドって解体できる?」

「できないから、いつも【無限収納インベントリ】に入れて知り合いの解体屋に頼んでるんだ」


 そう言って【無限収納インベントリ】にブルーウルフを入れるのを見て、私も倒した三匹を収納する。そうすれば鮮度も落ちることはない。

 リカルドの頼んでいる解体屋は、お金はとらない。その代り、解体した獣やモンスターの肉や毛皮を解体代として払うことになっているらしい。

 しかし、全てを解体代として支払うわけではなく、肉は半分、毛皮などは必要でない場合だけらしい。

 解体屋はそれらを、別の所へ売るためお金になるとのことだった。とくにモンスターの肉は、獣の肉より高く売れるのでお金になる。

 今回、私にとって毛皮は必要ないのでそのまま引き取ってもらおう。

 ケルピーの噛み跡からも、犯人はこのブルーウルフたちだったのだろう。

 ケルピーたちは、このままにしておくのは可哀想なので濡れながら二人で湖に戻してあげた。もう泳ぐこともないけれど、このまま陸にいるより、本来生活している湖の中がいいだろうと思ったからだ。

 今では先ほどの怪我をしていたケルピーだけになってしまった湖だけれど、もしかすると他の場所から移動してきたケルピーが住みつくかもしれない。

 もしも住みついたとしたら、街を襲うことは無いように願うしかない。

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