1.冒険者登録


 転移された場所は、ウェスベル王国のヴィクトル領にあるルクスの街の前だった。

 ゲームで知識はあったけれど、図書室で地図を見て周辺や街の知識は頭に入っている。人間の領地で、門もなければ、兵士も立っていないため誰でも簡単に街に入ることができる。だからここに転移したのかもしれない。

 兵士が立っていれば追い返されるのは分かりきっていた。最悪、攻撃されていた可能性もある。


「きっと、ママがここに転移してって言ったんだろうな」


 他の街には門があり、兵士が立っていることを知っているのだから当たり前だろう。

 誰かに止められることもなく、街の中へと入る。どの建物が宿屋で、冒険者ギルドかは分かっている。ゲームでの知識が役立って嬉しい。

 遠巻きに私を見ている人たち。ひそひそと何かを話している姿も見えたけれど気にすることはない。これからもっと言われることになるのだから、気にしていたら疲れてしまう。

 街の中に冒険者はいないのか、魔族である私に武器を向けるような人はいない。

 その代わりに、人間以外の種族が多く歩いている。門もないということで、この街は多くの種族を受け入れているから魔族以外が歩いていても違和感はないのだ。

 エルフに獣人、鳥人にドワーフ、龍人などが歩いているが、私以外の魔族の姿はなかった。

 魔族で他の領で生活をしているなんて聞いたこともないから仕方がないか。冒険者がいるとも聞いたことない。

 もしかすると、魔族で冒険者は私が初めてなのかもしれない。

 盾と剣が描かれた看板が掲げられた建物の前で一度立ち止まる。白い石造りの三階建ての建物。ここが冒険者ギルド。中からは多くの人の声が聞こえる。

 もしかすると、入ってすぐに追い出される可能性もあったけれど、冒険者になるにはここで登録をしなくてはいけなかった。建物に入る前に、一度三階へと目を向けると、窓から誰かが見ていることに気がついた。

 姿はよく見えないけれど、私を見ていることだけは視線から分かる。ギルドの人間だということは分かるけれど、それ以外は不明なため、その人物が気になりスキルを使うことにした。


「【鑑定】」


 小さく呟くと、目の前にウィンドウが現れた。これは私にしか見えないものなので、相手には自分のステータスが見られていることは気づかれない。


【種族】人間

【年齢】三十八歳


 それしか分からなかった。名前もレベルも不明だった。レベルはもしかすると、冒険者ではないから不明の可能性はある。けれど、名前も不明なのはおかしい。

 名前は、故意に隠そうと思わなければ不明にならない。冒険者でもないのに不明である可能性は低い。もしも冒険者でもないのに隠しているのなら、隠す必要のある仕事をしている可能性がある。そんな仕事をしている人が冒険者ギルドに立ち入るだろうか。考えても分かるはずがない。

 王族が依頼をしてきた場合は隠す必要があるかもしれないけれど、王族が依頼に来るのだろうか。

 もしも冒険者であれば、名前だけじゃなくてレベルを隠していることになる。しかも、私が分からないほどにレベルが高い相手。【鑑定】は使う人のレベルが相手より高ければ、隠していても全て見ることができる。

 だから、窓から見ている相手は私よりもレベルが高いことになる。

 そこから推測すると、相手はこのギルドのマスターか、その地位に近い存在なのかもしれない。

 私を見て動かない相手も、もしかすると同じように【鑑定】を使っているのかもしれない。元々隠してもいないため、見られても困ることはない。

 しばらくお互いを見ていたけれど、先に動いたのは相手だった。私のことを誰かに伝えに行ったのかもしれない。

 三十秒ほど窓を見ていたけれど、誰の姿も見えないことから視線を目の前の扉へと向けた。数回深呼吸をしてから移動して扉を開いた。

 中に入ると、ホールが広がっていた。左側には階段があり、二階へと続く階段と地下へと続く階段がある。右側にはボードがあり、紙が貼ってある。それが依頼書になっている。

 ゲームと変わらないそれに、思わず笑みが浮かんでしまう。正面には受付カウンターがある。ホール内にいる全員の視線を集めながら、受付カウンターへと向かう。

 防具を身につけている人が多く、冒険者なのだろう。中には武器を手にして私を警戒している人もいたけれど、攻撃してくる様子はない。

 ゲームでは、たしかギルド内で問題を起こすとペナルティがあったはず。ペナルティを受けたくないため、大人しくしているのだろう。


「こんにちは」

「こんにちは。ご用件を伺います」


 受付の女性に声をかけると、笑顔で答えてくれた。私の角が見えているはずなのに気にしていないように見える。

 女性の頭にも赤い角が生えているのが見える。よく見ると、同じ色をした尻尾が揺らめいているのも見えた。どうやら彼女は龍人のようだ。


「冒険者登録をお願いします」


 私の言葉に、冒険者たちから笑い声が聞こえてくる。きっと私が冒険者になることはできないと思っているのだろう。

 笑っている人の中には「魔族が冒険者になれるはずがないだろう」という言葉や、「ここから出たら倒しちまおうぜ」という言葉が聞こえてくる。

 魔族は討伐する存在。冒険者にとっては当たり前なのだろう。


「はい。それでは、こちらの太枠内の項目をご記入ください」


 用紙とペンを受け取ると、冒険者たちが騒ぎ出す。受付の女性に向かって文句を言っている人がいたが、女性が笑顔のままゆっくりと顔を向けると静かになった。

 もしかすると、この女性は怒ると怖いのかもしれない。

 空気がピリピリするのを感じながら、用紙に書かれた内容を確認する。

 記入項目は名前と種族、年齢。そして、武器だけだった。記入する種類が少ないことに驚きながらも、全て記入すると用紙とペンを女性へと返した。


「ありがとうございます。それでは、身分証の提示をお願いします」


 記入漏れがないことを確認し、身分証の提示を求められてウエストバッグに入っている財布から身分証を取り出して渡した。

 魔族領で作ったカードのため不安だったけれど、身分証には変わりないようで問題はなかった。

 女性は手元に置いてある水晶板に裏返した用紙と身分証を置いた。そして、水晶版の右下を押すと水晶版が光り出した。

 一分ほど光り続け、光が消えると水晶版の上には身分証と白い色をした一枚のカードが置かれていた。


「お待たせしました」


 先にカウンターに身分証を置かれたので、それを財布に戻す。次に白いカードと針がカウンターに並べられた。カードはギルドカードだった。

 初めて冒険者登録をすると、登録したギルドの所属となる。そのため、ギルドカードというものが発行されるのだ。

 針があるということは、これは魔法が存在するファンタジーによくあるものだろう。血で魔力を登録するのだ。

 ギルドカードは魔道具になっており、血を垂らすことによって登録できると説明を受けながら、恐る恐る人差し指に針を刺してカードに血を垂らした。

 すると、水晶版と同じように一瞬だけ光ると、カードは白から私の髪と同じ色の薄い紫色に変わった。色の変化は、魔力の色も同時に登録されたからとのこと。

 ということは、私の魔力は髪の色と同じということか。

 カードには私の名前とレベルだけが書かれていた。ゲームでは、はじめた時からギルドに登録していたので血を垂らさないといけないということは知らなかった。


「これで、ギルドカードは貴方以外が使用することはできなくなりました。紛失した場合、再発行には料金がかかりますので気をつけてください。それでは、ギルドカードに魔力を流し、登録されているかを確認してください」


 言われた通り、カードを手に持ち魔力を流す。


【名前】アイ・ヴィヴィア

【種族】魔族

【年齢】十六歳

【武器】戦斧

【レベル】五十八

【個人ランク】E


 記入していない情報は身分証に書かれていたものと同じだった。書かれている【個人ランク】はレベルに関係なく、登録したばかりだと必ずEになる。

 パーティを組むと【パーティランク】も増えると説明を受け、ギルドカードをウエストバッグに入れた。

 それから女性はランクについて説明をしてくれた。

 ランクはE、D、C、B、Aの五種類あり、それぞれ新人、駆け出し、一人前、熟練、優秀と分けられている。

 パーティを組んだ場合、メンバーの平均ランクが【パーティランク】となるため、ランクがEの場合は簡単な依頼を受けて、ランクを上げることをすすめられた。

 新人をパーティに入れると【パーティランク】が下がってしまうため入れてくれる人はあまりいないというのが理由だった。

 ランクが下がってしまうと、受けることができる依頼が限られてくるし、報酬も少なくなってしまうから仕方がないだろう。

 それに、新人というだけではなくて魔族をパーティに入れようと考える人はいないだろう。パーティのことは諦めるのが一番かもしれない。


「こちらに依頼書の説明が記載されていますので、目を通しておいてください。依頼書が貼られているのは右側にあるボードとなります」

「ありがとうございます」


 用紙を受け取り、いつの間にか後ろに並んでいた冒険者に頭を下げてボードへと向かった。

 どうやら冒険者は依頼から帰ってきたようで、女性に笑顔で「お帰りなさい」と言われている声が聞こえてきた。

 その冒険者のものなのか、背中から視線を感じた。

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