第2話

「開けますよ」


すぐ聞こえたその声に、ビクリとする。


私の夫となった人は、どうやら部屋に入ってすぐのところに座り込んだらしい。


襖を閉める音が聞こえる。


「そのままで結構」


晋太郎さんは布団をかぶったままの私に向かって、ゆっくりと話し始めた。


「着物はここに置いておきます。場所は後で、母にでも尋ねてください」


どう返事をしようかと悩んでいる間に、その人は深く長いため息をついた。


「……。母は、気難しいところはありますが、悪い人間ではありませんので、仲良くするようにしてください。私のことは構う必要はないので、何でもあなたのお好きになさい」


もしかして気を使われてる? 


布団の中から頭だけを出したら、うっかり目が合って、お互いに真っ赤になった。


「ではこれにて」


その人は立ち上がり、すぐ部屋を出て行ってしまった。


運んできてくれたのは、確かに私の小袖だ。


十も歳の離れた人だ。


まだ十四の私のことなんて、ずいぶん幼く見えるだろう。


嫁入りのために仕立ててもらったばかりの、お気に入りだったはずの小袖に袖を通す。


こんなはずじゃなかったのにと思うことばかりで、気分はすっかり重くなってしまった。


私はちゃんと、あの人に嫁として気に入ってもらえるのかな……。


とぼとぼと廊下を歩く。


今度はしっかりと挨拶をしてから、障子を開けた。


「あら志乃さん、昨日はよく眠れました?」


先ほどとは打って変わった、予想外のお義母さまの明るい声に、また混乱する。


叱られはしなくとも、注意か嫌みくらいはあると思っていたのに……。


寝坊しておいてそんなふうに聞かれると、どう返事をしていいのかが、また分からない。


「は、はい……」


義母は急に顔を赤らめ、コホンと咳払いをした。


「で、コトは首尾よくすませましたか?」


コト? コトとはなんだろう。


私はまた首をかしげた。


まだここに来てから一日も経っていないし、やったことといえば、食べて寝て起きたくらいだ。


「えぇ、はい……」


なんだかよく分からないけど、とりあえずそう答えておく。


「そ、ならいいわ。早く食事をなさい」


ぱっと背を向けた義母は、自らご飯をよそってくれた。


とりあえずほっとする。


「あまり無理をすることはありませんからね。そう緊張することもないわ。これから、よろしくお願いします」


丁寧に頭を下げた義母に、慌てて私も頭を下げた。


「こちらこそ! よ、よろしくお願いします」


こうして、私の新婚生活は始まった。

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