X-60話 質問にそぐわない回答

 薄暗い照明に照らされて伸びる一つの人影。コツコツという音を鳴らしながら、その影は俺の方に伸びてくる。だが、不思議と差し迫るものに対して、恐怖感はなかった。なぜだろう。彼とは、どこかで出会っているような。声だけではあったが、そんな気がした。


「ここまで来るのは大変だったろう。お茶を入れたから、それを飲みながら語ろうじゃないか」


 伸びる影が静かに停止する。そして、影に落としていた視線を上にあげると、そこには、湯気が立ち上がる茶器を乗せたお盆を持つ白衣を着た男性がいた。歳は優に俺より上に見える。髭を白く染め上げ、それだけには止まらず、髪までも黒色が脱色している。まるで、白衣を着すぎた故に、その色に身体が侵食されたようであった。


「そこら辺にある椅子を勝手に使っていいから。さぁ、腰をかけて!」


 老人は、研究器具がふんだんに置かれた台の上にお盆を波が立たないように静かに置く。そして、豪快に空いた右手で机の上を薙ぎ払い、試験管やら研究結果がまとめられた用紙を激しく地面に振り落とした。


「あぶなっ!」


 危うく俺にも、地面と衝突した際に割れたガラスの破片が飛んでくる。それを紙一重で躱すも、目の前の老人はさして気にもしていないようであった。そのまま、一言も発さず椅子に腰掛ける。


その行為を俺の目は明らかな不自然だと捉えたが、さして咎める理由もない。出されたお茶に手をつけるつもりはないが、俺も一番近くの椅子に手をかけると、こちら側に手繰り寄せ、そのまま重い腰をおろした。


「話、と言うからには俺に何か用でもあったのか?」


 白衣を着ている目の前の老人に声を掛ける。だが、すぐに返答が返ってくることはない。猫舌なのだろうか。舌を少しだけ伸ばし茶に触れさせては、すぐに引っ込める動作を何度も繰り返している。一向にお茶を飲めている様子はないが。


「お、おい! 聞いているのか?」


 耳も遠いのかよ。俺は心の中でつい文句をこぼしてしまう。ここまで招いたと言った割には実際に対面してみると、何も言葉を話さない。白衣を纏っていながら、実験器具すら大事に扱わない行動から考えて、この人はあまり信用に足る人物じゃないのか?


「さて、残された時間は短いな・・・」


 老人がこぼした言葉は、俺の質問とは全く噛み合っていないものであった。

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