X-18話 箱の底に刻まれるもの

 月から漏れる地上に降り注がれる光が漆で光沢されたクローゼットを妖艶に照らし出す。俺は歩を進めてそれに近づく。鼓動が激しく高鳴り、無意識のうちに呼吸も荒くなっている。右手を伸ばし、俺はそれに触れる。トゲも立っていない滑らかな感触が手を通じて脳に伝えられる。


「これが、父さんが最後に見つけるように言い残したクローゼットなのか?」


 コルルとのクローゼットにまつわる会話を思い出してみる。ちょうど、彼女の手に引かれていた時だ。その時に、ついでと言わんばかりにそれについて得意げに語り出っていた。少し聞き流しているところもあったが、その内容はしっかりと覚えている。


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「もともとお父さんの部屋にクローゼットってなかったのよ。服とかに無頓着な人で必要最低限の枚数しか持ってなくて、いつも洗濯して、乾燥させては着てのループを繰り返してたわ。


でも、私が同じ家に住むことになって、女の子なら服も沢山欲しいし、片付ける場所もいるだろうって言うことで私ように用意してくれたの。でも、歳を重ねる度にあれじゃあ足りなくなっちゃって、それで去年くらいに新しいのを購入したの。


それで、今まで使っていたクローゼットは捨てようって思ってたんだけど、お父さんがそれはもったいないっていい出すんだもん。仕方なくそれをお父さんの部屋に運んで、それを使うようになったってわけ。だから、あのクローゼットの下の方に私の名前が書かれているの。ほんの遊び心でやったんだけど、今となってはそれが見分け方かな」


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 クローゼットの下の方に刻まれたコルルの名前は先ほど確認してその存在を把握している。これがそのクローゼットであることは疑いようがないものになった。俺は両手を使い、両手開きの収納スペースを勢いよく開放させる。まず飛び込むのは、ウサギのタンクトップ。最後の夕食の時も着ていたものとかなり酷似しているが、この類の服を大量に集めていたとなると、それは服に無頓着にも程がある。と言うか、羞恥心はあの人にはなかったのだろうか。


幸い真ん中に大きく動物がプリントアウトされている服はあと2枚ほどしかなく、その他は作業着で埋め尽くされていた。ハンガーからかけれらたそれらを手で押しのけながら、影となっている場所もしっかりと目を通すが、目当てのものはまだ見当たらない。


 あらかたこの場所について探し尽くすと、扉を閉めその下にある4つの窪みと仕切りに目をつける。四角形を縦横の線で切り分けたように分類しているそれらを、左上から順に開けていく。


「何もないか。まぁ、無頓着って話だったしこれが一杯になるほどの服とか持っていないんだろうな。じゃあ、次はっと」


 右上の窪みに手を添え、手前側にはやる気持ちを押し殺してゆっくりと引っ張ってくる。サーと言う軽い音を静かに奏でると、重みもなく何の手応えもないままその収納スペースが露わになる。


「ここも空か」


 少し気落ちするが、気を取り直して次こそはと意気込み左下の窪みに手を伸ばす。今度は一転して勢いよく手前に引くことにした。その方が何もなかった時の心のダメージを僅かであろうと軽減できるような気がしたからだ。先ほどと違い勢いよくその中身を月明かりに照らされ、空虚なその空間を見るや俺は再び肩を落とす。


そして、ここにきて焦りが生まれる。もし自分よりも先にこれを見つけた人がいて中身を取り出されていたらどうしようかと。クローゼットは言うなれば外に放り出されていた。つまり、と言うことだ。いや、悪い方向に考えると、のか?


「待て待て。落ち着け、俺。そんな悪い考えは最後の引き出しを見ればわかることだろうが。その結果を見た後考えればいいじゃないか」


 俺は意を決して最後の引き出しに手を伸ばし、手前側に引く手に力を込める。その時今までにないような重量感が手を介して伝わってきた。確実に何かが入っていることは間違いない。俺は焦る気持ちに従って勢いよく引き出しを引くと中に入っているものを上から覗き込んだ。


 ——。いや、正確に答えるとうさぎがプリントアウトされたパンツがそこには大量に収納されていた。綺麗に整頓された形でおよそ彼の体格からは想像できないほど丁寧な仕事でそこには下着の類が収納されていたのだ。


「パンツまでうさぎってどんだけあの人うさぎ好きなんだよ!! って、今はそれどころじゃねーんだよ!! 箱は?? 箱はどこに行ったの!?」


 抑えてきた心の声が一気に爆発する。もはや誰かに聞かれていようとも構わない。もうそんな感情が俺の心を支配している。目当ての箱は見つからず、探して出てきたものといえばうさぎの連続だ。こんなの誰がやっても同じように思わず発狂してしまうだろう。


はぁはぁと息が上がる。俺は無感情のままその下着たちの手を伸ばすと一つ一つその整えられた形を崩さないように上に持ち上げ、横に移動させ収納スペースを空にしていく。


カツン——。 布で作り上げられる下着からは想像もできないほど硬いものに触れた音が生じ、伸ばした手に微かな痛みを覚える。驚愕に駆られ瞳孔が開く。熱い息が口から溢れるが、吸い込む息がやけに少ないような気がする。脳が何度も新鮮な空気を求め口を上下に幾度も動かす。


 下着の山に眠る硬いものをゆっくりと手で探していく、そしてその感触を感じた瞬間強く掴み取ると一気に上に引っ張り上げる。手に握られていたのは、。表面には稚拙な龍が描かれており、見るものが見ればただの緑色の蛇の様にも取れる。不意に箱をひっくり返した。そこに深い意味はなかったが、ただなんとなくそうしなければいけないと言う気に駆られたのだ。


「クーリエ・トーマス・サティネオス。俺の名前・・・」


 そこには確かにが、で刻まれていた。

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