X-6話 頭の回転が遅い!

 あれから、一体どれほど時間が経っただろうか。気がつけば崩壊していく家の様子を不安げに見守っていた近隣住民の姿は忽然と消えていた。実際に怪物に対して恐れず立ち向かった男と、崩壊した家の娘がただ呆然と立ち尽くしているだけの景色に飽きてしまったのかもしれない。だが、2人の胸中はそんな穏やかなものではなかった。幾度にもわたり自分を——父親に手を伸ばしきれなかった自分の弱さを責めては、叫び出してしまいそうになる心をどうにか抑えていた。


「そこでじっとしていても何も変わらんじょ、クーリエよ」


 静寂を切り裂き、暗闇の中から聞き慣れた声が聞こえてくる。声のする方に振り向くと、こちらはいつもと変わらぬ衣装に身を包んだアンディー牧師がゆっくりとこちらに向かって歩み寄ってきていた。


「アンディー牧師、今日は随分と夜更かししていたんですね。毎度深夜に参拝しにくる人を指しながら、夜が苦手だって昔はよく愚痴をこぼしていたのに」


 弱さを見せじと強がりながら、目頭に溜まった水滴を右手の親指を強く押し当てて拭き取る。だが、そんな強がりはアンディー牧師にしてみると、この夜による視界の悪さというハンデをものとも感じさせずに見透かして見せる。


「追いかけんでいいのか? ただ手が届かなかったと、そう諦めるだけで。言い訳を集めることは簡単じゃ。天恵がない、怪物のように空を飛ぶことはできない、怪我をしている。じゃが、その逃げるための言い訳を集めてお主は満足できるのか。ワシから見たお前は、そういうタイプの男には見えんかったぞ」


「しかし、追いかけたくとも怪物の居場所が分からないんです! どこに行ったら助けられるのか、それすら分からずにデタラメにこの心の衝動に任せて突っ走れと、そうおっしゃるのですか!?」


 アンディー牧師ははぁーと大きなため息をこの場でついてみせた。状況が掴めずに俺は思わず困惑してしまう。そのまま彼は俺の目をじっと見つめて何かを訴えようとしてくるが、全く彼の意図が掴めずにその目線から目を背け、首を傾げざるをえなかった。


「お主という男は。。。戦闘中にみせたあの頭の回転の速さと、推察力はどこに行ったんじゃ。それともあれは先頭を行なっている時にしか発揮できんのか、このばかもんが! 何のためにわしが睡魔すら抑え込んでこの場まで足を運んできたと思ってるんじゃ」


「アンディー牧師が——この場にわざわざきてくれた理由?」


 俺は、戦闘中に自分の脳内で無意識の間に起こしていた思考の回転をもう一度起こそうと必死に頭の中でこの難解なパズルを解こうとする。鍵は2つ。アンディー牧師がここにきた理由と、それがどのように怪物の居場所に繋がるのか。


「ヒントは、天恵じゃ」


 頭を悩ます俺に、アンディー牧師は親切にもヒントを与えてくださった。だが、その顔には呆れた表情を浮かべているので次に彼の顔を覗き込むときは必ず正解の答えを見つけた状態でいなくてはいけないという謎の緊張感が襲いかかる。そうでなければ、大変なことになりうる。


さて、アンディー牧師の天恵は『対象者にとって最適な答えを導く』というものだ。つまり、彼が今ここに来た理由とは、今日の昼に俺がこの村を散歩している際にそっとその天恵を用いて俺に対しての最適解というのを把握したからだろう。そして、その最適なタイミングがまさに今というわけだ。それでは、なぜこのタイミングが最適なのか、それは。


「今、俺に天恵を使ってくれたら俺が取るべき最適な答え、つまりお父さんを助け出すための怪物がいる場所を教えてくれるってことですか!」


「だいぶヒントを与えたがよく1人で答えを導いたじゃないか。その通りじゃよ。さぁ、早速それに取り掛かろうか。あいにく、こちらもすでに自然と瞼が落ちてくるほど眠気がきておるから、今を逃すと今日1日は天恵を待ってもらわなきゃなくなる。それに、少しでも早く怪物の元に駆け寄るのがミス・コルルのお父上にとっても最適じゃろう」


 そういうと、彼は自然と落ちてくると述べていた瞼をグッと開き大きく目を見開くと、そのまま天恵を使う姿勢に入る。本当はこんなことをしなくとも、最適解は見えるというのを、幼い頃に俺に証明してくれたのだが、コルルがいる前というのを考慮したのか教会で参拝者がいるときに行う一連の動作をしてみせた。


「森をまっすぐ東に突き進みなさい。すると、大きな湖が正面に見えてくるそこが怪物が住処としている洞窟の入り口じゃ」


「湖の下ですか。つまり、ある程度この暗闇の中で泳ぐ必要があるのですね」


「うむ。危険な行為ではあるが、それは怪物からお父上を助けるという行為もまた然りじゃ。何かを達成するには何かしらの犠牲と、危険がつきもの。この度は何の犠牲も無しで帰ってこれることを夢の中で祈っておく」


 目線を森の方へ向ける。昼間感じた傷を癒す包み込むような神秘的なものは一切感じさせず、ただ暗闇の中に乱雑に入り組むように伸びる木々はただ恐怖の対象として目に映る。こみ上げてくるそれに応じて身体は無意識のうちにそこから遠ざけようとし、俺は思わず固唾を飲み込むがそれを意志の力で跳ね返す。


「必ず助けるから、コルル。信じて待っててくれ」


 コルルにそう言い残して、俺は勢いよく森の方へと駆け出していく。だが返事が返ってくることはなく、ただ静かなキリの村がその闇夜と共に俺の言葉を吸い込んでいった。


現在時刻は、23時45分。時は、着々とクーリエの身体を退化させる。


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