第101話 神代の幕引き

 忙しくばたばたと新システム下で動くうち、月日は瞬く間に過ぎ去って、災禍からン十年経つ頃には、現世の都もどんどんと発展を進めていた。


 現世調査で全国を回る中でも、情報収集と言ったらやっぱり首都が一番ってなわけで、西の都にはよく視察に行っていた。そしたらある時、なんと、あの聖徳太子を見てしまったのである。


 いやもうアレは完全に聖徳太子だったね。間違いない。俺の思い込みとかじゃなくて、ホントに絶対あれは聖徳太子だった。




 というのもある日、その都へ向かった時のことだった。宮城きゅうじょうの中庭で、位の高そうな人物が、その空間にびっしりと集まる色とりどりの冠を被っている官人たちに囲まれているところに出くわしたのだ。

 こういう場では、オイシイ情報が拾えることが多い。幽霊モードで近くの建物の柱の中に埋没しつつ、顔だけ外に出して、その様子を観察することにした。


 官人達は、それぞれが上官と思わしき若い男に向かって何か報告をしているようだった。けれど、全員が一度に喋るもんだから、ただただ喧しくうるさいだけで、何を言っているのか、俺にはまるで分からなかったのだ。


 このころの下界では、災禍の影響で、国津神の皆さんの仕事に未だ障害が多く立ちはだかり、気の流れが滞ることがよくあった。そんなわけで、災害や疫病、悪天候なんかのよろしくないことが起こりやすくなってしまっていたのだ。


 現世でも、割と大きな被害が頻繁に各地で発生していたものだから、ここの官人たちも自分の集めて来た情報を報告したくて仕方なかったんだろう。けれど、各々が必死に話しすぎて、逆に何も聞き取れないスーパーカオス状態が発生してしまっていた。騒乱とした場は混沌に包まれて、全く収拾がつかないようにも見えた。


 しかれども、官人達に群がられている上官の男は、彼らの言っていることをきれいに聞き分けて、また別の役人に指示しては完璧にさばき切ってしまうのである。

 そこでビビッときた。これって、聖徳太子の伝説そのものじゃん!! ってね。


 そこでふと、いたずら心が芽生えてしまったのだ。だって目の前に聖徳太子(仮)がいるんだもの。ちょっとばかし伝説を体験してみたくなったのだ。

 で、その心に抗うことなく従って、宮城の文官の恰好に化けると、次から次へと大争乱の巻き起こる現場に紛れ込んでみたってわけだ。冠の色分け基準はよく分らなかったから、適当に緑色をチョイスした。


「次はこちらでございます、東の山脈にて小規模な土砂崩れの連絡」

「南の丘の向こうにて川が氾濫している模様」

「大変でございます! 食糧庫にて盗難騒ぎが」

「そこでこの場にこれほど用意して頂きたく」

「ヨ、聖徳太子カックイー! やまと一の大賢者ッ!!」

「西の湿地より人食いの化け物の襲撃との報告あり」

「建造中の寺院にてボヤ騒ぎが発生しているとの」


 大混乱の現場に交ざって叫んでみても、文官たちは部外者が混じってることなど気づきもせずに、ただ己の主張のみを必死で伝えようともがいている。

 だが、そんな己ばかりの集団の主張を、彼の人は見事に采配してみせたのだ。


「北の土砂崩れ、川の氾濫は右手の青の冠の者に。盗難騒ぎは犯人を捕らえたのち、私の元へ。妖は高僧をもって向かいうて。牛車の資金に関しては私が通しておこう。ボヤ騒ぎは先ほど収まったと知らせが入っている。

 ――ああ、それとそこなる”翡翠の冠”の見慣れぬ者よ」


 群がるおっさんたちをバッサリと配分し、的確に処理をしてから、聖徳太子(仮)はこっちをしっかり向いて言ったんだ。


「ありがとう、とでも言っておこうかな」




 にっこり。

 そんな擬音が似合うイイ笑顔で言われちゃ、舌を巻くしかなかったね。


 でも流石に上司にそんな意味深なことを言われちゃ、他の官人たちも、”俺”と言うみょうちきりんな存在が自分たちの中に交じっていたことに気づいてしまったわけだ。


「お主……何奴だ!?」

「その色……間者か……? 武官を呼んで参れ! この者を引っ捕らえよ!」

「者ども、出会え、出会えぇい!!」


「てへっ☆ おっじゃましましたーッ!」


 警戒した人々が一斉に俺から距離を取ったのをいいことに、変化を解除し、その場で跳躍して群衆の頭上を飛び越え包囲網を離脱する。次に脇の手ごろな建物の上に飛び乗って、そのまま屋根伝いに森まで逃走した。

 これは後で知った話だが、俺のチョイスした色は、どうやら官人官位カラーパレットの中に存在していなかったらしい。変化の術としては割と致命的なミスである。


 さて、逃走中に背後を振り返ってみれば、後ろが大変なパニックになっているようだったので、お忙しいところ仕事を増やしてしまったお詫びの気持ちを込めて、報告に上がっていた「西の湿地の化け物騒ぎ」とやらをどうにかしていくことに決めた。


 都から逃走したその足で西に向かえば、人質っぽい少女を池に引きずり込もうとしながら、涎を垂らしてニタニタと下卑た笑いを浮かべる妖怪を発見した。

 これは黒確定。悪意ある変態は死すべし。


 妖怪の入ろうとしているあの池は、昼夜問わず下界二世を繋いでいるスポットである。おおよそ、半魚人のような見た目の彼は、現世に霊力狩りをしに来た妖怪で間違いない。彼らの苦手な昼間の現世に乗り込んでまで狩りをしようとする、その大いなる野心は嫌いじゃないが、残念ながらこの日の俺はやる気マンマンだった。


 変態妖怪に睨みを利かせた、武装する人々の群れ。その後ろから近づき様に跳躍し、空から初手大技で飛び入り参戦をキメる。

 和魂パワーを両足に込めた、必殺のレインボードロップキックをブチかました。――刹那、突然場に現れた不審者たる俺のせいで場が混乱に陥る前にと、キック時のバウンドエネルギーを使って、流れるように華麗に離脱した。


 かくして秒速で任務は終了したのである。

 しこたま力を込めて蹴り飛ばしたから、妖怪の方もきっと戦闘不能になってるはずだ。あとは煮るなり焼くなり好きにして欲しい。


 普段、俺はこう言う妖怪を積極的に退治しに行くことはないが、目の前で人間が襲われそうになっていれば、行って追い返す。


 別に正義感でやってる訳じゃない。言ってしまえば、動機は完全な私怨である。

 こういう人里を襲いに来るタイプの妖怪には、俺も昔悩まされたもので、ついつい手を出してしまうのである。


 ま、俺ってば元人間なんだから、人間贔屓なのは仕方ないヨネ!






 妖怪という生き物は、どうも現世……というよりか、現世にある霊力に惹かれて止まないらしい。特に先天的に妖力をもったコたちが、その傾向が強いように思える。


 不憫なことに、霊力は他の力を強める効力を持っていた。つまり、それを喰らえば喰らうほどに、妖怪は強くなることが出来た。

 そして人間という生き物は、現世の生き物の中でも、特に霊力を豊富に持っていた。だから人間は妖怪に狙われるのだ。効率の良い経験値袋として。


 その向上心ある妖怪たちの執念により判明したことだが、どうも新システム稼働後に妖力持ちも、現世にて日のある時間帯だけ、幽霊モードになれるようになったらしい。


 確かに、幽霊モードは”適応しない世界”に省エネで存在する技術である。理論上、昼間の現世は妖怪たちにとってその条件を満たす。

 これで彼らは、昼間の現世に置いての”存在”の枯渇を抑えられるようになったのである。


 まあ、ちなみにこれは、体力満タンの中級妖怪の中でも上の方に位置する者が、朝から現世に取り残された場合、何の術も使わずにその場でじっと待機することで、ようやく耐えられるレベルの話だったりもする。実質、上級妖怪以外は生存不可能なので、大抵の妖怪はわざわざ昼間の現世にやって来るなんてことはしないのだ。夜は別だが。




 で、この話はアニウエにおいても当てはまることなのだった。


 彼に関しては、初めは現世に行くたびに俺が霊力をその都度与えていたのだが、俺がどの世界でも何のデバフを受けることが無いので、たびたび最初に与えるのを忘れたり、補充を忘れて時間経過で枯渇させてしまうことがあった。


 すると何が起きるかって、気づいたらアニウエが消えかけてるんだわな。ふと横を見た時にスケスケのアニウエを見た時の心臓の悪さったらないね。

 そんなことがままあったもんだから、妖怪が現世に効率よく滞在できる方法がないかと悩んでいたところに、この知らせは大変に耳寄りだった。




 けれど、それでもちょっと心もとないなと思っていた折に、ふと原作におけるとある描写を思い出したのである。

 原作開始時点の現世には、数は少ないが、人間社会に紛れて暮らす妖怪も一定数存在した。そういうヒトたちが霊力を、主人公陣営たる”退魔師”たちから、定期的に補給している描写があったことを。


 そのヒトたちが現世の環境に適応するのに、「霊力に満たされた器を依り代として、己を憑依させて同化する」という方法があった。


 器という媒介を通すことで、一度の補給で溜めておける霊力の量が格段に増えるのだ。それと、万が一霊力が尽きた時でも、現世のものである器をとっかかりとすることで、幽世の存在である妖怪自身が掻き消えることもなくなる。つまりは、守り神様や他の国津神の皆様が、自分の神器の中にエスケープしていたあの方法の妖怪バージョンである。


 妖怪達が依り代にする器は、大体は退魔師から支給された専用の器物であったが、一定の条件を満たしているものならば何でもよかったはずだ。

 その条件ってのが、”現世で造られていること”、それから”霊力を含んでいること”だ。


 だったら、今となっては由緒正しき伝統の祭りとなった豆摘まみゲームこと豆納面人祭とうなめんとさい開催時期に故郷の村に帰るついでに、技師さんの工房にでもお邪魔して、良さげな器を一つ拝借しちゃおうかしら……なんて思っていた時、ピンときた。


 俺、自前で超いい感じの器、持ってんじゃん! 百年くらい前にどこかを放浪してる時に出会った、芸術魂を確かめ合った渡来人の彼からもらった、友情の証の器が!


 そうして普段は俺の一部として同化しているソレを早速現物として取り出してみれば、昔懐かし”縄文須恵器”が日の光の下に現れた。お気に入りの器物は、こうして己の一部として、いくつか体の中に取り込んであるのだ。便利なアイテムボックス機能である。


 さて、明るい日差しの中で改めてじっくりこの作品を見てみれば、思わず息をつくほどに素晴らしい出来であることがよく分る。青灰色の肌には自然と釉つやがかかり、今まさに激しく燃え盛る火炎の一瞬の時を切り取ったような形状には、彼の”魂”がありありと表現されている。


 この器が職人の魂のこもった逸品である以上、依り代としては最高の質であるはずだった。

 色々過ごしてみて分かったことだが、この世界の法則として、ほとんどのものが精神論の元に行きつくのだ。術の強さ然り、器物の制作然り、気持ちの強さ次第でそれらの出来は大きく左右される。


 この縄文須恵器は、製作者の想いを越えて念を越えて魂が宿っているレベルのシロモノなので、術の媒介とするならばそうとう高いクラスになっていることは間違いない。さらに、俺もずっと肌身離さず持ってたもんだから、俺の神力によく馴染んで、神器としても大成されているだろう。


 この神器ってのは、一級品の器物に、神力のミチミチに込められたすげぇアイテムのことを指す。ひとつひとつがユニークスキルを持つものだが、その効果は浸された神力の性質によってまちまちだ。

 ちなみに俺の神力に浸された神器の効果は、どんな呪いの媒介にでもなる最強の呪具となることだ。実用性は皆無。ランクが上がれば上がるほどに使い物にならなくなる、ハイパーお荷物特性である。


 しかし、いい感じに神気も沁み込んで、永遠に正規の使い道で日の目を見ることはなかったであろう不憫なこの器だったけれど、神力を受け継いだ神使であるアニウエならば、使用したところで何か悪影響が出ることもないだろう。むしろ、パワーアップが望めるかもしれないくらいだった。


 ――これに憑りついてもらえば、アニウエも器もWIN-WINで万事解決なんじゃね??


 そんな考えのもと、最近のアニウエの知能の上がり方から見て、どの程度の指示ならば理解してくれるのかチェックする実験がてら、アニウエにこれに憑りつくよう命令してみたところ、彼はすんなり従ってくれた。体の中にすっぽりと依代を治めた彼は、いつものぷにぷにボディーを膨らませながら、満足げに一声鳴いた。どうやらお気に召したようである。


 これで、万が一俺がポカをしてアニウエの手持ち霊力が尽きてしまったとしても、彼が知らないうちに消えてしまう心配はなくなったのだ。一安心であった。


 この幽霊モードと依代の件は、俺の眷属達が現世で動くことを現実的にしてくれたので、本当に助けになっていた。第一発見者には、たとえその正体が野心ゴリゴリの人食いの妖怪だろうが五体投地で感謝できるレベルである。それはそれとして、”狩り”の現場を見つけたらぶん殴るが。


 こうして、”原作”のラスボス君みたいなブラック営業には決してならないよう、配下の労働スケジュールをしっかりと念頭に置いた上で、彼らにシフトに入ってもらうことで、俺の労働環境も随分と改善を迎えることが出来たのだった。ようやく戻ってきた心の余裕に、もう少ししたら盛大に遊び散らかそうと決意した。






 ――なんだか、原作軸識っているよりも下界の境界線があやふやな気がする。

 胸に時折浮かぶ違和には、そっと蓋をする。


 ”原作”の設定よりも、明らかに現世と幽世の交わる頻度は高い。

 だけれど、どれだけ記憶の海に耽っても、”ストーリーの説明”を思い出すことは出来なかった。


 災禍の訪れが、何の前触れも無かったかのように、いつかの未来にも突如として”ナニカ”が起こるのかもしれない。

 しかしてソレが本当に起こるとしても、きっとウン百年は先のこと……そう、角は言っている。


 数百年後のことを言えば、鬼も爆笑のあまり過呼吸を起こしてしまうだろう。

 だから、固く硬く閉ざした。


 悪縁を知る角の”言う”、未来を考えないように。

 己を崩壊へ導こうとする、独りよがりの思考に耽らぬように。

 何か勘づいてはいけないものを”識って”しまわぬように。


 ”無意識”にも、封をした。






 気づけば、百年の年月が経とうとしていた。


 巻物レポートを書いたり、現世の都を見学したり、幽世の様子を見に行ったり、黄泉の国でスサノオと暴れまわったり、天上界でのほほんしたり、カガチノクニの役所に顔を出したり、神域プライベートゾーンでお気に入りカスタマイズしたり、故郷に帰ったりして三界二世を巡っているうちに、災禍から既に百年の時が経とうとしていたのである。


 時が経つのって早ぇ! 最近はマジでシャレにならないくらい早えぇ!!

 前々から思っていたことだけれど、年齢を重ねるにつれて時が一瞬で流れて行くように感じるのは何故なんだろう。その加速度、現在進行形。我に返る度に、ちょっとひゅんってなっちゃうぞ。


 忙しさと意思に反してぶっ飛んでいく月日に、アイデアロールが自動成功してはSAN値チェックが発生し、見事に連続で失敗することを繰り返して、制御しきれていたはずの腹の底の祟りぱうあが暴走しかけるような危ない時期もあって、一時はどうなることかと思ったけれど、イヅモの大王様を見倣って、各所に仕事を押しつk……ゲフンゲフン、割り振ったことで、どうにかこうにか慣性の法則に乗って平常心を保てるようになってきた今日この頃である。


 そうそう、大王様と言えば、新システム下の神々の現世管理にメドが立ったのを確信した時、最近眷属に任せっぱなしだった巻物レポートの提出を、ウッキウキで俺が直接黄泉の国にお訪ね飛び込み申し上げ担った折に、同じくテンションのおかしくなっていた大王様とぶち上がって、「八百万の国津神達全員を招待して、現世イヅモでエクストリームパーティーを開く」などという頭のおかしな計画を立てた刹那、そのまま見切り発車してわざわざ仕事を増やすというアホ極まりないことを共にをしてのけたが、俺は今日も正気のまま健やかに生きているのでモーマンタイである。


 ちなみにこのエクストリームパーティは「今年もお疲れちゃん☆ちょっと早めの忘年会」として毎年開催されることになった上、その実行委員会メンバーに俺が(強制的に)加えられてしまったという流れがあるが、何かデジャブを感じざるを得ないこの状況を思考することはもう止めた。あはは、ぱーちー、たのしいね!




 なにはともあれ、災禍を迎えそして乗り越えたこの世界は、古き仕組みを淘汰し新しきを得て、かくして神代の時代に幕を閉じたのである。








 ――そうして、新しい生活にもすっかりと慣れてしまった、ある日のことである。


 明朝、とある縁の糸が出現したのを感じ取った。

 その主張は激しく、変化の術を用いて人間に化けていたというのに、その術を突き破って角をグンと引っ張るようにして受信したほどである。


 突然正体を盛大に晒してしまったおかげで、近くにいた人間たちを随分と驚かせてしまったが……構わなかった。今や周りの全てのことが些事としてしか認識できなくなっていた。ただ、その事実一つに思考の全てを支配されていた。


 だって感じるんだ。忘れるはずもないこの気配。あいつの――マタヒコの気配を。


 位置は現世。西の都は”アスカ”の地。気づけば、衝動のままに全力で一歩を踏みしめていた。

 自然と、口角が引き裂かれんとばかりに吊り上がっていた。

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