第14話 とある古墳人の⑥ 親友だから

 迎えた初陣、ミコは戦場にて人を初めて切ることとなった。


 あの凛とした人を寄せ付けない強い風格でもって、戦場を風のように駆け抜けた。その姿は正に戦神、自らが剣となったかのような鋭さをもって道を作り、活路を切り開いた。


 そして泣いた。

 一人切るたび頬に涙を声もなく、はらりはらりと大粒の涙を流した。

 すべてが終わった帰り道、奴は今度は声を上げて泣いた。馬上で身を小さく小さく縮こませ、声を上げて赤子のように、おおんおおんと泣いた。


 村に帰ってすぐに奴は王に頼み込み、後方に属することの許しを乞うた。目元を赤く泣きはらしたままに。

 普段はまるで見ることのないその真剣な態度に、王は首を縦に振かれた。




 弓矢の扱いは私の得意分野であったため、ミコには私がその技術を仕込んだ。

 あ奴は何も語らず、山にも人の元にも出かけず、毎日昼夜問わず稽古に励み続けて、一月もしないうちにものにしてしまった。

 それからしばらくの間、ミコは戦場では防衛線に徹し、罠をも使い、各村に鉄壁の防御を固めた。


 ミコのその様は、周りからは心の優しさゆえに、戦場で剣を血に染めることを拒んでいるのだと思われていた。その認識はおおむね正解であり、下民らなどはより一層好意的になったように思われたが、中にはその有様は軟弱であると良い目では見ない者もおり、また本人も恥じているようであった。






 しかしその直ぐ後のこと。王が一の皇子様に交代なされた。

 この現王が好戦的な性格をされており、各所に戦をしかけ、抵抗する輩は徹底的に武力を持って制するという考えを持たれていた。


 現王はミコの剣技をご覧になると、即座に戦場という戦場に送り込んだ。それは前線も前線、剣を用いる機会も少なくはなかった。


 ミコは戦には消極的であり、大抵は敵と交渉して被害を最小限に抑えていた。が、いざ戦となれば、敵には容赦なかった。その戦略は極限まで仲間を気遣ったものであり、絶体絶命の窮地に立たされたとしても決して配下を見捨てることなく、逆に自らを囮として、身を挺して配下を助けるような戦い方をしていた。

 数々の戦を通し、ミコは少数ではあるものの直属の配下全てを生還させた。守り切ったのである。


 配下の内、多くの者が危ういところで命を救われた経験を持っており、ミコのその活躍を称え、主として絶大な信頼を寄せていた。

 ミコもその声にいつもの”おふ”の調子で答えていたが、私は見逃さなかった。戦の度に奴の顔色が真っ青になっていたことを。


 奴の優先順位はどこまでも仲間が一番であったが、仲間を助けるために敵を完膚なきまでに殲滅することもあった。

 それにミコがいつも酷く傷ついていたのも、私だけが知っていた。




 また、ミコはいつも自分を犠牲にするような戦い方をする。

 ミコの生命力及び回復力が常人離れしていることは、共に戦に出る配下の者は全て知るところである。村の者も頑丈であるだとか、強靭な胃腸を持っているくらいには思っているだろうが、ミコのアレはそればかりではとてもとても済まないようなものであった。


 何を食っても消化しきる胃腸にものを言わせ、ミコはいつも食料が心もとなくなると、配下に残りを食わせ、自分は野に生える野草を煮て喰っていた。その中に、食えば一発で死に至るような毒キノコが混じっていたという情報は、他の配下が私に報告したことである。


 極めつけは、あ奴が怪我をしているところを見たことがないということだ。否、その怪我を負った瞬間は何度も見れど、負傷したままでいるところを見たことがないのだ。


 ミコはよく己の身を盾にして味方を庇う。

 身に迫る危険というものは、そもそも戦略的にあうことすら少ない上、敵がこちらの首を取りにやってきても、ミコの剣技の元にほとんど切り伏せられてしまう。しかし、全員を守り通すことの難しさは筆舌にしがたい。

 幾重もの布石を潜り抜けてきた、配下を狙う敵の攻撃に、ミコは咄嗟に自分の体を盾にする。


 ある時は矢を背中にいくつも受け、ある時はわき腹を剣に切り裂かれ、またある時は暴れ馬に蹴り飛ばされて数尺飛ばされたりなどしていた。

 そのいくつかは致命傷となってもおかしくはないような具合であったのに、部下の安全の確認をすれば、大抵何事もなかったかのようにへらりと笑ってみせるのだ。


 そして不思議なことに、傷を受けたその日の動きがぎこちなくとも、一晩眠れば次の日には普段通りの動きが出来るようになっていた。

 それはつまり、怪我を負ったその日に傷が塞がってしまっているということに他ならない。


 そのことをミコが隠そうとしているのは、周知の事実だった。

 確実に負ったであろう傷を見ようとすれば、のらりくらりと躱され、手当てすらさせてもらえない。私が実力行使に出ようとしても、この時ばかりは殺気までも用いて本気で抵抗されるのだ。


 どうせ「不気味に思われたくない」だとか「嫌われたくない」だとか、そのようなチンケな理由なのだろうが、最早”ミコだから”という共通認識を持っている我ら配下の衆は、全く気にしていなかった。全員がミコに助けられた経験があり、心の底から慕うことはあっても、嫌うはずもないというのに。思い悩むだけ無駄なのだ。

 だが、あちらが隠そうとしているのならば、それに従い見て見ぬふりをするのが定石だろうということで、今のところまとまっている。






 現王はそんなミコを戦に出したきり各地を回らせ続け、私たちは幾日も村へ帰ることが出来なかった。否、奴が帰さなかったのだ。

 ミコの奴は何度も、配下我らだけでもと村へ帰そうとしたが、誰一人として従わなかった。


 現王も、昔は何かとこの弟を可愛がられているようにも見受けられたが、いつごろかその気は消え失せてしまわれていた。


 およそ、妬みであろう。

 ミコは奴が王であり続けるには十分な脅威であると言えた。


 奇行にまみれて忘れがちだが、実際あ奴が残した功績は大きい。箸の交易による利益は凄まじいものであるし、罠によってもたらされる山の幸や、その防衛機能は馬鹿にできないものがある。その他奇行の末に残された副産物らが巡り巡って、こが国は大きく発展することとなった。


 捨て置けないのが人徳である。

 ミコのあの誰にでも気さくな性格に触れたものは、少なからず皆絆される。全ての者を等しく扱うその態度は、本来王族あるまじきものではあるが、外では鉄壁の仮面を装備しているがために外聞も問題ない。その外面の方も頼りがいがあると言って、外の者からの人望を集めている。


 あの”おん”と”おふ”の態度のどちらにも人を引き付ける何かを放っているのだ。それは老若男女身分問わず、その威力妖術のごとし。ミコを王に据えよとは、皆心の底では少なからず思っていることだろう。

 実際、苦楽を共にし接する機会の多かったこが村の下民らは、揃ってそう思っているに違いなかった。


 それとは対照的に、民を蔑み、重税を課し、各々が慕う人を本人の意思に沿わず無理やり戦地に送り込んだきり帰さず、だというのに自身は居館にふんぞり返って戦に明け暮れる暴君の様は、恐怖と絶望こそ与えど、その人望はたかが知れている。


 その心を皆声に出さないのは皆一様に、現王を恐れてのことだけではなく、当の本人が政には興味がないと至る所でぼやいている故のことであろう。




 奴が意思さえ見せれば、政を手中に収めることはきっと容易い。


 しかし、あ奴はその言葉通りに、本当に政に興味がないのだろう。

 それに自由で一か所に囚われないでいる方がミコらしい。いつも通り奇行を繰り返し、周囲を引っ掻きまわしては快活に笑い、弱きものと視線を合わせて共に苦楽を分かち合うのがミコの有り様だ。


 くるくると感情を表に出すような、まっこと分かりやすいあ奴の姿が見れなくなるのはつまらない。

 そう思わされるのは、あ奴の戦略なのだろうか。否、ミコのことだ、きっと何も考えていないのだろうな。第一、奴が王になったところで、一か所にとどまるような器にはとてもとても思えない。






 馬上、駆け足で草原を駆け抜けつつ風を浴びる。

 横に並ぶミコを見やれば、どこか疲れた顔でいた。みずらも解けて、二つにくくられた、黒くまっすぐで艶やかな髪の房が二つ、後ろにたなびいていた。


 今日も今日とて戦に駆り出され、その直後にモノノ森まで呼び出しを食らった。私がそれについて行くことをミコは断ったが、強引についてきた。


 あたりまえだ。お前のいくところが私のいくところ。あの友となった日より、心に決めている。


 繰り返される奇行の数々。

 傍目には奇怪に映るその言動の数々も、私の目には珍妙だが愉快なものとして映っていた。私も大分、あ奴に毒されてしまったようだ。まあ、責任は取ってもらうつもりだがな。




 ミコ、やはりお前は王になるべき男だ。

 これは私だけの思いではない。身内、配下、民下々まで皆そう思っている。


 現王も難儀なことよ。

 本当に心の底から政に興味のないミコを虐げ、それにより今にも爆発しそうな周りの心を更に突つきまわしているのだ。それが自分の首を絞めていることに全く気付いていないのだから、全く哀れなものよ。


 触らなければ、きっとそのまま王の座に就き続けることも出来たであろうに。

 ミコが動かずとも、燻り続けたこの思いは直ぐにも弾けることとなろう。もういくらミコが政から離れたがろうが、周りはそれを許さないだろう。


 覚悟するんだな、ミコ。お前は、お前が思っているよりも多くの人から愛されているのだ。それもこれもすべて自分の蒔いた種。散々場を引っ掻き回して人々を誑かしたツケ、自業自得である。


 何、心配するな。お前がどこに行こうとも私は付いて行くさ。何故って―――




 私の名前はマタヒコ。かつては東の小国の王の嫡男、今はカガチノミコト様の側仕え、一の眷属にして、その親友だからな。

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