第5話 聖女の宣戦布告
私――
私は魔法を習得するため、神殿の僧侶たちに魔導書の読み方から教わっている。魔導書は神秘の秘匿のために暗号のような文字を読むだけでなく、その文章が一見ただの日記や料理のレシピ本のようになっている。その文章を解読するのも一苦労だ。
勉強が一段落すると、タイミングをはかったようにベルガモールが訪れてくれる。ベルガモールと他愛ないお喋りに興じるのは幸せな時間だ。推しが目の前にいると思うと最初は舌が回らなかったが、最近はだいぶ打ち解けてきた、と思う。ベルガモールは漫画で読んだとおりとても親切で、この世界に慣れない私に優しく接してくれる。彼女が帰ったあとはますます勉強に気合いが入るというものであった。
ある日、ベルガモールは私を城下町まで連れ出してくれた。神殿に籠りきりだった私には、一息つけるいい気分転換だ。……デュランさえついてきていなければ。
なんでコイツがここにいるの? ベルガモールにはデュランに近付かないように警告したはずなのに。
「お許しください、リク様。神殿から護衛をふたり以上つけるようにとうるさくてね」
まあ、デュランがついてきても私ひとりと変わらないがね、とベルガモールが冗談めかして笑うと、「ひどいなぁ、団長」とデュランが腑抜けた顔で笑う。その表情が、声が、私の神経を逆撫でした。
「……ベルガ様、私、喉が渇いてしまって……お金を渡すので買ってきていただけませんか?」
私は僧侶から渡されたお小遣いを財布から出そうとしたが、
「いえ、このくらいは奢らせてください」
ベルガモールは固辞して颯爽と飲み物を買いに向かった。
広場の噴水のふちに、私とデュランが隣りあって座る。
「……デュランさん。ちょっとお話があるのですが、よろしいですか?」
「え、俺に? 何でしょう」
デュランは不思議そうにぱちぱちとまばたきをする。
「ベルガ様にもう告白はしましたか?」
「なっ、」
デュランは私の言葉に、顔を真っ赤に染める。
「なっ、なっ、なんで……! あっ、いや、もしかして聖女様の千里眼!?」
「ご想像にお任せしますけど……その様子だとまだのようですね」
私はジトッ……とした目でデュランを睨む。
「……わかりました、もうお見通しのようなので言いますけど、今度、デートに誘おうと思ってて……あ、そうだ。聖女様ならどんなシチュエーションで告白したほうが上手くいくとか分かるんじゃ――」
「知ってても教えませんけど」
漫画の中でデュランがベルガモールに告白するシーンは確かにあった。その通りにすれば告白は成功するだろう。
でも、絶対に教えてやらない。
「デュランさん」
私は噴水のふちから立ち上がり、座ったままのデュランを威嚇するように腕を組んで仁王立ちする。
「あなたには絶対にベルガ様を渡さない。邪魔するなら容赦しない」
「へ……?」
デュランは、私の台詞の意味が理解できないらしく、口を半開きにしてポカンとしている。ホント腹立つな、コイツ。
「あの……聖女様? それはどういう――」
「リク様、遅くなりまして申し訳ございません」
ちょうどベルガモールが飲み物を持って戻ってきた。
「ありがとうございます、ベルガ様」
私はとびきりの笑顔でジュースの瓶を受け取る。
「それでは、観光の続きを致しましょうか。リク様に見てほしいものがたくさんあるのです」
ベルガモールが差し出す手を受け取って、私たちは城下町の散策へと繰り出した。デュランは三歩後ろをついてきているようだった。
――宣戦布告はした。あとはデュランがどう出るか。そして、その対策を考えなくてはいけない。
私は観光を楽しみながら、今後のことについて思考を巡らせていたのであった。
「――璃玖……璃玖よ……」
また、あのドラゴンの夢か。
「璃玖よ、お前は実に面白い。俺の暇つぶしにもってこいだ」
「あなたは何者なの?」
「俺はただのドラゴンさ。お前を見守るいたいけなドラゴン。クク……」
どう見てもいたいけなんて柄じゃなさそうだが、見守るというくらいだし守護聖獣みたいなものなのだろうか?
「あなたは見守るだけ? 私に何かしてくれるわけじゃないの?」
「もう力は貸してやっただろう? この世界に飛ばして、魔法や奇蹟も起こせるようにしてやった。あとはお前次第だ」
『白藤の騎士』の世界に来たのは、コイツの仕業だったのか。
まあ、それについては特に恨みはないし、むしろベルガモールに対面できてラッキーというか。
「どうして私に力を貸してくれるの?」
「言っただろう? 暇つぶしさ」
随分尊大なドラゴンだ。信用していいのだろうか。いやまあ、ドラゴンなら尊大でも仕方ないのかもしれないが。
「璃玖よ。既に勘づいているとは思うが、ここはデュランがベルガモールに言い寄る前の世界線。ここからなんとか打開すれば、お前とベルガモールが結ばれるかもしれんな?」
――原作漫画では、デュランはベルガモールに好意を抱き、猛烈なアタックを繰り返す。それに根負けしたベルガモールは、デュランへの恋心に気づき、ふたりは結ばれる――。
絶対そんなことさせるもんか。ベルガモールは私のものだ。
「さて、もう起きる時間だ。今日も励めよ?」
クク、と笑う竜の姿が霞んで――私は目を覚ました。
今日も一日が始まる。
デュランとベルガモールが結ばれる前に、私がベルガモールを奪還する。
両手で顔をぺちぺち叩き、よし、と私は気合いを入れるのであった。
〈続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます