第2話 マッチアップは突如として決まる

 丘を下った頃には日は完全に落ち、王都全体は暖かな光を灯していた。きっとあの丘からは、昼間とはまた違った景色を見ることが出来ただろう。

 城へと続く一本道には、出店や商店、酒場や大衆食堂など様々な店が賑わいを見せていた。あらゆる所で笑い声が聞こえるこの道は、この町に住む人々の憩いの場であり、同時に無くてはならない場所であることが目に見えて分かった。


 ユウキの住んでいた村から王都までは徒歩で片道3時間の場所に位置しているため、勿論この場所に訪れたのは初めてである。しかしながらこの雰囲気を楽しむことが出来ないのは、今向かっている場所が原因であることは間違いない。


 先程からすれ違う人達がこちらを見てはすぐに顔を逸らしているが、そんなに酷い顔をしているだろうか。隣を歩くシスターを見てみると、元から白い肌からさらに色素を抜いたような顔色をしている。光のない目に半開きになった口はまるで、アンデッドを思わせるようだった。まあ、実際に見たことはないけれど。

 自分ももしかしたらこんな顔をしているのかもしれないと思うと、すれ違う人達の反応は容易に理解できた。

 道中一言も喋らなかった二人は、いつの間にか街と城とを結ぶ橋の前まで来ていた。


「…着いたか」


「着きましたね」


「心の準備とか大丈夫か」


「大丈夫です。私はシスターですから。神が見守ってくれています」


「じゃあ、行こう」


 意を決した二人は、再び城内へと向かうべく足を進めた。




「勇者殿、シスター殿、よくぞいらっしゃった」


 城へと到着した二人は、出迎えてくれた執事に名前を言うと、直ぐ様玉座へと案内された。

 概ね、目の前に居座るおじいちゃんが王様で間違いないだろう。白髪混じりの髪の毛を全て後ろに流し、伸ばされた白い髭は綿のようにふわふわしていそうだ。


「シスター殿。そなたの得た天啓によりこうして勇者が生まれ、同時に人々の希望が生まれたことは、感謝してもしきれませぬ。褒美は用意してあります。後程、お渡しさせて頂きますぞ」


「えっほんとですか?」


 シスターの脇腹を肘で突く。


「グフッ」


 女の子が出すには些か可愛げのない声を漏らす。横目で視線を送ると、シスターが脇腹をおさえこちらを睨んでいた。


(痛いです!何するんですか!?)


(ほんとですか!?じゃねぇだろ!どんだけ図々しいんだお前!?)


「苦しそうな声が聞こえましたが、大丈夫ですかな?」


「だ…大丈夫です…」


「それは良かった」


 王様はシスターに向かって優しく微笑んだ。こんな自分にも丁寧に話してくれるところ、きっととても良い王様なのだろう。ここに来るまで自分の保身ばかりを考えていたが、今はこの王様の微笑みを消してしまう罪悪感が、さらにシスターの顔をひきつらせた。


「顔色が悪く見えますが、大丈夫ですかな?」


「あっ…はい…大丈夫です…」


「良かったです。体調が優れなくなりましたら遠慮なく仰ってください。救護室へと案内します」


「ありがとうございます…」


 王様の善意からくる優しさの一つ一つが、大木程の釘が心臓辺りを刺してくるような苦しさがあった。


「そして勇者殿。失礼ですが、名前をお聞きしても良いですかな?」


「ユウキ・アルバーンです」


「ユウキ・アルバーン。そうかそうか。良い名前です。今日からそなたは勇者ユウキとなるわけですね」


「いや勇者なんてそんな…名乗れませんよ…」


「いやいやご謙遜なさることはございません。そなたは紛れもなく勇者なのです」


「本当にそんなことないんです。聖剣は…」


 ユウキの目を真っ直ぐと見る王様に、真実を告げようと動かしていた口はいつの間にか動きを止めていた。抜けなかったと伝えたら王様はどんな顔をするだろうか。そう思うと、真実を伝えることに多少の躊躇いがあった。


「ユウキ殿」

 

 王様はユウキから目を逸らさない。ユウキもまた、王様から目を逸らせないでいた。


「どうか、世界を救ってくだされ。私は王になってから死力を尽くしました。しかし、魔王に怯え、苦しむ者達を沢山見てきた。今もそんな人達がいる。そんな中やっと差した光明なのです。ですからどうか」


((重い…))


 頭を下げる王様には対し、聞こえない程の大きさで2人は同時に呟いた。


「そういえばユウキ殿」


「はっはい。なんでしょうか」


「聖剣はどうなさった?一度見せて頂きたい」


 シスターと顔を合わせる。シスターは今がチャンスだと言わんばかりに、言え、言え、と口を動かす。意を決し、ユウキは口を開いた。


「聖剣はですね…その…なんというか…持ってないです」


「ほう?そしたら今はどこにあるのですか?」


「丘の上ですかね…」


「それはなぜ?」


「抜けなかったからです」


「え?」


「抜けなかったからです」


「……」


 王様の眉間に皺がよる。同時にコイツ何言ってんだ?と言いたげな顔をしていた。

 王様がシスターに視線を向ける。


「シスター殿」


「はい、なんでしょうか」


「天啓を得たのですよね?」


「得ましたね」


「本当に?」


「ほんとです」


「そしたら何故抜けなかったのですか」


「神は素質があるとおっしゃっておりました。しかし言ってしまえば、あるのは素質だけだった、ということになります。それが原因かと」


「しかしシスター殿。そなた、聖剣を抜いて魔王を倒し、平和にする者が現れるとお告げがきたと言っていましたよね?あれは嘘だったのですか?」


「それは…その…はい…盛りました」


 寝耳に水だった。シスターが既に一つ墓穴を掘っていた事実に、ユウキは驚きを隠せない。ユウキのなかで、シスターが嘘つき女に更新された瞬間であった。

 王様の顔から既に笑顔は消えていた。代わりに現れたのは、疑いと失望を織り混ぜた表情だ。最早誰も喋らなかった。当たり前と言えば当たり前だった。


「あっあの、そ…そこで私達、王様に提案がございます」


 沈黙を破るようにシスターが口を開いた。声を震わせながらも何とか言葉を続ける。


「なんでしょうか」


「要は聖剣って魔王を倒す近道なだけで、無くてももしかしたら倒せるんじゃないかなと」


「なるほど」


 王様が前のめりになる。興味を示しだしてきた。いいぞシスター。

 ユウキは初めてシスターに尊敬の眼差しを送っていた。


「それで倒せたら彼は勇者になりますよね」


「勝算はあるのですか?」


「ありません」


 曇りのない瞳で即答した。尊敬の眼差しは一瞬で軽蔑へと変わった。王様も呆気に取られている。いやそらそうなるわ。

 気を取り直した王様は、ユウキに顔を向けた。


「そなたはそれでいいのですか」


「俺は大丈夫です。既にシスターと話し合ってます」


「そうですか」


 王様は顎に手を置き、少し考えるといった様子で口を閉じた。やがて「ならば…」と口を開いたその瞬間、


「お待ちください!!!」


突然ドアが開かれた。ユウキとシスターが同時に振り返ると、そこには青年が一人立っていた。鎧に身を包み、腰に剣を差している青年はこちらを一瞥すると、王様へと視線を変え歩みを進める。


「グレア・ユーテリア…。聞いていたのですか?」


 グレアと呼ばれた青年は二人の前に立つと、王様へ敬意を表するようにその場で跪いた。


「盗み聞きしていたこと、非礼を詫びます。ですがしかし、聖剣を抜けなかったこの者達が魔王を倒すなどと、このような戯れ言を真に受けるつもりでございますか?」


「うむ、そなたの言い分も一理ある。だが、彼等が倒すというのであれば話は別だ。彼、ユウキ・アルバーンは兎にも角にも、神から素質を認められし者だ。ならば少しは信じてもいいかなと、私はそう思った」


「王様…」


 意外と認めてくれていたみたいで安堵する。だがそれも束の間だった。


「お戯れが過ぎます我が王よ。こんな村人Aみたいな顔した男に、勇者の素質があるだなんて。しかも魔王を倒す?不可能に決まっていますよ。こんな男が倒せるなら赤子にだって倒せます」


 やだな泣いてないよ?

 目から溢れた塩水を拭っていると、シスターが肩に手を置き、哀れむような表情でこちらを見ていた。


(なんか…ごめんなさい)


(マジで哀れまないでくれない?)


(村人Aでも役割はありますよ…!多分…)


(……)


 フォローになっていない。というかむしろ死体蹴りしにきている。なにが悲しくてこんな気持ちにならないといけないんだ。

 なんてことを思っていると、グレアがこちらを見るや否や、音を立てて近づいてくる。あまりの圧に後退ってしまう。


「ならば我が王よ。私とこの男で決闘させてください」


 藪から棒に何を言うんだ。騎士と戦うなんて冗談じゃない。こちとら剣を握ったこともなければ戦ったこともない。畑を耕し、育てることしかしたことないんだ。

 そんなユウキを他所に、更にグレアは言葉を続けた。


「私がこの男に勝った暁には、この男を村に返し、我々が魔王を倒しに行かせてください」


「ちょっ黙って聞いてれば何を言いだすんですか。こんなこと良いと言うわけないでしょ?今日の昼間まで、毎日畑を耕していた村人なんですよ?そんな剣も握ったこともない俺に戦わせるなんて…王様は分かってくれますよね?」


「分かった」


「王様、俺信じてました」


「但しグレア、そなたが負けたらこれ以上の口出しはしないと誓え」


「王様?俺の話聞こえてました?」


「分かりました。誓います」


「勝手に誓うな?」


「黙れ村人A」


「……」


 もう帰りたい。

 助けを求めるように横を見ると、当事者の筈のシスターが退屈そうに欠伸をしていた。

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