8.別に

 置いてきたビーチサンダルを目印に岸に戻ろうと目を投げると、そこにあるのは由香奈のものではなかった。考えることは同じらしく、波打ち際にはビーチサンダルやマリンシューズが点々と置き去りにされている。

 左右を捜して、浜辺の岩場寄りの方に自分のオレンジ色のビーサンを発見した。ずいぶんと西側へと流されていたようだ。


 とりあえず海から上がってしまおうと波に浮かぶ浮き輪の子どもたちを避けながら海中で足を動かす。

 お腹まで海面にあがって胸元の浮力が消えると、ずしりと体の重さを感じた。水着がずり落ちている気がして、由香奈は膝を屈めて海中に胸元を隠して確認した。

 やっぱりビキニなんて自分には無理だった。パーカーを着ていればよかったとクレアに怒られそうなことをまた考える。


 自分のビーサンのところへと戻ると、そのすぐ脇で幼稚園くらいの女の子が砂遊びをしていた。

「ごめんなさい、邪魔だったね」

 慌ててビーサンを手にとって声をかけたが、女の子は顔も上げずに黙々と砂の山を作っている。

 夢中なんだなと思ってそれ以上はしつこくせず、由香奈は春日井の姿を求めて岩場の方に顔を向けた。が、春日井も子どもたちもいない。


 どこへ、と不安になってあっちを見たりこっちを見たりして探すと、いつの間にか海上の飛び込み台へと移動したらしく、更にたくさんの子どもたちに囲まれていた。体を持ち上げて海に放り込んだりしている。それが大人気らしく順番待ちの列ができていた。


 由香奈は脱力してその場に腰をおろした。とにもかくにも春日井らしい。見つめていると、気がついた彼がぶんぶんと手を振ってよこした。由香奈もそっと手を振り返す。彼は彼で由香奈を探していたのかもしれない。


 優しい彼に不満はないし、こんなふうに全力で子どもたちに向かう姿を見て好きになったのだ。不安を感じるなら、それはあくまで自分の心の問題だと由香奈は思った。

 彼は、本能で相手が何をしてもらいたいか悟ってしまうような人で。だから由香奈のことも抱きしめてくれた。あのクリスマスの夜の確信が今の由香奈にとってのすべてだ。

 それなら、あれ以上のことを彼がしないのは、自分がそれを求めてないから……?


 砂浜に投げ出した両足に寄せては返す波を受け止めながら、由香奈の思考も行きつ戻りつする。


 別に。それが絶対だなんて思わない。あの行為と愛情は結び付かないことを自分はよく知っている。だから別に、しなくてもいいことで、したいとは思ってないはずで。でもモヤモヤしているのは事実で。それは要するに、彼が何をどう思っているのかがわからないからであり、ああ、でもそれでは彼のせいにしているみたいでやっぱり嫌だし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る