6.ダメじゃないのに

 かして、と上向けられた彼の手のひらを見つめて由香奈は固まった。

 日焼け止めを塗ってもらう。ということは彼の手が肌に触れるということ。汗でべたべたの自分の肌に。


「だ、ダメですっ」

 涙目になってふるふると首を横に振る。

 春日井は一瞬真率な顔つきになった後、申し訳なさそうに小さく笑った。

「ごめん、つい。大丈夫、触らないから」

 さりげない様子で人の多い波打ち際へと視線を投げつつ由香奈に背を向ける。


 違うのに。思っても、由香奈はぎゅうっと喉が閉まって言葉が出ない。拒んだわけじゃない。いや、拒んだようなものだけど、違う。彼がそんな申し訳なさそうに謝るのは違う。悪いのは、汚い自分の方だ。そもそも触れられるのが嫌なわけでもない。恥ずかしくて、そんなこと考えられなかっただけだ。


 妙な空気の中で、誤解を解きたいと思っても、考えれば考えるほど頭が熱くなってじっとりと汗が噴き出てくるばかりで。

「ダメじゃないのに……」

 ようやく舌の上に乗ったつぶやきは、小さすぎで由香奈自身でさえ自認できなかった。




 準備ができて波打ち際へと向かう頃には、由香奈はもういっぱいいっぱいだった。水分補給したせいで、また首筋を汗が流れる。

 今から干潮で、海面はどんどん岸から遠ざかってしまうと海の家の人が話していたのを思い出しながら、波の跡ででこぼこになった砂浜を歩いた。うつむいて、赤っぽい海藻や木くずをよけながら歩く間にも波音が大きくなってくる。


「海に入るの久しぶりだ」

 白い泡を跳ね上げて寄せてくる波間へと春日井は足を踏み入れた。

「うわ、あつっ」

 日射しが強いから水深のない浅瀬では海水も温まっているようだ。

 彼と同じように由香奈もビーチサンダルのまま濡れて色の変わった砂地に立ってみた。


 ざざっと、波が広がってくる。お風呂のお湯のような温かさを足首まで感じた。

 少しの間のあと、ビーサンの周りの砂を抉るようにして波が引いていく。その力が予想外に強くて由香奈はよろめく。


 隣にいた春日井がさっと由香奈の二の腕をつかんで支えてくれた。彼の指の一本一本まで肌にやけつくような感触がして、由香奈はどきりと心臓を跳ねあげる。が、次の瞬間にはぱっと手を離されて泣きたい気持ちになった。

 まるで投げ棄てられたように感じたのは、自分が過敏になっているからで。そう重々承知していても寂しく思ってしまう。もう自分でもわけがわからない。

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