4.あるものはある、ないものはない



 結局のところ、また流されて水着なんかを着てしまったわけだが。クレアに褒められた由香奈は後戻りしそうになる意気地のない自分を叱咤する。


「さ、行こう」

 今朝、アップにセットしてくれた由香奈の髪の具合を確かめてから、クレアは颯爽と更衣室を出て行く。


 白いビキニの由香奈に対して、クレアはキリッと真っ黒でシンプルなビキニ姿だ。合わせて髪色も艶やかな黒にして背中に垂らしている。その頭の上に黄色いフレームのサングラスを乗せ、手足のマニキュアもビビッドな色々をアトランダムに配色し、ほどよい丸みから続く健康的なデコルテにはラメのペイントを施している。

 すらりとした美脚もみどころで、どうして自分と脚の長さがこんなに違うのだろうかと思ってしまう。


 由香奈はといえば、何しろバストとヒップのボリュームがちぐはぐな体形だから、ミチルさんはバランスを取るためにオーバースカートを用意してくれた。ウエストのサイドに大きなリボンのついたミニ丈のフリルで、あしなが効果のあるスリットもフリフリしていてガーリーで。そして裾にはベージュの糸でカトレアのワンポイント刺繍を施してあった。


『プロテクターやら水着やら、妙なモンばっか作らせて』

『いいじゃん、ミチルさんだって楽しんでるでしょ』

『……あんたら、いつかはブライダルの注文をくれるんだろうね?』

『もっちろん。喜んで!』

『はあ。いつになるやら』

 ミチルさんのぼやきにはまったく同意で、由香奈は結婚なんて程遠く感じる。でも、ミチルさんからの課題通り、カトレアの花言葉に少しでも近づけるようにとは思うのだ。


『たかだか脂肪のかたまりに大きいの小さいの一喜一憂してないで、あるものはある、ないものはないでいいだろう。ずっと付き合ってくもんなんだから』

 ミチルさんがこぼした境地は、次元は違うけれど、こども食堂で活動する中で由香奈が感じ始めていたことだった。

 ある人もいて、ない人もいる。それぞれで、それぞれ認め合って、それぞれ幸せならそれでいいのに。そんな真っ平らにはいかないことはよくわかっているけれど。園美さんや春日井はちゃんと現実を捉えたうえで理想の世界を見てる。


 だから由香奈も、せめてきちんと顔をあげていたい。だからもう、背中を丸めないよう精一杯肩を反らせてクレアの後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る