酩酊短編集
狗堂廻
ねぎ
みんなが、おれのことを「葱だ」「葱だ」と言うので、おれはどうやら葱らしかった。
自覚は無かった。
物心ついた頃には、細身のママさんとか、無口な豆腐とか、軟派な蜂蜜とか、かわいい林檎とかがいて、そいつらの中で俺は一番ママさんに近い存在だと常々思っていたので、深夜の集会でそう言われた時はなかなかのショックだった。
いつかはおれも洗濯したり客と洋酒を飲んだりパチスロで勝ったりできると思っていたのに。
翌日、洗濯物を干し終わったママさんに「おれはママさんとは違うのですか」と勇気を出して訊いてみた。
「うーん、そうね。あなたは葱だし」
「葱はパチスロできませんか」
「できないわね。あなたは鍋に入ったり、豆腐にかけられたりするのよ」
豆腐か…。あいつは正直恐い。いつも黙ってて何を考えているか分からないし。どうせかかるなら…
「林檎にはかかりませんかおれは」
「それはないよ」
「鍋に林檎は」
「もっと無理」
「じゃあ逆に林檎がおれにかかりませんか」
「林檎が好きなの?」
「そ、そそそんな、そんなわけあるわけななないじゃないっすか」
おれはその夜住処を抜け出した。葱を辞め、蜂蜜になるために。
しばらく進むと、目の前にバカでかい犬が現れた。ママさんの飼っているケビンだ。こいつは見境無くなんでも食べる。マズい。案の定ケビンは俺を見た途端大きな口を開けた。
もうだめだと思った時、おれの前にたくましい純白の立方体が立ちはだかった。豆腐だ。
ケビンは豆腐の端っこを食べ、その曖昧な味に首をかしげている。犬なりに食の奥深さを噛み締めているようだ。
「さあ葱!今のうちに逃げるんだ!」欠けた身体で、豆腐はおれを引っ張っていく。「…そっと出て行く君を見て胸騒ぎがしたんだ。間に合ってよかった」
豆腐の意外な一面を見た。おれはその優しさにキュンてなった。やばい。豆腐好きかも。
次の日、林檎がデザートになった。蜂蜜のやつがニヤニヤしながら一緒に行った。
ちょっと惜しい気がしたが、おれには豆腐がいる。冷奴や味噌汁になるのが楽しみだ。葱も悪くない。
その夜、ママさんが腕を振るってニラ豆腐をこしらえた。バカな。
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