第234話 顎クイって何ですか?

「バーディー、そんなこと言うなよ!

一緒に故郷へ帰ろう」

サットンがバーディーの説得にかかった。


「今更帰れるわけないだろ?

ましてや2人で帰れるか?

サットン、お前は好きにしろ。

俺は帰らない!」

バーディーはかたくなだ。



これは、僕が脇から口を出すと、ますますこじれるだろう。

コミュ障の僕にも、その程度の分別はある。


バーディーの額と頬には青アザがある。

あれは、僕がスッ転ばせた時に付いたモノだろう。


もちろん、僕の頬も熱を持って腫れて、多分青あざになっている。

バーディーに殴られた所だ。

お互い様である。


……まともな治癒術が使えれば、すぐ治せるんだけどなぁ。

僕の治癒術だと、熱か、咳か、クシャミか、吐き気か、副作用で今より状況は悪化する。



「お前は、勝手に帰れ。

ここで分かれ道だ。

それだけだ」

バーディーは臍を曲げたのか、サットンの説得に全然耳を貸す様子がない。



「バーディーさぁ」

メリアンが口を出した。

「帰りなさいよ。

そんな痩せて、ちっとも格好良くないわよ」


バーディーが唇を引き結ぶ。


メリアンなりの、バーディーを故郷に返すための台詞セリフ

多分そうだろう。多分な。

しかし、バーディーはさらにかたくなになったように見えた。



どうするんだよ?

改めて、僕が説得するか?


メリアンよりはマシかな?


「ええとバーディー、借金に関して説明するよ、複利だと……」


「黙れ、クリフ。

俺はお前が嫌いだと言っただろーが!?ああ?

だいたい、メリアンを『暁の狼』から盗りやがって」


いや、えーと。その。



「メリアンさんを誘ったのは、私。

クリフ・リーダーは関係ない」

キンバリーがメリアンの脇から口を出す。


「黙れ、貧乳!」


「私が貧乳なのは事実だけど、メリアンが盗られたは事実じゃない。

事実を歪めると、判断を誤る。

レイラさんが言ってた」

キンバリーは冷静だった。バーディーと違って……。



「ともかく!

誰がなんと言おうが!

俺は田舎にゃ帰らないんだよ・・・・・・・!!」


どうする?どうやる?

何を言っても逆効果になりそうだ。



その時だ。


「そのバーディー、私が面倒を見よう」

ハロルドさんの落ち着いた声が聞こえた。


「えっ?」


えっ?



昨日、ハロルドさんと『雷の尾』は戻って来た。

ホリーさんとネイサンさんの村での結婚式も、無事村人に祝福されて終わったそうだ。


そんなわけで今日の談判も、ずっと5人で見物していた。

そして、ハロルドさんは、『雷の尾』のテーブルのいつもの席に静かに座っていた。



「ちょうど『雷の尾』は、ホリーが抜けて、6人目を募集している。

今の『雷の尾』にとって、バーディーを入れることは悪くない選択だ」


マジすか?


「良いのか?ハロルド。

あまり優秀とは思えないし、手間も掛かりそうだが」

トビアスさんが言う。


「かまわない。若者を育てるのに手間がかかるのは当たり前だ」



以前、トビアスさんが言っていた。

今の二人は、よほど優秀で辛抱強くてやる気のあるリーダーじゃないと、めんどうを見れないと。


『よほど優秀で辛抱強くてやる気のあるリーダー』。


いたよ!



「マジかー。ハロルドさん、あのクソガキめんどう見る気かよ」

「太っ腹だなー」

「いやー、これもうさー、任せとけばいいんじゃね?」


見物人の冒険者達は、ワイワイのんきにしゃべっている。

僕もまあ、同じ気分である。


僕自身がバーディーを助けたかった気持ちはある。

間違いなくある。

でも、能力にも資金にも限界はある。

バーディーは僕の言うことを、全然聞きそうにないしサ。


より相応しい人が面倒と責任を背負ってくれるなら、それに越したことはない。



「俺は反対ッスよ!

こいつ馬鹿な上に、命知らずじゃないスか!

こういう奴は周りを危険に晒すんですよ。

もっとマトモな奴を入れましょうよ。

今の『雷の尾』ならもっといいヤツを誘えるっスよ!」

【安全第一の男】ギャビンは、反対している。


あー、やっぱり駄目か?

『雷の尾』が引き取ってくれればありがたいけど、今のバーディーはメリアン以上の問題児だからなー。



「いや、私はハロルドに同意する。

私はその人間族のバーディー、面白いと思うぞ」

イリークさんが意見を言った。


おおおっ?


さっきまで、ろくでもない解説を披露していた金髪超美形エルフのイリークさんだ。つかつかと前に出てくる。



イリークさんは、バーディーの顎を人差し指でクイッとあげて、顔を自分の方に向けた。


バーディーはイリークさんの美貌に圧倒されたのか、されるがままだ。



「こ、これは伝説の顎クイ!」

 

受付でノラさんが訳の分からないことを言った。



「なかなか面白い個性だ。人間族特有の資質だよ」


「こいつのとこが特有の資質なんスか?」


イリークさんは、バーディーの顔を見つめる。

形の良い唇の端には軽く笑みが浮かんでいる。


「自惚れと計画性のなさ。大言壮語。

万が一には実現させるかもと思わせる気合。

そして、客観性のなさ。

エルフ族には見られない資質だ」


……。


いやそのイリークさん、いくらなんでも酷くないですか?

人間族として反論したいです。


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