第79話 レースでトレーニングする
フィッティングの翌週、シゲさんに最後のパーツを交換してもらい、年末のロードレースの準備が整った。
後は自分のトレーニング次第だ。
そこで、レースをトレーニングの代わりにする事にした。
自分一人だと甘えて練習強度が下がる事もあるが、レースで相手がいると手を抜く事が出来ないからだ。
色々なレースの種類があるが、今年はロードレースを中心に参加する事にした。
昨年までは、スプリント力が最大限生かせる
苦手な上り区間も結構な距離がある。
徐々に長距離のレースに慣れていく必要があるので、昨年参加した全長約50kmのロードレースに再度挑戦する事にした。
去年参加した時は中盤の標高約900mの山岳地帯が勝負所で遅れて、ゴール直前で先頭集団に追いつきそうになったけど、結局力尽きたのだったな。
レースに参加する事を仲間に伝えたら、今回エントリーしているのは私以外では木野さんと利男の二人だけだった。
去年参加した時は東尾師匠、南原さん、北見さんも一緒だったから、前回の半分の人数しかいない。
圧倒的に不利な状況だけど、3人とも成長しているし、愛車の性能も大幅に上がっている。
どれだけ速くなれたか確認するには丁度良い。
*
レース当日。
受付で検車を済ませて、スタート地点で3人集まって整列した。
「周りの選手が速そうに見えて緊張しますねぇ」
「相手が速そうだから楽しいんだろう。なぁ?」
利男が私に同意を求める。
「そうだな。相手が強くて全力で戦えるのは楽しいよな」
「そうですかぁ。僕は勝ちたいですけどねぇ」
「それは私も同じだよ。でも、今日は他の選手の胸を借りてトレーニングするのが目的かな。勝たなければならない相手は今日はいない」
「熱いね。でもその相手に勝ちたいなら、先頭集団に残る実力がないとな」
「僕は前回下りでドロップアウトしましたからねぇ。アシストは出来ないですよ」
木野さんが急に不安そうな声をだす。
そう言えば、前回は登りでアシストしてくれた後に遅れていたな。
「何でそんなにダウンヒルが苦手なんだ? 勝手に加速するから体力が必要ないと思うのだが」
「勝手に加速するからじゃないですかぁ。スピードが出過ぎるんですよ。生身で時速60kmを越えるなんて恐怖ですよ」
良く分からないな。
木野さんは普段スプリントが得意になりたいと言っているのに、スピードが出るのが苦手なのか。
時速60kmはスプリントで出せる速度なのに……
全力でバイクを振りながらスピードを出すより、下りで座ったままスピードが出る方が、バイクが安定していて安全なのに。
自分で出せるかどうかでスピードに対しての恐怖感が違うのだろうか?
私は10%を超える斜度の坂道が続く方が、走り切れるか不安で恐怖を感じるのだけどな。
「60km程度でビビってたら、スプリント出来ないだろ?」
「僕は55km位しか出ませんよぉ! 利男は出せるんですか?」
「ギリギリだけど出るさ」
木野さんと利男の掛け合いは面白いから見続けたいが、スタート時間が迫って来ている。
「そろそろスタートだ」
私がスタート時間が近づいている事を伝えると、木野さんと利男の顔つきが変わる。
プロではないが、二人は生粋のレーサーなのだ。
パァーン!! スタートの合図が鳴りレース開始となった。
最初の区間はしばらく平地が続く。
直ぐに速度が上がり時速40~45kmで巡行が始まる。
私達の位置取りは先頭集団の中心付近だ。
集団の後ろでドラフティング効果が得られている状況なので楽に走れる。
愛車の空力性能が向上しているから漕ぎ続ける必要がない。
速度が少し落ちそうになったら軽く漕ぐだけで速度を維持出来ている。
「大丈夫か
利男が木野さんを気遣う。
去年は平地が苦手な木野さんが苦戦していたからな。
「問題ないですよぉ。去年より平地も速くなりましたからねぇ。ゴールまで先頭集団で頑張りますよ」
「そいつぁ頼もしいね。猛士も頑張れよ!」
「先頭に残り続けるのは無理だな」
「おいおい、もう諦めたのか。レース始まったばかりだぜ?」
「そうですよ、一緒に頑張りましょう」
木野さんと利男の二人に誤解されてしまった。
上りで先頭集団から遅れるから、先頭に残り続けるのは難しいという意味だったのだけどな。
当然の事だが、得意な下りと平地で先頭集団に復帰する予定だ。
「上りで先頭集団から遅れるだけだよ。最終的には下りと平地で先頭集団に追いつくさ!」
「それなら上りでアシストしますよぉ!」
「有り難いけど遠慮しておくよ。上りでアシストしてもらったら、逆に木野さんが遅れるからね」
「それなら途中は別行動だな。最後は全員でゴール出来るのを期待してるぜ!」
本当は木野さんにアシストしてもらえたほうが良いが、今日は自力で先頭集団に残りたいのだ。
それに木野さんにも先頭集団に残って欲しい。
年末のレースで勝つ為には、今日のレースで順位を狙うより、全員で高みを目指す必要があるのだ。
レース中盤の山岳地帯目指して、一緒に先頭集団で走行を続けた。
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