第64話 雨

 1周目を終えて体が温まってくると、立ち上がり加速のキツさも少しは慣れてくるものだ。

 だが、体力とパワーが低い選手は徐々に脱落を始めた。

 立ち上がりで先頭集団の加速についていけない選手。

 集団内にいても直線部分の巡行で力尽きる選手。

 結構人数が減ったが、まだ50人くらいはいるだろうか。

 参加選手の中で最弱だと思っていたが、どうやら実力が上がっていたようだな。今までのレースでの経験、師匠たち実力者とのトレーニング。若者に比べたら成長は遅いけど確実に成長している。

 逃げる選手がいなかったのだろう、2周目も1周目と同じレース展開だった。コーナーで時速30kmまで減速して、立ち上がりで急加速して時速43kmで巡行する。

 徐々に脱落する選手が出ているけど、利男と木野さんは見当たらない。まだ、先頭集団の先頭付近で頑張っているのだろう。凄いな二人共。私も負けられないな、一応チームリーダーなのだから。

 何とか3周目を迎えたが足が重い。

 先頭集団の人数も30人程に減っている。私が残れているのが奇跡の様だ。

 普段は強力なパワーを発揮する太ももが鉛で出来た分銅の様だ。重りの様な太ももを必死に上げながらペダルを踏み込む。得意な平地なのにヒルクライムをしているような感覚だな。

 疲労が足から徐々に上半身にせり上がってくる。上半身の感覚が徐々に鈍くなっていく。危険だな。上半身の力が抜けて蛇行したら周りの選手にぶつかってしまう。真っすぐ走る様に意識を保つ。

 必死に前の選手にくらいついたら、3周目の最終コーナーまで先頭集団に残れた。

 腰を上げてバイクを振りながら加速するが足の動きが鈍い。腕力でバイクを振って疲れ切った足のサポートしようとするが、腕にも力が入らない。立ち上がりの加速で遅れて先頭集団が離れていく……ここで終わりか。

 周りには私以外にも遅れた選手がいるが、先頭集団を追いかける余裕はないようだ。周りの選手と協力する事も、自力で追いかける事も難しいか……あと一周頑張るだけだったのだがな。

 仕方がない。

 先頭集団には残れなかったけど、出来るだけ前の順位でゴールする事を目指そう。足が重いが何とか時速40kmで巡行する。弱っていても速度を維持して走れるのは、巡行が得意なディープリムホイールのお陰だな。それでも先頭集団は時速43km前後で走っているから、徐々に遅れていくだけなのが辛い。

 冷たい。突然、額に冷たさを感じた。

 雨が降って来たのか、そう思ったと同時に本格的に降り始めた。土砂降りではないからレースは続行されるだろう。ただでさえ鉛の様に重い体なのに、雨で冷えたら更に体が動かなくなるだろう。正直キツイが他の選手も同じコンディションなんだ。ひたすら耐えるのみ。

 どれだけ先頭集団から離されただろう? 前方を見ると……先頭集団が近づいている?!

 最終周回の第1コーナーを先頭集団が曲がる所が見えたが、明らかに今までの周回より速度が遅い。

 最終周回だからゴールスプリントに向けて足を温存しているのか?

 それとも雨の影響で減速しているのか?

 もしかしたら先頭集団に追いつける?

 そう思いながら第一コーナーに差し掛かった。集団で走行している場合は、接触事故を起こすから出来ないが、今なら大丈夫だろう。周りに他の選手がいないのを確認して、アウト・イン・アウトで速度を上げてコーナーを抜ける。

 今までの周回は時速30kmでコーナリングしていたが、今回は時速35kmだ!

 たったの時速5kmの差だが、立ち上がり加速での負荷は大幅に減る。そのまま時速40kmで巡行すると更に先頭集団が近づく。

 次のコーナーで更に速度を上げれば!

 先頭集団に続いて第2コーナーに侵入する。速度は時速40km。

 巡行と同じ速度でコーナリングして、立ち上がりで速度を上げれば先頭集団復帰だ!

 ガシャーン!!

 突然大きな音が鳴り響いた。

 誰か落車したのか?

 いや、自分以外に選手はいなかった……そう思った途端に自身の視界の不自然さに気付く。

 地面が左頬の傍に壁の様に立っている……違う、自分が倒れているのだ。

 落車したのは自分だ。

 単独だったから良かった。

 他の選手を巻き込んだら大変だからな。

 早くどかないと後続の選手の邪魔になる。

 愛車を道路脇にどけようと見る。

 片側が折れ曲がったハンドル、無残に折れたフレーム……

 修理しても走れる様にならないだろう。

 あぁ、夢見た愛車との勝利はもう訪れない。

 私の夢は終わったのだ……

 分かっていたハズだ!

 雨が危険な事くらい!

 なのに何で無理をした!

 勝てる実力もないくせに!

 何で自分なら行けると過信したのだ!

 何度自分に問いかけても答えは出なかった。

 私は壊れた愛車を抱えてレースを降りたーー

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