第51話 中年二人
走り始めは北見さんが先頭だったが、直ぐに入れ替わり私が先頭を走る。
ーーと言うと格好良く聞こえるが、実際は北見さんが速度を落として私の後ろについただけだ。私が遅れていないか、後ろを振り返りながら走行するのは危険だからだ。まぁ、北見さんと比較したら遅いけど適度な速度で走れている。
キツイ峠と聞いていたが、意外に走りやすいな。序盤だからなのかな。斜度も5~8%程度で走りやすい。今の私の実力であれば8%までなら普通に走れるからだ。所々10%くらいの私にとってはキツイ坂が出てくるが、腰を上げて
坂の変化が緩やかだから、得意なケイデンス70rpmを維持しやすい。右、左とリズミカルにペダルを踏み込む。
「どうだい? 走りやすいだろう? 斜度が安定していると、一定のリズムで走れるからな」
私の後ろを走る北見さんに声をかけられる。
「走りやすいです。この辺りは斜度が10%を超える場所が少ないから楽ですね」
「中杉君は10%でキツイのかい。それだと後半無理かもしれねぇな」
「そんなにキツイのですか?」
「後半は10%前後が続くからな。一番キツイ所で15%くらいかな」
確かにキツイ坂だけど、数値だけなら西野のお勧めコースと変わりはしない。今までの努力は無駄ではない。何とか乗り越えられそうだと思う。それに、ここで諦める程度の実力ならレースでは通用しないだろう。
「なんとか乗り越えられると思いますよ」
「本当かい? 無理そうだったら早めに言ってくれよ」
「分かりました」
話している内にトンネルが見えてきた。日中でもトンネル内は暗いから、侵入する前にライトを点灯した。トンネルに入ると閉塞感を感じて少し怖く感じる。道路が狭く感じて、車に追突されそうな気分になるんだよな。早く通り過ぎたいとの思いが強いからだろうか、知らない内に加速してペースが乱れていた。
トンネルを抜けた後、少しだけ下りの区間があったから助かった。足を休めて呼吸を整える。上りが続いていたらバテて足を付いていたかもしれないな。ヒルクライムは平地と違って基本的に休めない。平地なら多少足を止めても慣性で走れるけど、上り坂は足を止めたら停車してしまう。常に漕ぎ続けなければいけないから、疲れた足を回復するチャンスは殆ど無い。
今後は注意しないとな、これが実際のレースだったら終わっていただろう。レースでは下りでも足を休めずに加速するだろうから。
「そろそろ斜度がキツクなるぞ! 頑張れよ!」
背後から北見さんからの激励が飛んでくる。北見さんの激励を合図とするかの様に斜度が徐々に上がっていく。ここからが10%前後の区間か。つづら折りのヘアピンカーブをゆっくりと上り続ける。ひび割れた路面が辛さを倍増する。
北見さんから何度も声をかけてもらっているが、もう返事をする余裕はない。それでも走行上の注意点だけは理解して、黙々と上り続ける。
「この下りの後の上りで最後だ。頑張れよ!」
北見さんの激励を受けて足に力をこめる。見えた、頂上!
ここまで温存していた速筋の力を使い、スプリントで最後の100mを上り切る。
ふうっ、無事に上り切れたな。
去年始めた頃だったら途中で挫折しただろうけど、今の私なら初めて走る峠でも普通に上り切れるようになったのが嬉しい。走り終わったところで、北見さんと今後のトレーニング計画いついて話を始めた。
「中杉君は次回のレースまで、ここで走り込みだな」
「ヒルクライムだと下りがあるから効率が悪い気がします、スマートローラーでメニューをこなした方が効率良くないですか?」
そう言いながら、ネットで調べたヒルクライム用のトレーニングメニューを思い浮かべる。ヒルクライムはパワーデータを元に決めたパワートレーニングが効率的なハズだ。
「単純にパワーを付けるだけならそうかもな。でも、実走のほうが効率が良い体の動かし方を学べる。それに空気が良いから脂肪を燃焼させるのに丁度よい」
「脂肪の燃焼ですか、やっぱり痩せた方が良いですかね」
「そうだな。中杉君はもう少し痩せないとだな。あと5kgぐらい痩せたら結構速くなれるさ」
「そんなに早くなれますか?」
「なれるんだよ。脂肪が多いと心臓に負担がかかるからな。想像以上に効果がある。ロードバイクの重量を1kg減らすより、脂肪を1kg減らした方が圧倒的に速くなれるぞ」
「それなら北見さんを信じて頑張ってみますよ」
「おう。でも、レースに間に合わなかったら値段は高っけぇけど、軽量のロードバイクを買って誤魔化すか」
北見さんがニヤニヤしている。いつもの冗談だな。強引なようで、所々おどけてプレッシャーを抜く。結構心配性なんだよな。
さて、ここは話に乗っかってボケてみるとするか。
「軽くなるのは財布だけってオチですか?」
「でも、頑張った感は出るさ。予算的には」
「素直に努力で何とかしますよ」
峠の頂上で二人で笑い合う。不思議なものだ。
40才になってから年上の友人が出来て、こんなにも楽しく笑い合えるなんてな。
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