第48話 どうせならサラブレッドが良かったな

「おいおい、ギタリストだって? 落車で指を怪我したらどうするんだ? 演奏出来なくなるだろう?」


 興味を持ったのだろうか? 北見さんが佐々木さんに質問をする。


「心配ないさ。俺がファンに見せるのは演奏テクニックじゃあない。俺の人生そのものさ。最上位クラスで戦うレーシーな俺がクールなんだよ」

「うあっ、言ってる事が全く分からない」

「演奏が下手くそなだけじゃないのか? カッコイイって言ってるけど、レースだってボロ負けだろ?」


 佐々木さんの答えに対して、西野と北見さんがボロクソに言う。確かに彼の言っている事は私も分からないな。だが、彼はそんな私達の否定的な反応を気にも留めていない。


「分かってないなぁ。自分より強い相手と戦う姿がカッコイイんだよ。負け続けても立ち向かうのが俺の生き方だ」


 そんな私達に佐々木さんが自身を持って持論を展開した。何がカッコイイのかは分からない。だけど、『負け続けても立ち向かう』という所だけは共感出来る。何故なら、私も同じ気持ちでレースを始めたからだ。


「そうか、私は良いと思うよ」

「猛士は分かってるねぇ。同じソウルを感じるぜ」


 私が持論に同意したのが嬉しかったのだろう。佐々木さんが興奮した顔をしている。だが西野は、佐々木さんが私を同類と思っている事が面白くないようだ。


「一緒にしないでよ。猛士はこれでも真っ当な企業で部長職を務めてるんだから」

「フュゥーッ。そいつは凄げぇな」

「ありがとう佐々木さん」

「利男って呼んでくれよ。で、猛士は何でレースやってんの?」


 やはり聞かれるか。随分興味を持たれたものだ。


「ここには全力で戦ってくれる相手を探しに来てる。部長クラスになると全力で戦う相手がいなくなるんだよ。若い頃は上を目指すライバルと毎日衝突してたけどな」

「最高じゃないか! 俺も同じような戦う人生、目指してんだよね」

「それなら一緒に走るかい?」


 思わず佐々木さんを誘ってしまった。『一緒に走るかい?』とだけ言ったが、私のチームに所属しないかとの意味でもある。


「OKだ! 今までは一匹狼を気取っていたけどな。猛士達となら歓迎だ」

「おいおい、本当にポニー君を誘っちまうのかよ」


 北見さんが呆れた声を出す。佐々木さんを誘うのを反対しているのか?


「ポニーか……可愛いから嫌いじゃないけど、どうせならサラブレッドが良かったな」

「速くなれたら考えておくさ」

「北見さんは反対なのかい?」

「反対じゃないけどな。レースチームなら、もっと速い奴を誘った方が良いんじゃないか?」


 速い奴か……レースチームとしては正しい選択だろうな。でも、そんな事を言ったら一番に私が去る事になってしまうな。レース参戦組で一番遅いのは私だからな。


「速い人より、志が近い人の方が良いよ。レースチームだけど、プロチームではないんだ。所属するのは選手ではなくて仲間だろ?」

「そういう事なら問題ないさ。俺は北見だ。宜しく、佐々木君だっけ?」

「佐々木で合ってるよ。宜しく北見さん。後、君は?」


 佐々木さんはサラッと北見さんに挨拶した後、木野さんの前に立った。どうやら木野さんに興味があるようだ。木野さんは殆ど会話に参加していなかったのに何故だろう。


「僕ですか? 木野ですけど」

「木野なんだって?」


 佐々木さんが木野さんに名前を聞き返した。


「木野ただしです」

「そうか、ただしか。宜しく頼むよ先輩」

「先輩?! 僕が?」


 突然佐々木さんに先輩と言われて木野さんも驚いたようだ。目が不自然に泳いでいる。


「そーだよ。チームの先輩だろう」

「でも、他にもメンバーいるけど……僕?」

「さっきのレース、最高の走りだったぜ。無難な戦いを避けて勝負に出たところが良かった」

「見てたんですか? 僕は無名の選手なのに?」

「俺のポニーテールが目立ってるって言ってるけど、ただしのキノコ頭だって目立ってるんだよ」


 そんな理由で木野さんに注目していたのか……でも、木野さんの勝利にかける情熱を感じてくれているのは嬉しいな。私と木野さんと佐々木さんの3人は、負け続けながらもレース参戦する仲間って事だ。


「それよりレース終わるわよ」


 突然の西野の声で思い出した。

 東尾師匠がレース中だった。エリートクラスは周回数が多いから油断していたな。良く師匠のレースを忘れるが、わざとではない……と思いたい。


「いっけねぇ! 東尾君のレース見てねぇよ」

「東尾さんは、どこにいますか?」


 北見さんと木野さんも慌て始める。私が佐々木さんと話始めたのが原因だから、早く師匠を見つけなければ。


「いたっ、先頭から遅れてる」


 バックストレートを走行している東尾師匠を見つけたので、指を差して仲間に居場所を伝える。先頭集団は既にホームストレートを走り、スプリント体勢に入っている。大分遅れているが、無事に完走は出来るようだ。

 安心した私達はゴール前に視線を移した。目の前のゴールラインを先頭の選手達が通過していく。1、2、3……先頭集団は8人か。

 その後、師匠と2人の選手がホームストレートに帰って来た。師匠が急加速を始めた、今日はスプリント勝負するようだ。そして、一気に残りの選手を置き去りにしてゴールした。

 今日は9位か、流石スプリントが得意な師匠だな。先頭集団に残れていれば優勝が狙えただろう。

 話込んでしまって色々見逃してしまったが、肝心なところは見れて良かった。見れなかったところは動画のダイジェストで確認するとしよう。

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