第45話 2年目の実力

注)今回は1話冒頭のレースと内容が重複します。


 *


 今日はいつもの平地のクリテリウム周回レースに参加する日だ。今日、レースに参加するのは私と木野さんと東尾師匠の3人だ。他には西野と北見さんが応援に来てくれている。

 一番最初に出走するのはビギナークラスの私だ。木野さんは去年3位入賞で上のクラスに上がってしまったから、今日のビギナークラスは私一人なのだ。

 早速レースが始まる。最初はいつも通りローリングスタート。もう慣れたものだ、余計な心配もなく淡々とこなす。

 そしてリアルスタートを迎えて周囲の選手が急加速を始める。初めて走った時は緊張とパワー不足で苦労したな。今日は過去を思い出すくらいに余裕があった。南原さんとサイクリングを兼ねたインターバルトレーニングで鍛えたお陰だな。

 第1、第2コーナーはコーナリングが得意な私にとっては全く問題ない。周囲の選手に速度を合わせて軽く通過する。モータースポーツと違って自転車レースではコーナーで追い抜き勝負をしないから、速度を十分落として走れば気楽に走れる。コーナーでは無理をしないのが鉄則だ。

 バックストレートでも集団の中であれば問題ない。流石に先頭で走るには持続出来るパワーが足りない。持久力が中々育たなくて巡行時のパワーが不足しているのは問題だな。

 ヘアピンコーナーを抜けて立ち上がる。700W前後くらいのパワーの加速で先頭集団を追えるなら完走は確実だろう。初めてラップアウトの心配をせずに走行する。

 私にとっては何事もなかったが、周回を重ねる毎についていけない選手が出てくる。6周回目の時点で先頭集団に残っているのは私を含めて10名となった。元々23名エントリーしていたから集団の人数が半減した事になる。

 そのまま6周目を終えて残り2周、スプリントが苦手な選手が逃げ切る為に速度を上げる。流石に今以上に速度を上げられると、今の私の実力ではついていくのは非常にキツイ。立ち上がりが楽で速度が乗るバックストレートではそれほど問題はないが、この後のヘアピンコーナーからの立ち上がりが不安だ。

 ヘアピンコーナーを抜けたところで前走者が鋭く加速する。私も今までの周回通り700W前後のパワーをかけて立ち上がるが、距離を開けられてしまった。

 苦手なホームストレートで、先頭集団の20m後方の位置で独走する。ドラフティング効果の影響を得られず、空気抵抗を直に受けて走る。集団の立ち上がりの加速を見誤ったな。ここで無駄に足を使う事になるとは……

 ホームストレートを抜け、最終周回に入りっても先頭集団は速度を落とさない。だが、第1、第2コーナーを抜け、バックストレートで先頭集団から脱落した選手が出始めた。それでも私より10m先を走っている。

 最終コーナーであるヘアピンを抜けてホームストレートに躍り出る。

 私の前の選手は10m先に一人、更に先の選手は20m先だ。スプリントが得意とはいえ、今の状態で20m先の選手は追い抜けないだろう。だから今日のスプリントのライバルは10m先の選手だ!

 前走者の後ろについてドラフティング効果を得る為に、立ち上がりで腰を挙げて一気に加速する。

 サイコンが843Wを表示する。最終周回で疲れ切った体にしては上出来なパワーだ! ヘアピンコーナーで時速30kmまで落ちた車速が時速45kmまで一気に上がる。

9m……6m……4m……徐々に距離が詰まり前走者に追いついた。時速45km程度で追いつけるって事は相手も相当疲れてるって事だ。

 体格から推測すると相手はオールラウンダーだと思う。それなら勝つのはスプリンターの私だ。

 ゴールまで残り150mーー相手が重い腰を上げてゴールスプリントを始めた。私もすかさず腰を上げてスプリントを開始する。サイコンの最大パワー欄に975Wと表示された……この程度しかパワーがでないなんてバテすぎだろ! サラ脚ならホビーレーサーでも上位といえる1300Wのパワーを誇るのにな。915W……827W……678W……パワーがたったの4秒で600W代まで落ちる。

 速度は一瞬時速55kmまで上がったが、パワーの減少に合わせて時速50kmまで下がっている。それでもライバルの背後から飛び出し隣に並べた。スプリント中にパワーが回復する事はない、だから今出来る事は空気抵抗を出来るだけ減らす事だ。

 空気抵抗の荒波を掻き分けて潜る様に! 残り50m……これ以上落ちるな私のパワー! 足の力だけでは足りない。腕でバイクを振りながら、上半身の力を下半身に伝える。

 もう隣のライバルなど見ている余裕はない。見据えるのは計測用のセンサーが引かれたゴールライン。全身が悲鳴を上げ激痛が走る……それでも!!

 あと10cm……これでラストだあああああっ!全力で最後の一踏みを行う。そして、通過したゴールライン。隣を見ると隣の選手が悔しがっていた。

 あぁ、私が勝ったのだな。

 コースから出てゼッケンと計測用のチップを返却してレース仲間の元に戻る。


「おめでとう。初の一桁台かな? 結構頑張ったじゃない」

「やったな! 最終周回に入る直前に遅れた時は焦ったけどな。最後のスプリントは熱かったぜ!」


 西野と北見さんにお祝いされる。表彰台は遥かに遠いが嬉しいものだ。


「ありがとう二人共、何とか9位に入れましたよ。木野さんがいないけど整列時間かな」

「木野君なら準備に向かったよ」


 次は木野さんの出番だな。初のスポーツクラスでどれだけ通用するか分からないから不安だと言っていたが、木野さんなら大丈夫だろう。

 普段は気が抜けたようなおっとりした態度だけどレースでの闘志はチーム内で一番だからだ。私は西野と北見さんと一緒に木野さんを応援する準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る